第2話 ポチ

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ああ・・ちゃん! 死んじゃう、死んじゃう」


 ぎゅっと抱きしめられて昇天しそうになったところに受付嬢が割って入った。


 半オーガ女の手が緩む。


 俺は、ぜいぜいと呼吸をした。


「助かった」


「ポチが帰って来ただよ」


 半オーガ女は嬉しそうに受付嬢に力説した。


「誰がポチだ」


 半オーガ女は再び俺をガッと掴んだ。


「この手足、この尾、この顔の白黒模様。どう見てもポチに決まってるだ」


 半オーガ女は俺に抱きつくと、おいおい泣き出した。


「生きてて良かっただよぉ」


 もちろん、俺はポチじゃあない。


 他犬の空似だ。


 違う。


 犬でもない。


 どうしたものかと動くに動けなくなってしまった俺は受付嬢の顔を見た。


 受付嬢は手の前で軽く両手を合わせて拝む素振りをした。


 口パクで、話を合わせて、と言っていた。


「うんうん良かったね」


 受付嬢は半オーガ女を落ち着かせて俺から引きはがした。


「おう」と、胸を張る半オーガ女は、どこまでも嬉しそうだ。ぼよよんとしている。


 ぼよよん、で、のほほん、だ。


 半オーガ女は俺の顔を覗き込んだ。


「おら、『ああ・・』だよ。忘れちまっただか?」


 不安げな表情だ。


「も、も、もちろん覚えてるさ。久しぶりだなぁ」


 半オーガ女は俺の、しょぼんと項垂うなだれた尻尾を見た。


「あんまり嬉しそうじゃないだな」


 俺は千切れるほど力強く尾を振った。


「ほらほら、ああ・・ちゃん、こんなに尻尾を振って喜んでるわよ」


「んだな。おらもまた会えて嬉しいだよ」と、またモフモフ。


 その時、助け舟が入った。


ああ・・、薪割りは終わったのか」


 半オーガ女は素早く俺をおっ放すと直立不動で立ち上がった。


「今やるとこだ、です」と、声の主を見る。


 五十歳ぐらいのギルドの制服を着た男の職員だった。


「すぐやれ。働かざる者食うべからずだぞ」


「わかってるだ。ポチ、いい子して待ってるだよ」


 半オーガ女は、どこかへ去っていく。


「すみませんギルドマスター。ああ・・ちゃんが、突然、興奮しちゃって」


 受付嬢が謝罪を口にした。


 男性職員はギルドマスターであるらしい。


 ギルドマスターは周囲の客たちを見回した。


 モフモフされる俺を見て笑っていた客たちはイベントの終了を悟ったのか、それぞれ自分の目的に戻って行った。


 ギルドマスターは俺を見下ろした。


 一般的なコボルトとヒューマンの成人男性では身長に差があった。


 どうしても俺が見上げる形になってしまう。


「この顔ではな。仕方あるまい」


 失礼な言い草だ。そんなに俺はポチ似なのか?


「見ていたし話も聞いていた。魔法職の動きじゃないな」


「こうなる前は忍者だったんだ」


 正直に俺は言った。


「魔族を追うには探索者ギルドの記録を調べるのが早道だと聞いた。

 魔導士協会に入れば自由に探索者ギルドの記録を閲覧できると聞いた。

 魔導士協会に入るには最低一つは魔法を使えなければならないと聞いた。

 何とか使えるようになった魔法が唯一『ゆら』だ。

 体を動かすほうが性に合っている」


「残念だが、よほど魔法の才能がないのだな。『ゆら』なら一般市民でも使える者がいる」


「ほっといてくれ」


「だが、魔法を使えるだけじゃ魔導士協会には入れないはずだ。コネでもあったのか?」


「ふふん」


 俺は意味深に笑った。そこまで手の内をさらす気はない。


「まあいい。だが、『ゆら』じゃ、お目当ての魔族には通用せんぞ。物理攻撃は勿論、火や水といった物理由来の呪文も魔族には効かん。精神力を直接削りとる呪文が必要だ」


「そっちは相手を見つけてから考えるさ。まずは会うことだ。記録の閲覧は、させてもらえるんだろ?」


「要件はクリアしているのか?」


 ギルドマスターは受付嬢に確認した。


「はい。種族がヒューマンとある以外に不審な点はありません」


「理由は言っただろ」


「一般的な資料の閲覧は構わないが守秘義務のある書類の開示は念のため協会本部に素性の照会をしてからにさせてほしい。二、三日で返事が来るだろう」


「随分慎重だな。魔導士協会のカードがあれば問題ないはずだ。監査じゃないんだぜ」


 俺は鼻をひくりとさせた。


 何かはわからないがギルドマスターが何か臭い。


「物凄く頭のいいコボルトがカードの持ち主にすり替わっている可能性もあるだろう」


「そりゃ確かに」


 俺は笑った。


「それまでは普通にダンジョンに潜らせてもらうよ。明朝、荷物運搬人ポーターを一人手配してくれ」


 ギルドマスターが頷き受付嬢が「わかりました」と返事をした。


 受付嬢は、なぜか俺を見て、にやりとした。何か思いついたような含み笑いだ。


 とはいえ、受付嬢から悪意の臭いは感じ取れないので問題はないだろう。


 問題はギルドマスターだ。


 魔族にコボルトにされて驚いたのは、コボルトには相手の悪意を嫌な臭いとして感じ取る能力があったことだ。弱小種族の危機回避能力の一つなのだろう。


 俺に対する悪意というわけではないのかもしれないが何かギルドマスターには不穏な臭いがする。


「観光ダンジョンてことは、ここは死ダンジョン?」


「いえ。休ダンジョンです」


 受付嬢は答えた。


「だったら休眠中のダンジョンコアも見せてほしい」


 ギルドマスターは途端に警戒した様子で俺を睨んだ。


「照会の結果次第だ」


 ダンジョンコアはダンジョンの心臓とも言える場所である。


 第三者に不用意に見せられる場所ではない。


 そういう意味ではギルドマスターが警戒をするのも当然だ。


「わかった」


 俺は簡単に引き下がった。


 今、ここでギルドマスターと揉めても、いいことは何もない。


 今日のところは一般的な資料を軽く閲覧してから、ひとまず宿をとって早く休もう。

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