第21話 確認
22
『邪魔をするな』
茎はコアに巻き付いていたので目線の高さが俺と同じだ。
もっとも、ぽっかりと切断面が口を開けているだけで茎に目なんかついていないが。
今度は声の主の居場所が俺にも分かった。
花ではなくコアでもなく、ぽっかり開いた茎の奥だ。
恐らく魔物と魔素が転移してくる以前の場所だ。
コアの内部は何かがどうにかして別の場所と繋がっているのだろう。声の主自体は、まだコアまで転移していない。
「人の頭の中で騒いでないで出て来て止めてみろよ」
俺は吐き捨てた。
言った瞬間、茎から漏れている空気の質が変わった。
もっとどろりと濃くなった。
地下百階の空気だと言われても俺は信じる。まだ俺も足を踏み入れていない階層だ。そんな深いダンジョンが本当に存在するとしたならばだが。
とぐろに巻かれた茎の中心部にあるコアから何かが出てきたらしく茎が外側に向かって次第に膨れては萎んでいく。コアから外に向かって茎の中を何かが進んでいた。
茎の切断面から、もう魔物は出て来ていない。風のみが流れ出していた。
見ていると俺の目の前で茎の切断面が伸びて広がり、ごろりと巨大な球が転がり出た。
直径三メートルはある球体だ。
俺を縦に二人分並べた高さだ。
一メートルから三メートルまで茎は伸びて広がったことになる。
球には凹凸も隙間も継ぎ目もない。
のっぺりてかてかとした表面を持つ
油のような、ぬめっと濡れたしっとり感がある。
床に転がる魔物を燃やしている炎からの反射で球は赤黒く光っていた。
俺の顔が球の表面に写って歪んで揺れていた。
球は俺の頭の高さより上まで、その場でスッと浮いた。
浮遊か? 俺には使えない魔法なので実際はわからない。
球の表面には目も鼻も口もなかったが俺は見下ろされたのだろう。
『ほら来たぞ』
球の声が俺の頭の中に響いた。
どこか、ドヤという響きがある。
俺の安っぽい挑発を受けて、この球は俺の前に姿を現したのだ。
子供か!
だが、この球が言葉を発している何者かなのだとすれば魔族のはずだ。
しかも、強い。
お袋が、自分は若い頃、美少女天才魔導士だったと言い張っているが、ある伝説的な美少女天才魔導士の功績を記した書物によると、魔族は姿が人型から離れているほど強いらしい。ただの円錐形であるといった具合に形が単純な者ほど強いという見解だった。
であるとするとシンプル極まりない球にしかすぎない目の前の魔族は強い部類だ。
ちなみに俺の体を面白半分にコボルトと入れ替えた仇の魔族は両面が鏡になっているバカでかい四角い板だった。
余談だが今のお袋は、自分は美魔女だと言い張っている。
正直言うと最初の『邪魔をするな!』という一言が俺の頭の中に響いて以来、俺は期待をしてしまっていた。
今まで何も見つけられなかった俺の体を奪った魔族へのとっかかりがここにあった。
友達の友達は友達だろう。誰か知っていそうな魔族なり心当たりを、ここの魔族から紹介してもらおう。必要ならば力づくで。
そう考えている。
強い魔族であるならば、その分、顔も広いに違いない。
魔族は俺の頭の中への言葉を続けた。
『来た後は止めれば良かったか』
魔族の言葉には俺を馬鹿にした響きがある。コボルト如きとお舐めになっているようだ。
くん、と俺は魔族から漂う悪意の臭いを嗅いだ。
来る!
瞬間、浮いている球から前触れもなく俺の眉間に向かって何かが放たれた。
気がする。
質量のある物体でも火や風のような自然現象由来の魔法でもない。
ざっくり言うと目には見えない何らかの力だ。
魔族の何かは俺の眉間があった場所を正確に貫いた。
気がする。
実際には何の現象も見えてはいないので俺の勘だけだ。一人芝居じゃないと信じたい。
魔族の何かが俺の眉間があったはずの場所を貫いた時には俺は悠々と浮いた球の下を潜り抜けて球の背後に回り込んでいた。
潜り抜ける際に短剣の刃を上に向けて突き立て球の底を斬りつけている。
寒天やゼリー、こんにゃくみたいな弾力性のある切れ味だった。
けれども、振り返って見ると短剣が通り抜けた場所には傷一つついてはいなかった。
自己再生により切り傷が塞がったわけではない。
例えば刃物で水を切ろうとしても刃物は水に通るが切り傷は残らないだろう。
空気も斬れない。それらと同じ理由だ。
それでも切った感触があったのだから触れはできる。
手を突っ込めば、ずぶりといくのだろうか?
それとも撥ねられる?
茎を押し広げて出てきたのだから相手には物理的に押す力もあるはずだ。
完全物理攻撃無効効果。
物理でダメージを与えられないのは魔族の特徴だ。
知ってはいたが念のために確認するための斬りつけだった。
ついでに魔法も。
「ゆら」
球に前後があるのかわからないが俺は球の背中に『ゆら』を放った。
一瞬、球の背中で赤く火が瞬いたが球に燃え移ることはなく消え去った。
球に毛が生えていないため燃え移らなかったわけではなく魔族に動じた様子はない。
あちっ、とか、そのようなわかりやすいリアクションは何もなかった。
魔族へは物理的な魔法も効果を及ぼさない。
精神に直接影響を与える対抗手段が必要だ。
要するに『ゆら』しか使えぬ俺の魔法では手詰まりだった。
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