三人目の勇者

のーが

第1話

 今日、この闘技場には王都に住まう全ての人間が集まっている。自分の立っている位置から周囲を見回すと、観客席の今にも溢れてしまいそうな人々の姿が目に入った。

 「レン様、誠に立派なお姿になられましたね。その青色の髪と凛々しい顔立ちは、亡き先代勇者様の若き頃に瓜二つです」

 「ありがとうございます、ケリウス様」

 横に並んで立っていた壮年期の男――王国を守護する兵士団の長であるケリウス様は、それだけ言うと着用しているマントを翻して去っていった。

 観客席の喧騒は時間が経過しても衰える事はなく、むしろ騒がしさは増すばかりである。もしかしたら、王都だけでなく王国内に点在する小さな村から長時間をかけて訪れている人もいるかもしれない。

 魔王を討伐する勇者を決める催し。それがこの武闘大会の最大にして唯一の目的だと思っていたけれど、勇者に選ばれた人間の強さを多くの人々に見せつけ、希望を与えてやる事も重要な目的になっていそうだ。例えそれが、その場しのぎの悪あがきだとしても、まだ希望がある事を人々に感じてもらいたいのだろう。事実として、闘技場に響き渡る歓声は、人々にまだ希望という感情が存在している事を肯定している。

 ――無論、悪あがきで終わらせる気など毛頭ない。

 この大会で優勝し、勇者として魔王討伐を果たす。それが第一回大会の優勝者である先代勇者・サイの息子である俺の役割であり、最大の願望でもある。

 盛大な歓声を浴びながら舞台へ上がり視線を正面に向けると、決勝戦の対戦相手でもある珍しい金色の双眸と腰まで伸びた艶やかな紫色の髪をした俺のよく知っている女性が立っていた。

 「レンならば、必ず勝ち残れると信じておりました。一年前の貴方ではきっと不可能だったでしょう。本当に、強くなりましたね」

 「全部、サロリアのおかげだ。俺一人だけではどうにもならなかった。きっと、今も自分の殻に閉じこもり、現実から逃げ続け、誰か別の人間が勇者になって魔王を討伐してくれればそれで良いって考えたはずだ」

 「私はただ技術を教えただけです。ここまで成長できたのはレン自身の強さへの渇望と魔王を倒す事への執念。何よりも、この一年間の努力が実を結んだのです。もっと自分を誇っても良いのですよ」

 「俺は誰かの為に強くなったんじゃない。この大会で優勝しても、魔王を倒しても、それを誇るつもりはない」

 最後の言葉は、突如として鳴り響いた銅鑼の音に遮られた。おそらく、サロリアの耳には届かなかっただろう。

 この銅鑼は、客席の喧騒を静める事を目的としており、連続して計三回鳴り響いた。

 銅鑼は役割を果たし、残響が収まった頃には闘技場は完全に静まり返った。

 一切の喧騒が聞こえなくなった後、俺とサロリアは暫く無言で向かい合った。やがて、サロリアが右手に握っていた長槍を両手で構え、風を切る音を響かせながら器用に振り回した後に矛先を俺へと向ける。

 「レン、分かっていると思いますが、ここで私に勝てなければ、貴方に勇者となる資格はありません。私を超えなければ魔王討伐は夢物語のまま幕を閉じてしまうでしょう」

 分かっている。サロリアに――俺に剣を教えた師匠に勝たねば勇者になる事は叶わない。今日まで一度として勝利した事はないが、そんなのは問題ない。

 今日勝てばそれで全て帳消しとなるのだから。

 「その時は、サロリアに魔王討伐を頼むよ。負ける気はないけどな」

 腰に携えた紅蓮模様の鞘を左手で強く握りしめ、紅色の柄を右手で握り、勢いよく刃を引き抜くと、白銀の刀身は日輪を受けて眩しい程に輝いた。

 ――大丈夫だ、勝てる。

 亡き父が生前まで使っていたこの剣は、強く握るだけで心の内に潜む負の感情を拭い去る事のできる不思議な剣だった。まるで、父親が背中を押してくれているような、そういった安心感が俺に自信をつけてくれる。

 剣を構えた俺は剣先をサロリアへと向け、ただ一点に対峙する彼女の金色の瞳を見つめた。

 一瞬とも表現できる短い――しかし感覚としては長く感じられた沈黙を破り、試合開始を告げる四度目の銅鑼が鳴らされると、静まっていた観客達も再び沸いた。恐らくは本日最高の盛り上がりだろう。当然と言えば当然だが。

 開幕を告げる音と同時に、俺とサロリアは地面を蹴り、互いに向けて刃を振り下ろした。

 一本の槍と一本の剣は、幾度も重なり合い、その度に鈍い音を闘技場全体に響かせる。

 

 そして――その試合で俺はサロリアに敗れた。

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