第12話

 轟々と音を立てて燃え盛る炎の光に照らされている。真夜中であるにも関わらず、周囲は快晴の日より明るく、強い日差しが照りつける日より熱かった。

 息をする度に喉が苦しく、時折聞こえてくる村人の叫び声は耳に痛かった。

 俺とサロリアが滞在していた村は今、一面が火の海と化している。更に、村の至る所で魔者が“生まれて”おり、倒しても倒しても新たに出現する魔者の勢いには収まる気配が全くなかった。

 上空には、数え切れない程の漆黒の矢が飛び交っている。その全てが村の敷地内に降り注いでおり、木造民家の壁に突き刺さったり、舗装がされていない草の生えた地面に突き立ったりしている。

 「私は外にいる弓兵部隊を片付けてきます。レン、貴方は可能な限り村人を守ってください」

 「わかった。よろしく頼む」

 サロリアは道中の魔者を蹴散らしながら、村の入口へと駆けていった。

 俺は、少し前にとある兵士から聞いた言葉を再び思い出していた。これが『弓を使う魔者』で間違いないだろう。現実に眼前にある民家に突き刺さった矢は、前触れもなく唐突に霧散し、跡形もなく消え去った。

 弓矢を扱うという点もそうだが、それだけじゃない。この村を襲っている魔者達は今までとは明らかに異なる点が他にもあった。

 まず第一に、今回の魔者は村の外から“侵入してきた”のではなく、村の中で“生まれ出た”という事。突如として発生した黒色の粒子が空間に集結し、次々と奴らの体を形作っていった。そして、それは今も続いている。

 次に、火矢を扱うという点。最初に攻撃を受けた時、奴らが放った漆黒の矢の先端には激しく燃える炎を纏っており、矢が突き刺さった建物は例外なく燃え上がっていき、瞬く間に村中は火の海と化した。

 それと、一番厄介なのが、気配に気づけない点である。これはサロリアも同様らしく、今回の魔者からは気配を感じる事ができない。そのため、襲撃の兆候にも気づけなかった。

 しかし、扱う武器は違えど強さに大差はない。発見さえすれば一振りで倒す事は容易である。問題は、際限なく発生し続ける原因に全く検討がつかない事だ。

 ただ炎が支配する空間で、生きている村人を見つけては石造りの兵士達の詰所へ避難するよう伝え、魔者に逢えば周囲の景色と同様の紅色の柄をした剣で両断した。

 サロリアと別れて入口の正反対に位置する場所までやってくると、突然女性の甲高い悲鳴が聞こえた。

 ――近くだ。

 即座に悲鳴が聞こえた方角へ向かい駆け出した。この先には魔者がいるのだろうな。また一人、村人が犠牲になってしまったのか。そう考えて目的の場所へ辿り着くと、背中から血を流して倒れている女性と、その近くで背を向けて立っている桃色の髪の少女がいた。二人の姿を、燃え盛る民家の放つ明かりが照らしている。

 「良かった。君は無事なんだね。さ、早く詰所へ避難するといい。ここは危険だ」

 少女が声に気づき、体ごと振り返る。桃色の巻き髪を胸元まで伸ばし、華奢な体をドレスのような桃色の衣服に包んだ彼女の瞳は鋭利な眼差しを帯びている。

 右手には細身の剣が握られており、刃の根元から先端まで赤黒い色に染まっていた。また、地面に向けて傾けられた刃先からは、同じ色の液体が滴り落ちている。

 ――そういえば、魔者はどこに行ったんだ。

 「あら? あなた、もしかして勇者さん?」

 「自分で名乗るのは恥ずかしいけど、そうだよ」

 ――彼女が倒したのだろうか。

 けれども、魔者の体内には人間と同じように血は流れていない。使用した刃は、汚れたりしない。

 「まぁ! 光栄ですわ。こんなところで会う事ができるだなんて!」

 左手を平手にして口へ当て、わざとらしい程の歓喜の表情を見せる。だが、すぐに最初に振り向いた時と同じ冷徹な光を瞳に宿すと、剣先を俺へと向けた。

 ――まさか、あそこで倒れている女性はこの少女が――

 「では、死んでくださいませ」

 サロリアに負けずとも劣らぬ勢いで桃色の髪をした少女が突貫してきた。右手に握られた細身の剣の先端は、俺の胸を捉えている。

 間一髪、彼女の突きを左へ跳躍して避けて急いで鞘から引き抜いた剣を両手で構えると、少女は剣先を少し下ろして動きを止めた。

 「あら? おかしいですわね。確かに捉えたはずですのに」

 「……お前が、あそこに倒れている人を殺したんだな?」

 「それに何か問題でもあって?」

 呆然とした面持ちで即答した彼女は、何が問題であるのか理解できないとでも言うように首を傾げた。

 「お前は一体何者だ。何故、同じ人間を殺した」

 「質問の多い殿方ですわね。まあ構いませんわ。答えて差し上げましょう」

 少女は左手で胸にかかっていた髪を右、左の順で後ろへ払い、次にドレスの裾をつまんで軽くお辞儀をしてみせた。

 「わたくし、フリルと申しますの。下の名前はもう忘れましたわ」

 「忘れた?」

 フリルが裾をつまんでいた手を離すと、それに合わせて少しドレスが揺れた。

 「ええ。それも、全て貴方達のせいですわ。貴方達人間の身勝手な行動によって、わたくしのような不幸を背負わされる存在が生まれ続けている事に、貴方は気づかなくって?」

 「何があったか知らないが、剣をしまえ。このままでは、俺は君を殺さなければいけなくなる」

 フリルは再び呆然とした表情を見せると、小さく溜息を漏らしてから嘲るような笑みを浮かべた

 「貴方、何か勘違いをしているのではなくて? 今殺されそうになっているのは貴方の方よ?」

 フリルが言葉を終えるのと同時に、彼女の背後に漆黒の粒子が発生し、幾つもの大きな塊となっていく。塊は段々と人間の姿へと変化していき、顔に相当する部分が生成されると、瞳の位置する部位に怪しい二つの輝きが灯った。

 新たに誕生した魔者達の片手には弓が握られており、空いている片方の手には、体を成している霧の一部が変化して作られた矢のような物体が握られている。その矢を一斉に弓につがえ、俺の方向へと向ける。

 「放ちなさい」

 フリルの短い号令で全ての矢は同時に放たれた。俺を目掛けて飛来した複数の矢を全て切り払うと、背後の様子を確認するため後方へと視線を向けた。

 振り向くと同時に数本の矢が視界に入り、同じように全て斬り落とした。

 飛来した矢を全て凌ぎきると、再び剣先をフリルへと向ける。

 「あら。意外とやるのね」

 「お前……魔者を操れるのか」

 矢は、フリルの指示があった直後に一斉に放たれた。そして、彼女の体を掠める事なく俺だけに向かって一直線に飛んできた。加えて、魔者は彼女の意思によって生まれたようにも見える。

 ――彼女が、魔者を生成しているのか?

 「見て分からないのかしら? 分かりきっている事を改まって訊いてくるような方は、わたくし嫌いですの」

 「なら答えろ。何故魔者を操れる?」

 「それが人に物を訊く態度かしら? ……まあいいわ、野蛮な貴方には何を言っても無駄そうね」

 フリルの意思によって出現した魔者達が一斉にその姿を黒い霧へと変え、夜空の中へと溶けていった。

 周囲から魔者が消滅した直後、フリルは剣を握る右手とドレスから伸びた右足を前に出し、構えの体勢をとった。

 「わたくしに傷を付ける事ができたなら、教えて差し上げても良いですわ」

 言い終えると同時に、俺に向かって再び俊足で飛び込んでくる。

 素早く、かつ正確に急所を狙って次々と放たれる鋭い突きを、必死になりながらもかわし、時には剣で薙ぎ払って凌ぐ。

 何をやってもフリルは怯んではくれず、防戦一方の俺は眼前に迫る殺意の奔流から逃れながら、後退していく事を余儀なくされていた。

 後退を続けていると、突如として背中に冷たく硬い感触が走る。横に目をやると、それが村を囲んでいる石造りの外壁であると理解した。

 フリルは薄ら笑いを見せ、これまでよりも一層速度の早い突きを繰り出した。

 俺は咄嗟に身を屈めると、かろうじて突きをかわす事に成功し、そのまま壁に沿う形でフリルとの距離を開こうとした。だがその時、一瞬だけ彼女に背を向けたのが仇となった。

 壁に手を当てながらフリルのいた場所へ振り向くと、彼女の姿はそこになく、辺りを満遍なく見回しても、姿はどこにもなかった。

 耳元で響き続けていたフリルの突きによる風切り音は今はなく。轟々と燃え盛る炎の火花が散る音だけが微かに響いている。

 ――逃げたのか?

 だが、圧倒的に押している状況で逃げ出すような者がいるだろうか。

 フリルが姿を消した後も俺は気を抜かず、背中を外壁に密着させ、燃え盛る民家の影を注視する。けれども視界に入るのは体の至る所から血を流して倒れている村人の姿ばかりであり、魔者とフリルの姿は見当たらない。

 直感的に上空を見上げようとした時、鋭い光を放つ物体を視界に捉え、顔を上げるより先に前転した。直後、自分が立っていた場所へ桃色の華やかなドレスを着た人物が降ってきて、その手に握られた細身の剣を地面に突き立てた。

 フリルは間を置かず、剣を地面から引き抜くと、屈んでいる俺の心臓目掛けて突き出す。

 ――しまった。

 前転によって上空からの攻撃を避ける事はできたが、大きな隙を晒してしまった。彼女はそれを見逃してくれず、眼前には必殺の一撃が迫ってきている。これはどうやっても避けられそうにない。

 ――ならば――。

 「……あら、惜しかったわね」

 なんとか体を傾け、心臓を狙った突きを左肩で受け止める事ができた。即死だけはまぬがれたが、経験した事のない激痛に顔を歪めてしまい、絶叫しそうになった。けれども、なんとか声を上げる事だけは抑えた。

 貫かれた左肩の部分からは血が溢れ出ており、着用している服の当該部分を徐々に赤く染めていく。

 フリルは俺に刺さった剣を引き抜こうとした。その過程で、更に激しい痛みが肩に走る。しかし、このまま剣を抜かせるわけにはいかない。

 剣を握るフリルの白い右手の手首を、左手で掴んだ。

 「なっ……!」

 咄嗟に目を見開いて驚愕した彼女だったが、次の瞬間には冷徹な表情へと戻っており、蔑むかのような冷ややかな眼差しで俺を見下ろした。

 同時に蹴りが繰り出され、左肩に激痛を感じながら体が後方へと飛ばされる。

 受身をとって衝撃を抑えると、飛ばされた勢いを利用して立ち上がり、右手で構えた剣の先を眼前に立つフリルへと再び向ける。

 「いい度胸ですわね。わたくしに触れるなんて、何様のつもりかしら?」

 次の彼女の攻撃、果たして凌ぎきれるだろうか。正直、自信がなかった。

 肩の痛みに収まる兆候は感じられない。この激しい痛みを抱えた状態で勝てる程、彼女は弱い相手じゃない事は理解していた。

 フリルが俺の血の付いた剣を構え直す。

 「いいわ。もう終わりにして差し上げます。この一撃で――」

 「……レン! レン! どこにいるのですか!」

 遠くからサロリアの声が聞こえた。けれども周りを見回しても姿はなく、まだ俺のいる位置は特定できていないようだ。

 「あら、時間切れみたいね。……いいわ、今回は見逃してあげる」

 俺がサロリアに助けを求めるより早く、フリルが剣を下ろした。すると、彼女は俺の姿を見据えたまま、信じられない跳躍力で後方にある石造りの城壁の上に立った。

 「そうそう。さっき貴方が訊きたがっていた事だけど、“彼女”に訊けばわかるかもしれないわよ。――ふふっ、ではごきげんよう」

 桃色の髪とドレスを着た、周りの景色とはおよそ似付かわしくない少女は、城壁の向こう側にある闇の中へと消えていった。

 「ここにいましたか、レン」

 振り向くと、燃え上がる民家を背後に、紫の髪を風に揺らしながら心配そうな表情を浮かべてサロリアが立っていた。右手には、身長よりも長い槍が握られている。

 俺が振り向いた瞬間、サロリアの表情は心配そうな色から驚愕の色へ変化し、駆け足で俺の方へ寄ってくる。

 「どうしたのですか! この傷は!」

 「あ、ああ。ちょっとな……」

 「矢が当たったのですか? それとも、弓兵のような特殊な魔者にやられたのですか?」

 「い、いや。どちらも違うんだが……」

 サロリアの金色の双眸が揺れている。長い間一緒にいるが、こんな表情を見たのは初めてかもしれない。

 「とにかく、詰所まで行って手当てをしましょう。大丈夫です。魔者なら既に消滅したようですから」

 サロリアが左手を差し出した。色白な、見慣れた綺麗な手だった。

 「必要ならば手を貸しますが」

 「……いや、大丈夫だ」

 ――本当はそこまで大丈夫じゃないが。

 普段ならば間違いなく握り返すはずだったが、今回はできなかった。何故か恥ずかしかったという理由もあれば、とにかく情けなかったという理由もある。それに、痛みはあるが、歩くだけならば支障はない。

 それより、サロリアには訊きたい事がある。フリルという少女が言っていた言葉の意味を確かめなければ。

 ――魔者を操れる理由。

 『“彼女”に訊けばわかるかもしれないわよ』

 あの状況での“彼女”という言葉は、近づいてきていた“彼女”を指していた事は間違いないだろう。

 つまり、“彼女”とは――。

 「ところでサロリア、フリルという少女を知っているか?」

 俺の視線の先に立ち、背を向けて詰所までの道を歩いていた彼女が歩みを止めた。それに伴い、俺も歩みを止める。

 「……そうですか。彼女と会ったんですね」

 サロリアは体は前方に向けたまま首を回して俺を見据える。彼女の表情からは、どこか寂しそうな様子がうかがえた。

 「わかりました。彼女の事、全て話しましょう」

 それだけ言うと、再び前方に視線を戻して歩みを再開した。


 兵士の詰所に辿り着いた俺達には、共用で使う一部屋が与えられた。兵士達は、俺たちにそれぞれ一部屋ずつ与えようとしたが、家を焼失した村人達が多く避難していたのでサロリアが丁重に断った。

 蝋燭の小さな明かりだけが、石で造られた壁に囲まれた部屋の中を照らしている。

 室内は実に簡素な造りであった。置いてある家具といえば、小さな木造の机と椅子。布団が二つに、壁の窪みに置かれた四つの燭台くらいだ。

 今は、それぞれの布団に腰を下ろし、サロリアとは向かい合う形で座っている。

 「フリルと私は幼い頃に偶然出会い、その日から家族のように共に暮らす事となりました。というのも、彼女には両親がいなかったのです。……正確には、殺されたようです」

 まだサロリアの話は始まったばかりにも関わらず、この時点で質問したい事が幾つかあった。だが、とりあえず今は静かにサロリアの話を聞くようにした。

 俺に何も質問を投げかけるつもりがない事を察したサロリアは、少しだけ間を置いてから再び喋り始めた。

 「フリルの母親は、同じくフリルの父親の手によって殺されたそうです。普段から喧嘩の耐えなかった家庭が、ある日越えてはならない一線を越えてしまった。そして父親は、後日金目当ての暴徒によって命を奪われたそうです。フリルは偶然その現場を目撃してしまい、暴徒から逃亡している途中で私の父親が拾いました。初めて会った時の彼女の瞳は光を失っており、感情も全く表に出さなかったですが、共に生活する内に感情を取り戻していきました」

 サロリアは一度話を区切り、深く深呼吸をする。

 「ところでレン、その肩の傷は魔者の攻撃によるものですか? もしかして、フリルにやられたのではないですか?」

 「……その通りだ」

 白色の包帯が幾重にも巻かれた肩の傷口を、サロリアが一点に見つめていた。

 「そうですか。今のレンに手傷を負わせるとは、フリルも強くなりましたね」

 「彼女、どうしてあんなに強いんだ?」

 「私と同じ鍛錬を積んでいましたからね。――ですが、いくら強いとはいえ、私が知っているフリルではレンには及ばないと思うので、何かあったのかもしれません」

 「どうやらフリルは魔者を操っていたみたいだけど、それが何か関係あるのか?」

 彼女は瞳を細め訝しむように俺を見据えた。ただ、何か言葉を発する様子はない。そのため、俺は構わずに言葉を続ける。

 「フリルは、サロリアならば自分が魔者を操れる理由を知っていると言っていたが、本当なのか?」

 妙な緊張感があった。まるで、訊いてはいけない事を訊いているかのような感覚に襲われる。いや、もしかしたら本当にそうかもしれないが。

 サロリアは少し背を後方へ傾け、膝に置いていた片方の手を自らの体を支えるために後方へと配置し、全身から力を抜くような仕草を見せた。

 「『知っている』という程正確な情報ではありませんが、噂で聞いた事があります。魔王は、自らの意思によって魔者を生み出しているようです」

 「それなら、俺も聞いた事があるな」

 「はい。今、世の中を襲っている魔者達は全て魔王の力の及ぶ範囲内で生まれ、広範囲に散らばって各地の村や王都を目指し侵攻しているのだと考えられています。加えて、魔王にはもう一つの力があると聞きました。それが、力の及ぶ範囲内の魔者を正確に操る能力です。おそらく、この力で私達の感じている魔者の気配も殺しているのでしょう」

 「じゃあ、フリルが魔王なのか?」

 「いいえ、それは違います」

 即答で、はっきりとした力強い口調で否定された。個人的には可能性は十分にあると思うのだが……。

 「先程、フリルは感情を取り戻したと、そう話しましたよね? 彼女の取り戻した感情には、多くの憎しみが含まれてました。彼女の憎悪の対象は様々であり、身勝手な理由で母親を殺した父親や、父親を自らの利のためだけに殺した暴徒、更には事件を未然に防いでくれなかった周囲の者達や王国自体へ向けられるようになっていました。私が傍にいた頃は、なんとか感情を抑制させていましたが……もしかすると、既に魔王の手駒となってしまったのかもしれません」

 ――そういう事か。

 サロリアが自分の出身地を発ったのは一年ほど前であり、魔王が出現したのは六年前だから、必然的にフリルが魔王である可能性は消える。

 喋り疲れているのか、サロリアは再び深呼吸をした。

 「じゃあ、フリルは魔王の力を分け与えられたって事か。だとしたら魔者を自在に操ったり、好きな場所に生み出す事ができるのは厄介な真実だな。だが、どうしてそんな重要な情報を今まで教えてくれなかったんだ?」

 「申し訳ありません。魔王と対峙するのはもっと先だと思っていたので……」

 本当に申し訳なさそうに、座ったままではあるが、頭を深く下げた。紫色の長い髪が、顔の前に垂らされる。その状態のまま、冷静な口調で話を続ける。

 「それと、フリルの件に関しては私が責任を取ります。この村を焼き尽くし、村人の大半を殺したのも、レンに傷を負わせたのも、全てフリルの責任であり、彼女の危険性に気づきながら放置していた私の責任でもあります。次にフリルと遭遇した際には、私が彼女の相手をします」

 顔を上げたサロリアの双眸からは嘘偽りのない決意と、どんな手段を使ってでも目的を達成しようとする冷徹な感情が読み取れた。このような瞳を向けられて、断る事ができようはずもない。

 「構わないよ」

 「……感謝します、レン。それでは、私は一足先に休みます」

 普段と同じ冷静な表情のままではあったが、返答に満足した様子のサロリアは横になって布地の薄い掛け布団を足から胸元まで掛けると、俺に背を向けた。

 浴びせられていた重い視線から解放されると、血のにじんだ包帯をさすりながら、心の内に秘めている決意をゆっくりと、確かめるように反芻する。

 ――だが、今日のように一人だけの状況で彼女と遭遇した時には、この傷の仕返しをしてやらないとな。

 俺にとどめを刺そうとしたフリルは、サロリアの声を聞いて撤退したかのように思えた。彼女がサロリアを敬遠しているのだとすれば、彼女は再び俺の前に現れるはずだ。その時こそ決着を付ける。サロリアには悪いが、もう決心した。

 フリルをこの手で倒す――いや、殺す。

 決意を固めて布団に横になると、傷口があるはずの左肩を下に向けたため、本来ならば全身に激痛が走るはずだった。

 だが、過剰な興奮状態にあったためか、痛みは全く感じなかった。

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