第10話

 穏やかな景色を、激しい音を立てて空から降り注ぐ雨が濡らしている。

 雨粒の付着したガラスの向こう側に人の姿は見えず、この場所が、誰一人として村人がいなくなってしまった廃村であるかのような錯覚に囚われそうになる。

 雨が降っていた。当初の予定では、一泊だけして先を急ぐ予定だったのだが、これだけ勢いの強い雨では、予定通りに事を進めるのは得策ではない。

 窓から見上げた空の色は暗く、雨の止む気配など皆無に等しく思える。

 ――仕方ないな。

 天候ばかりはどうしようもない。今日は今後に備えて休むべきだろう。

 不意に、部屋の中に扉をノックする音が二度響いた。それに反応し、部屋に一箇所だけ存在する窓から、正反対に位置する扉へ視線を移す。

 「レン、入りますよ。よろしいですか?」

 「ああ、かまわないよ」

 ゆっくりとした上品な動作で扉が開かれると、声の主が姿を現した。

 「朝食をご馳走してもらえるようです。向かいましょう。……いえ、やはり私は一足先に行って手伝う事にします。レンも、早くきてくださいね」

 サロリアは体の半分だけを見せた状態でそれだけ告げると、さっさと扉を閉めてしまった。

 特にやる事もないので、布団に腰を下ろしていた状態から立ち上がり、一階の食卓へ移動するため廊下に出ようとした。

 その時、なんとなく部屋の角に立て掛けてあった自分の剣が気になって手を伸ばし、右手で柄を、左手で鞘を握ると、半分だけ刃を引き抜いた。

 アミュレから、この村(確か、名前はスウェードだったかな)までの道中、何度か魔者と遭遇し、その度に撃退したが、刀身には一切の汚れは残っていない。

 その事実が俺を安心させてくれる。

 相手が魔者でなく、同じ人間ならば、今頃この刃は血に染まりきっているだろう。だが、実際には汚れ一つ付いていない。俺は、同族を殺しているわけではない。

 ――もし、相手が本物の人間だったら、俺は迷いなく殺せるだろうか。

 ……正直、その時にならないとわからない。できれば、“その時”は来てほしくないものだ。

 刃を鞘に納めると、同じ場所に剣を立て掛けてから自分の部屋を出た。扉に面していた廊下を進み階段を下りると、サロリアと朝食の待つ一階の食卓へと向かった。


 食卓へ入ると、中央に設置されている長い机と二十人分の椅子が目に入った。

 奥にある調理場で手伝いをしているはずのサロリアは、何故か長机の真ん中からやや調理場よりの席に、腰をかけていた。

 「なんだサロリア、手伝っているんじゃなかったのか」

 「いえ……キャロル殿に止められまして、強引に手伝うのもおかしいので、こうして待機しているのです」

 「どうして止められたんだ?」

 「『お客に手伝わせるわけにはいかない』と、そう申されました」

 「なるほどねぇ」

 そういう事ならば、手伝う必要はなさそうだ。

 サロリアの座っている席の隣、調理場ではなく玄関寄りの椅子を引き腰を掛けた。

 暫くサロリアと昨日の事などを雑談していると、調理場と食卓を仕切っている暖簾を捲って一人の女性が姿を現した。

 「待たせたわね。今出来たから、持って来るわね」

 後ろ髪を髪留めでまとめた小柄な女性は、それだけ告げるとまた奥へと消えた。彼女が、この宿の宿主であるキャロルさんだ。

 再び調理場から出てきたキャロルさんは、両手で大きな皿を運んできた。そこには、およそ朝食には似つかわしくない量の食事が盛られている。その巨大な皿は、彼女の手によってサロリアの目の前に置かれた。

 サロリアは、目を丸くして目の前にある“山”を凝視している。

 「キャロル殿……もしかしてこれは、私一人分の料理でしょうか?」

 「ええ、そうよ。たくさん食べてね」

 「いえ、キャロル殿。これはおかしいですよ。一体誰が、これだけの量を朝から食べられるというのですか」

 「あら、そう? なら、残してくれてもいいわよ、私が食べるから!」

 「貴方でしたか……」

 やがて、俺の前にも同様の”山“が置かれる。サロリアのそれよりも標高の高い”山“が。

 「レン君は、これくらい食べれるわよね!」

 「いや……あの、無理ですね」

 「ええっ! そうなの? まぁいいわ、多かったら残してちょうだい。私が片付けるから!」

 ……この小柄な女性のどこに、これだけの量の食物が納まる場所があるのだろうか。

 世の中には幾つか、理解できないが紛れもない真実がある。キャロルさんの胃袋の謎が、その内の一つに追加された。

 再び調理場へ入ったキャロルさんが、両手に皿を持って食卓へ戻ってきた。皿の上の“山”は俺と同じくらいの大きさだ。

 それをサロリアの対面側に置くと、俺とサロリアに対して向き合う形で席に付いた。

 「さぁ、食べましょうか」

 二十人が座れる程の長机に三人という少し寂しげな状態のまま、俺達は目の前にある“山”を崩し始めた。

 

 「ところで、二人は付き合ってどれくらい経つの?」

 ゆっくりと、着実に目の前に盛られた料理の量を減らしていたキャロルさんが、前触れもなく突然、とんでもない事を聞いてきた。

 俺は喉に料理を詰まらせ、返答するよりも先にむせてしまいそうになる。

 なんとか抑えようと水を口にすると、俺に代わってサロリアが質問に答えた。

 「一年くらいですかね。それくらい前からレンに付き合っています」

 「ブホォ!」

 俺は水が注がれていた器を口に付けた状態で再びむせた。

 「ちょっとレン、汚いですよ。私だけならば構いませんが、キャロル殿も一緒に食べているのですから、もう少し上品に食事をしてください」

 それから更に数回むせた後、徐々に呼吸を整えていく。その間、キャロルさんは口元に笑みを浮かべながら嬉しそうな顔つきで、俺の様子を観察していた。

 「キャロルさん、違うんです。サロリアはこういう事には疎くてですね、『付き合っている』という言葉の意味を知らないんですよ」

 「何を言っているのですか、レン。私は一年前から貴方に付き合っているではないですか。同じ屋根の下で寝泊りして、朝から晩まで――」

 「ややこしくなるからちょっと黙っててくださいお願いします!」

 これ以上サロリアに喋らせるのはまずい、完全に誤解される恐れがある。いや、既に手遅れかもしれない。キャロルさんは相変わらず嬉々とした表情で俺達のやりとりを見つめている。そのキャロルさんが、やっと口を挟んだ。

 「別にいいのよ、照れなくても。私だって、レン君くらいの歳で結婚して子供を産んだからね」

 「照れてなんて……え、子供を産んだ?」

 「子供……キャロル殿が、ですか?」

 「ええ、そうよぉ」

 のんびりとした口調でキャロルさんが肯定する。

 『子供がいる』。しかし、この宿にきてから子供の姿は一度も目にしていない。

 「その子供は、今どこに? もしかして、まだ寝ているんですか?」

 「今は、仕事で出かけているわ」

 「仕事ッ?」

 「ええ、そうよぉ」

 「キャロル殿、幼い子供を一人で出かけさせるのは、正直どうかと思いますが……」

 おっとりとしたキャロルさんとは反対に、サロリアの表情は冷静だった。

 「一人じゃないわよ、私の旦那が同行しているわ。それに、息子は今年で十六になるから、幼くはないと思うわ」

 「キャロル殿の息子が十六ッ? 子供を産んだのがレンと同じくらいだとすると、キャロル殿の年齢は――」

 「待ちなさい! サロリアちゃん! 女性の年齢は分かっていても口に出すべき事じゃないのよ!」

 サロリアを制止したキャロルさんの声は、それまでと比較にならない程の音量と迫力だった。よほど気にしているのだろうか。

 「それにしても、キャロルさんは随分若く見えるので、意外でした」

 「よく言われるわぁ。レン君は私の事幾つだと思っていたのぉ?」

 「二十台前半くらいだと思っていましたよ」

 「まぁ、まぁ!」

 キャロルさんは嬉しそうに、左手を頬に当てながら微笑んだ。

 それからもキャロルさんの容姿に関する話題は続き、上機嫌に“山”の一部を口に運び続けるキャロルさんの助力により俺とサロリアの“山”は消滅した。

 

 食事が終わった後も、窓を挟んだ外側から雨音は絶えず聞こえていた。

 やはり特にやる事がないので、俺とサロリアは同じく暇を持て余すキャロルさんと雑談を続けている。

 「そういえば、旦那さんと息子さんは、どういった目的で外出しているのですか?」

 「狩りよ。この村にはたくさんの狩人がいてね、私の旦那と息子もその一人なのよ」

 「狩人か。キャロルさんは、狩りには行かないんですか?」

 「無理よぉ。私には弓なんて使えないし。それに、宿の仕事があるからね。もっとも、今日の宿泊客は貴方達二人だけだけどね」

 狩りを行う上で、最も適切な武器は弓である。足の速い動物に対しては気づかれる前に仕留めるのが一番確実であるからだ。昔、そういう話を父さんから聞いた。

 実際に動物を狩る瞬間を見た事がない俺は、まだ会っていない狩人の親子に少しだけ興味が沸いた。特に、俺よりも若いキャロルさんの息子に対して。

 「キャロルさんの息子さんは、どれくらいの腕前なんですか?」

 「うふふ、あの子は天才よ。幼い頃から、狩人としての訓練を積んでいた事と、溢れる才能によって、今では十六歳にして村一番の弓の名手と謳われているわ」

 まるで自分の事のように、照れるような仕草を見せながら自慢げにそう語った。それを聞いたサロリアが、目を輝かせる。

 「それは、是非とも手合わせしてみたいですね。弓使いとは戦った事がありませんので、非常に良い経験になりそうです」

 「うーん、でも息子は動物相手にしか弓を使った事がないと思うから、たぶん断られると思うわ。……それに、最近はちょっと様子が変だからやめた方がいいかもしれないわね」

 「変?」

 サロリアが目を細めて怪訝な表情を浮かべてキャロルさんを見据えた。

 「そうなの。これは、旦那から聞いた話なんだけど、近頃の息子は動物の狩り方が不適切というか、なんというか。……必要以上に傷つけているみたい」

 つまり、動物を好んで惨殺しているわけだ。それを聞いた瞬間、サロリアの表情は一転して暗く重い物となり、俺もまた、かけるべき言葉を失った。

 俺達の沈んだ様子を見て、キャロルさんが慌てる。

 「ご、ごめんなさい。今の話は忘れて――」

 キャロルさんが言葉を紡ごうとした時、何者かによって宿屋の玄関の扉が開かれ、部屋の中に一層大きな雨音が響く。

 玄関口の方からは、豪雨の音に混じって低い声色の男の声が聞こえてきた。

 「キャロルさん! キャロルさんはいますか!」

 宿主の名を呼ぶ声には、明らかな動揺の色が含まれていた。それを聞いただけで、何か良からぬ事が起きたであろう事が予想できる。

 俺達は一斉に席を立ち、声の主が待つ玄関へと向かうと、そこには身に纏った鉛色の鎧を雨で濡らした男が立っていた。格好から察するに、兵団の人間だろう。

 男は全力疾走でここまでやってきたらしく、呼吸を乱している。

 「そんなに慌ててどうしたのよ。何か大変な事でもあったの?」

 「はい。大変な、事が起きました。キャロルさんの、旦那さんと、息子さんは今、“ラズライル”へ行って、いますよね」

 「ええ、そうよ。狩りに遠征しているわ。それがどうかしたの?」

 「その“ラズライル”、ですが、先日、何者かによって、住民が皆殺しに、された、ようです」

 「……え? 今、なんて……?」

 「落ち着いてください、キャロルさん」

 「ひとまず、詳しい話を聞かせて頂きましょう」

 俺とサロリアは瞳を見開いた状態で硬直しているキャロルさんと、雨に全身を濡らした兵士を連れて食卓へ戻り、詳しい話を訊く事にした。

 

 「“ラズライル”というのは、この村の隣に位置する小さな村の事よ。旦那と息子は、狩りの手伝いをするために数日間滞在すると言っていたわ……」

 少し落ち着きを取り戻したキャロルさんと兵士に話を訊くと、ラズライルが総人口百名ほどの本当に小さな村の名称である事も判明した。

 「兵士殿、何故貴方はその村の人間が皆殺しにされた事を知っているのですか? 貴方の発言が真実であれば、事実を知る人間は誰一人として生き残ってはいないはずではないですか?」

 「我々兵士は、地方の村の警備も主な任務としてこなしているのですが、個々の担当する地域というのは、時期によって頻繁に変わります。今回も、たまたま交代の時期でして、私もスウェードからラズライルへ警備担当地域を変更する予定でした。しかし村へ到着して最初に目に入ったのは、村の入口で横たわったおびただしい量の血と降り注ぐ雨に鎧を濡らした、私と入れ替わりになる予定の兵士の姿でした」

 鉛色をした重量のある鎧を外した兵士は、椅子に腰をかけた状態で申し訳なさそうに床へ視線を落としている。俺とサロリアはその傍らに立ち、キャロルさんは兵士の隣にある椅子に座って瞳を揺らし、不安げな面持ちで兵士を見据えている。

 「そ、それで、旦那と息子の姿は、確認できたの?」

 「……いえ、すみません。私は村の入口を覗き、動かなくなった血まみれの人間の姿を確認して恐怖に怯えながら急いでスウェードへ戻ってきたので……入れ替わりの兵士以外は、どんな人物がいたのか覚えていません……」

 「そう……」

 情けなさそうに語る兵士の言葉を聞き、落胆したようにキャロルさんが視線を落とした。けれどもその行動とは裏腹に、彼女の双眸には、ほんの少しだけ輝きが戻っているようにも感じる。旦那と息子がまだ生きている可能性が出てきたからかもしれない。

 二人の会話を区切りに、既に何度目か分からない静寂の時間が訪れた。同じように再び室内を激しい雨の音だけが支配する。

 今回の沈黙を破ったのはサロリアだ。

 「正しい判断だと思います。少人数とはいえ、村一つを壊滅させる“敵”の存在を知らせてくれた事、感謝致します」

 「い、いえ、私は何もしておりません。私がもう少し早くラズライルへ着いていれば、未然に防げたかもしれません。それなのに……」

 「サロリアの言っている通り、貴方は貴方のやるべき事を迷いなく実行に移し、重大な事実を教えてくれました。俺は、“もしも”の事なんて考えなくていいと思います。――そして、ここから先は、俺達がやるべき事だ」

 「ええ、そうですね」

 村人と警備をしていた兵士。それに、狩人であるキャロルの旦那と息子を含めた百名程の人間を皆殺しにしたと思われる相当数の魔者を倒すには、本来ならば相当な人数が必要となるはず。

 だが、俺とサロリアならば話は違う。二人ならば、百だろうが千だろうが、相手が魔者である限り、負ける気などしない。根拠はないが、それだけの自信がある。

 この体に流れる勇者の血と、魔王討伐に対する覚悟が俺に自信を与える。

 まだ見ぬ“敵”を討伐する決意を固めると、唖然とした様子で俺達を眺めるキャロルさんと兵士を余所に計画を立て始める。

 「そうと決まれば、まずは周囲に危険が迫っていないか、確認する必要があるな」

 「でしたら、まずは村の周囲の安全を確認してきましょう」

 「しかし、どちらかは村に残った方がいいな。どっちが残る?」

 スウェードを“敵”から守る役目と“敵”の捜索を行なう役目。どちらを担当するか決めようとしていると、突然座っていた兵士が立ち上がった。

 兵士は隣の椅子に置いていた鎧に手を伸ばし、黙したまま再び装着すると表情に強い意志を連想させる勇ましさを浮かべた。

 「この村ならば大丈夫です。私達兵士が、名誉挽回のために死守します。なので、レン様とサロリア様は討って出てください。恐らく、“敵”はラズライルの方角から来るでしょうから、スウェードへ辿り着く前に討伐するのが一番適切でしょう。そうすれば、万が一この村を素通りした場合にも、他の村へ被害が及ぶ事を避けられます」

 「ですが……そうであれば、途中で村を襲った魔者の集団と遭遇しそうなものですが……本当に目撃しなかったのですか?」

 サロリアの疑問はもっともだ。もし、ラズライルという村が、このスウェードから最寄の村であり、兵士が気づいたのが村人が皆殺しにされた後であれば、ラズライルまでの道中で遭遇する確立は高い気がする。それどころか、スウェードが既に襲撃に遭っていてもおかしくはないはずだ。

 少なくとも、この村の周囲からは魔者の気配は感じない。“敵”の正体が魔者であると仮定すれば、この村はまだ大丈夫だろう。

 「はい、遭遇しませんでした。サロリア様の言う通り、確かにおかしいですね」

 とりあえず、このような非常事態が起きてしまったからには、雨天だからといって宿でのんびり過ごしている場合ではない。

 俺とサロリアは、明朝までには戻る旨を兵士とキャロルさんへ伝えると、外出の準備のために各々の部屋へと戻った。

 腰に剣を携え、宿の玄関口の戸を開けると、ラズライルがどれほどの惨状なのかを調査するため、そして、村を滅ぼしたであろう魔者を駆逐するために、雨音が支配する景色の中へ飛び出した。

 

 街道に沿ってスウェードからラズライルへ向けて歩き始め、そこそこの時間が経過しているように感じた。おそらく、中間地点は既に超えたはずだ。

 気温は低く、強く打ちつける雨によって体も冷え始め、それに伴って周囲の警戒に対する集中力も低下してきていた。

 体を震わせながら歩く俺の様子に、隣を歩くサロリアが気づいたようだ。

 「レン、大丈夫ですか?」

 「大丈夫。ただ、これだけの豪雨の中で行動をした事がなかったから、体がまだ順応してくれないだけだ。じきに慣れるはずだ。……それにしても寒い」

 集中を妨害する雨を無視しながら感覚を研ぎ澄ませ、絶えず周囲の景色に異常がないか観察していると、遠くにある茂みに、“何か”が転がっている事に気づいた。

 遠目で見ているので正確な大きさは分からないが、全長が俺の背丈くらいはある。

 五感の内、視覚以外を全て消し去り、全神経を集約して”何か“の正体を突き止めようとした。

 それは、ある動物の形に似ているように思える。

 ――ちょっと待て、まさか、これは――。

 「どうしたのですか、レン? 何か見つけたのですか?」

 「……ああ。ちょっと様子を見てくる!」

 「待ってください! レン!」

 “何か”が在る場所へ向けて、俺は駆け出した。地面を蹴るたびに、濡れた大地が音を立てる。ぬかるむ地面は走りづらいが、文句を言っている場合ではない。

 一刻も早く正体を知らなければ、手遅れになるかもしれない。

 段々と目標までの距離を縮めていく、“何か”の姿形も比例するように鮮明になっていく。もうこの時既に、“何か”の正体については理解できていた。

 やがて、目標物の目の前に辿り着き足を止めると、濡れた雑草の上に転がる“何か”に向けて視線を落とした。

 サロリアが少し遅れてやってきて、同じように俺の隣で足を止めた。彼女の表情には、険しい色を浮かんでいる。どうやら、俺と同じように、駆けている最中に“何か”の正体に気づいたのだろう。

 「……レン、これは……」

 「ああ」

 足下に転がる、動かなくなった動物を凝視したまま、その正体を声に出した。

 「――間違いない、人間だ」

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