エピローグ

 生き物には、その生を全うしている以上、何かしらの役割があるのだと俺は考えている。

 ソラや、かつて“魔王”と呼ばれたヴェインは、与えられた役割を果たしたからこそ、この世から旅立ったのだろう。そして、俺は壮絶な戦いを終えた今も生きている。ならば、俺にはまだまだやるべき事、為さなければならない事が残っているのだろう。


 黒耀の塔から王都へ帰還し、数ヶ月経ったある日、街は再び大きな熱気に包まれていた。この、騒音とも表現できるほどの熱気の中心にあるのは、青空の下に晒された闘技場であり、そこに押しかけた他ならぬ王都の人間達である。

 今日、この闘技場では第三回武闘大会が開催されていた。今大会には先の戦いで生き残った兵士達が奮って参加を表明した事もあり、第一回、二回大会とは桁違いの人数が各々の力を誇示するため集まっている。

 俺は試合を順調に勝ちあがり、今こうして決勝戦の場に赴くため、闘技場内の通路を歩いているところだ。

 通路を悠々と歩いていると、目の前に三人の男女が現れた。

 一人は赤みがかった長髪の男、一人は緑色の髪を結いだ小柄な女性、そしてもう一人は、茶色の髪を後ろでまとめた若い(見た目だけだが)女性。

 「レン殿、遂に決勝ですね。二人の戦いを間近で見れると思うと、僕は心躍る気持ちを抑えられないですよ」

 「まあ、勝つのはサロリアさんでしょうけど、レンさんも頑張ってくださいね。私はサロリアさんを応援しますけど」

 「じゃあ私はレン君を応援しようかしら。頑張ってね」

 現れた三人は、俺とサロリアが旅の途中で知り合った人達だった。

 黒耀の塔から王都へ帰還する過程で、彼らの村に立ち寄って話を聞くと、やはり漆黒の霧が現れてから暫くして、大量の魔者に村が襲撃されたらしい。

 フレアさんとリベイラの住むアミュレは、フレアさんの営む道場の門下生達が奮闘し、村から一人も犠牲者を出さずに撃退する事ができたようだ。その話をしてくれた時、彼は最後に、『僕の選んだ道は間違っていなかった』と付け足した。

 キャロルさんの住むスウェードは、狩人達が中心となり、自慢の弓を用いて魔者撃退の任に当たったそうだ。この村も、多少の怪我人は出てしまったが、今回の戦いで命を落とした人間は一人もいなかったとの事である。あまり関係ないが、キャロルさん自身も包丁片手に魔者と格闘したと語っており、彼女が精神的だけでなく肉体的にも強靭な女性だった事実を認識させられた、

 「ところでフレアさん、今晩空いてないかしら?」

 「え? ええと、一応予定は特にありませんが」

 「あら素敵! なら、今晩二人きりで……」

 「ダメェ! 駄目よ! フレアさんは私とご飯を食べに行くの!」

 「そうなの? 仕方ないわね。なら三人で食べに行きましょ」

 「それなら別にいいけど……。食べすぎには注意してくださいね」

 フレアさんとリベイラは、平和が戻った後に俺を通じてキャロルさんと知り合い、以来、三人は親しい関係にあるようだ。

 三人の姿を目にして、平和な世になってよかったと改めて感じた。

 「それじゃあ俺は行くよ」

 「では、僕達も上に戻ります。リベイラ、キャロルさん、行きましょう」

 闘技場二階へと歩いていくフレアさんと、彼の腕を抱きつこうとするキャロルさん、そして彼女をフレアさんから引き剥がそうとするリベイラの後ろ姿を眺めながら、俺は彼らとは反対方向へ再び歩み出した。

 

 舞台へと続く道の手前まで着くと、そこには豪奢な鎧を纏った二人の兵士の姿があった。

 「レン様。ソラの件、改めて礼を言わせてください。彼女を救って頂き、ありがとうございます」

 「……いえ、彼女は私をかばって命を落としました。罵声を浴びせられる事はあってこそ、お礼なんて……」

 「……そうか。ソラは立派に役目をこなしたか。ならば、私からも礼を言わせてください。感謝します、レン様」

 「ケリウス兵長まで……」

 黒耀の塔の一階部分でソラと再会したクレイさんは、やはり俺達と同じように彼女の満ち足りた表情を見て悲しむというより、むしろ羨望の感情を抱いたそうだ。

 ケリウス兵長はソラの戦死を知った時、ひどく残念な気持ちになったそうだが、彼女が全て為し遂げた事実を知り、少し救われたと語った。

 「レン様。サロリア様が待っております。どうぞ、舞台へと向かってください」

 「ご健闘を。私達も楽しみにしております」

 口元に笑みを浮かべる二人に見送られ、俺は燦々と輝く陽光に照らされた試合の舞台へと向かった。


 舞台へ上がると、あの日と同じように周囲は喧騒が支配し、視界には観客席から今にも溢れそうな程の人々の姿が映った。彼らは口々に俺と“彼女”の名前を叫んでいる。

 喧騒に包まれる観客席の中で、静かに、まっすぐ俺へと視線を向ける母さんの姿を見つけた。

 目の合った母さんが小さく微笑んで見せたのを確認すると、視線を正面に向けて決勝戦の対戦相手である女性を見据える。その時、闘技場内に大きな銅鑼の音が鳴り響いた。

 銅鑼の音が三度に渡って空間を振動させ、その残響が止む頃には完全な静寂が訪れた。

 先程までの喧騒が嘘のような沈黙を破り、俺は目の前に立つ女性に問いかける。

 「サロリア、勇者とは何だと思う?」

 「勇者とは、特定個人を指す言葉ではありません。勇気のある者、勇者となりたいと願う人間全てが勇者なのでしょう。無論、私もその内の一人です」

 彼女の答えを聞いた時、試合の前だというのについ頬が緩んでしまった。

 「俺の考えと同じだ」

 短い問答を終えた俺達は同時に鞘から紅蓮の剣と蒼白の剣を引き抜き、互いに向けて構えると、再び銅鑼の音が鳴り響き、会場の喧騒が蘇った。

 俺達は互いに微笑みを浮かべたまま地面を蹴り、剣戟を重ねる音すら聞こえない歓声の中で幾度も刃を交えあった。

 

 その試合で、俺は――――。

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三人目の勇者 のーが @norger

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