第8話

 王都を旅立ってから二日目の朝を迎えた。

 俺は意識が覚醒した後も即座に起きる事をせず、まどろみを楽しんでいる。旅先で自宅のような豪奢な布団の中で眠りにつけるとは思っていなかったが、いい意味で期待は裏切られたようだ。

 再び眠りに落ちようとした矢先に静かな、けれども恐ろしい感情を含んだ呼び声が耳に入ってきた。

 「レン、いつまで寝ている気ですか。既に皆起きて朝の鍛錬を開始していますよ」

 「は、はひぃ。すみません」

 これ以上の睡眠を咎められ、掛け布団をはねのけて勢いよく起き上がると、正面に立っていた白色の道着を着たサロリアが半目で俺の様子を眺めていた。

 「……身だしなみを整えてきてください。そのような姿は人前に晒すべきではありませんよ」

 ……どうやら、相当に酷い有様なようだ。


 昨日、王都を旅立った俺達は最寄の村であるアミュレを目指す事にした。

 特に迷う事なく無事に村には辿り着けたが、道中で魔者の捜索をしていたためか、到着は日が沈んだ後になってしまった。

 とりあえず今日は宿屋で一夜を過ごそうと考えたが、偶然出会った村人の言葉に甘えてその人物の家に泊まる事となった(彼の家が道場だと知った時は少し驚いた)。

 どうやら、俺は道場に着いた後、用意された食事を頂く前に眠ってしまったらしい。

 俺はサロリアの言葉に従い、身だしなみを整え、用意されていた道着を着用した。偶然なのか分からないが、この道着は王都にあるソラの父親が剣を教えていた道場で着用されている物と同じようだ。もっとも、知り合いの道場とはいえ、実際に鍛錬をした事はないので、着用するのは初めてだ。

 上は白色、下は紺色の道着は見た目通り動きやすく、鍛錬に最適な服装であろう事は理解できた。

 着替えると、寝室から廊下に出て稽古場へと向かう。

 この道場――“フレア道場”は、ある一人の若い男を道場主として、現在は五十名ほどの門下生が在籍している。

 門下生の大多数は魔者によって片方の親、もしくは両親を失った子供達であり、両親を失った子供については、大半が道場で寝泊りをしているようだ。

 子供だけでなく、門下生の中には大人の男女も含まれている。

 道場内の部屋構成は至極単純であり、部屋は大きく分けて三つ存在する。

 一つ目は、鍛錬を行なう稽古場。道場に在籍する五十名の門下生が全員入れるだけの広さを持った空間であり、床と壁は綺麗な木材で造られている。

 二つ目は寝室。道場に寝泊りする孤児達が暮らす区域である。寝室は二つ用意されており、それぞれが男性用、女性用として使用されている。ただし、部屋自体の広さは同様であり、女性の孤児より男性の孤児が多いこの道場では男部屋の密度はかなり高く、現在七人いる男性の孤児が一斉に布団を敷くと床に隙間が無くなるといった悩みを抱えている。その一方で女性の孤児は三人のみであり、単純に一人あたりの使用できる空間は男性のそれに比べて約二倍である。

 明らかな定員超過の男部屋で一人分の空間を更に狭めてもらい、悪い気がしながらも爆睡して初日の疲れを癒した。

 三つ目は調理場。ここでは二人の調理師が働いている。

 朝は孤児達と道場主、それに自分達が食べるための食事を作る。昼は朝の人数に加え、道場を訪れている門下生達の分も作る。夜は、朝と同様である。


 稽古場と廊下を隔てる引き戸の前まできた。扉の向こう側からは、何かを打ち付ける音が、幾度も響いている。

 その音に怒気のような感情を含んだ若い男の声が混じりだした。

 「違う! そうじゃない! それでは相手を倒す事など不可能だ! まずは隙を作れ! 隙を作ったら一気に踏み込め!」

 声が収まると、先程よりも激しく何かを打ち付ける音と一緒に門下生であろう男の子の気合の一声が聞こえた。

 直後、再び若い男の声が響き渡る。

 「そうだ! その調子だ! だが甘い!」

 今度は怒気を含んではいなかったが、声量はまったく変わっておらず、相変わらず扉の外にいる俺の耳まで鮮明に届いている。

 ――朝早くから頑張るなぁ。

 俺は自分の身なりを簡単に確認し、人前に出ても問題無いと確信してから稽古場へと続く扉を開けた。すると、いきなり正面から白い棒状の物体が顔面めがけて飛来してきた。

 咄嗟に身を屈めると、棒状の物体は背後の壁に激突し、地面に転がった。確認すると、棒状の物体の正体は木剣の刀身部分を白色の綿で包んだ稽古用の得物だった。

 「さすがレン殿。常人ならばかわす事など到底不可能であろう一撃をこうも軽々とかわしてしまうとは、流石ですね!」

 若い男の言葉に続き、門下生の子供達が感嘆の声をあげる。この若い男――赤色の髪を後ろで一つに結いだ長髪の男こそ、道場を取り仕切る若き道場主のフレアさんである。

 それにしても、こう、なんというのだろう。改めて褒められると悪い気はしない。強くなって良かったと思う時は幾つかあるが、なにより嬉しいのはこういう瞬間かもしれない。

 「レン、浮かれてはいけませんよ。勇者ならばあれくらい避けて当然です。でなければ、魔王を倒す事など夢のまた夢ですよ」

 「ああ、わかってるよ」

 「さて、レン殿も来られたのでそろそろ朝食にしよう。さぁ、準備を始めてくれ」

 フレアさんの掛け声を合図に道場内にいた十名の子供が立ち上がり、半分は廊下へ出て行き、半分は奥にある押入れから長机を運び出し、部屋の中心に並べ始めた。

 長机の配置が終わると、廊下へ出て行った子供達が朝食を手にして戻ってきた。入れ替わるように、長机を運んでいた子供が朝食を取りに廊下へ出て行き、残りの朝食を手にして再び戻ってくる。

 やがて、準備が終わって机の上に豪華な朝食が並べられると、俺は道場主であるフレアさんの隣に座った。対面にはサロリアが座り、その隣には調理師の二人、他の空いている場所には子供達が座っていった。

 「では頂こうか」

 そして、フレアさんの号令によって今日の朝食が始まった。


 「フレア殿、昨日は見ず知らずの私達を泊めて頂き、本当にありがとうございます。おかげで、慣れない旅の疲れもすっかり癒えました」

 「本当に助かりました。そのうえ朝食まで用意して頂いて……なんだかすみません」

 俺達が感謝の言葉を述べると、フレアさんは爽やかに微笑んだ。

 「大げさですよ。それに、僕にも少し考えがありましてね。是非とも勇者殿に門下生達の武術を見て頂きたかったんです」

 「そういう事ですか。それならお安い御用ですよ。なぁ、サロリア」

 「ええ、構いませんが」

 「それはありがたい! では食事が終わって少し休憩したら、早速模擬試合をさせますから、楽しみにしていてください」

 感謝の意を伝えたところで、次は気になる事について訊いてみる事にした。他でもない、この村についての事だ。

 「ところで、ここ最近王都には魔者が出現していないのですが、こちらの村はどんな感じですか」

 「アミュレも最近は少ないですね。稀に数匹見かける事はありましたが、その程度です。大所帯で行動している魔者は久しく見ていないですね」

 「国王の言っていた通り、何かの兆候かもしれないですね。魔王が出現して以来、これだけ目撃件数が少なかった期間はありませんでしたから」

 「ううむ……そうだとすると、楽観している場合でもなさそうですね。いつでも迎撃できるよう、心構えをしておかないと」

 神妙な顔つきをしたフレアさんは、その状態で右手に持っていた箸を止めた。心ここに在らずといった様子で思考にふけっているようだ。

 「フレアさん、今は食事中ですよ。考えるのは、食べてからにしましょうね。でないと、稽古の開始時間が遅れてしまいますよ?」

 対面に座っていた調理師である壮年の女性の一声で我に返った彼は、「すまない。その通りだな」と答えると、止めていた箸を再度動かし始めた。

 

 朝食の時間が終わり、門下生と思われる人物達が続々と道場に顔を出し始め、ある程度の人数が揃うと稽古が始まった。門下生達は俺達――勇者が訪ねてきている事実を知らされ、更に模擬試合を開催する旨を耳にすると、こぞって準備運動を始めた。

 その様子を横目で観察しつつ、稽古場から道場敷地内の庭を眺めていたフレアさんに話しかけた。

 「フレアさん。この道場は、フレアさんが始めたんですか」

 「そうですよ。……僕は元々、レン殿と同じように王都に住んでいましてね。その時に王都のとある道場へ通っていたんです」

 ――王都の道場?

 「もしかして、その道場は、ソラの父親が営んでいた場所ではないですか」

 「そうだよ。ソラ君とは、知り合いなのかい? 僕が在籍していた時、彼女はまだ十四歳くらいだったけれど、道場内でもかなりの実力者だったよ。流石は師範の娘だね」

 「今も、彼女の剣の腕は兵士達の中でも頭一つ抜けてます」

 「兵士……そうか、ソラ君は兵士になったんだね。ということは、道場はたたんでしまったのか……」

 フレアさんは、悲哀に満ちた表情で肩をすくめた。それが自分の通っていた道場が無くなった悲しみゆえなのか、或いはソラが兵士になった事に対する悲しみなのか。もしかしたら、その両方かもしれない。

 ――感情がよく表情に出る人だ。

 「さて、皆の準備も終わったようですね。ではそろそろ始めましょうか」

 彼の動きを追って庭から稽古場へと視線を移すと、門下生一同が綺麗な列を形成して立っていた。

 「どうやら、間に合ったようですね」

 いつからそこにいたのか。気づけば、サロリアが隣に立っていた。

 「そういえば朝食が終わった時くらいからいなかったよな。いったいどこへ行っていたんだ?」

 「アミュレには、以前宿泊した事がありまして、その時お世話になった宿屋のおばあさんの所に挨拶へ行っておりました。あの時は昨日と同じように夜遅くに村に着いて、明け方には早々に王都へ発ちましたから、道場があった事に気づきませんでしたが」

 ――そして、あの森で俺と出会ったわけか。

 「お二方、門下生達の準備が整いました。これより模擬試合を開始しますので、どうかご覧になっていってください」

 門下生達は半数ずつ分かれて両端に並び、正座をして待機していた。


 十戦ほど終えた。といっても、一試合あたりに要する時間は非常に短く、中には最初の一撃で決まる試合もあったため、大した時間は経過していない。

 フレアさんの話によると、この道場は武具の扱い方を教える場ではなく、己の腕を自らが高める場所であるらしい。故に、門下生達の戦い方は個々人によって千差万別であり、非常に白熱した試合もいくつかあった。

 最も素晴らしかったのは、門下生筆頭とされる少女と、二番手である男剣士の戦いだ。少女は得物として、フレアさんも得意とする薙刀を使っていた。

 何故あれほど幼い少女が物凄い実力を持っているのか、興味を持った。

 丁度サロリアが試合に勝利した筆頭の少女へ向かって歩み寄っていく姿が見えたので、俺も少し遅れてサロリアの後に続く。

 「ちょっと、よろしいですか」

 サロリアが少女の背中に向けて声をかけると、少女は高い位置で一本に結いだ緑色の髪を揺らしながら、振り返えった。

 「……えっと、あたしですか?」

 「ええ、そうです。先程の模擬試合、非常に素晴らしい戦いでした。やはり、薙刀の扱い方はフレア殿に教わったのですか?」

 「そうですね。基本的な動きと使い方はフレアさんから教えてもらいました。だけど、フレアさんもあたしに付きっ切りというわけにはいかないので、基本的な動作以外は鍛錬の過程で掴んで自分なりの戦い方に応用していきました。どうでした? あたし、うまく動けてましたか?」

 少女の瞳には熱が篭っていた。自分が、どう評価されているのか気になって仕方ないのだろう。

少女に対し、サロリアは優しい笑みを浮かべながら回答する。

 「悪くはないと思いますよ。あとは、更に早く動けるよう磨くだけだと思います。それにしても、よく一人でここまでの腕に到達しましたね。腕を上げて、何か為し遂げたい事でもあるのですか」

 「はい。あたしは、その目的のために武道を始めましたから」

 「立派ですね。私も応援しています。頑張ってください」

 そう言ってサロリアは立ち去ろうとした。それに気づいた少女が、慌てた様子で声をかける。

 「で、でしたら! あたしと一戦、試合をしてくれませんか?」

 サロリアは目を丸くして少女を見据えた。

 「私と、貴方がですか?」

 「あたしの名前はリベイラです。実力差がある事はわかっています。だけど、自分が今、どれほどの強さを持っているのか、勇者であるサロリアさん相手に、どこまで戦えるのか。それを知っておきたいんです」

 「私は構いませんが……それにはフレア殿の許可が必要なのでは――」

 サロリアが何かに気づき、言葉を止めた。彼女の視線は、俺の立っている場所へと向けられているようだが、俺を見ているわけではなさそうだ。

 二人のやりとりを見守っていた俺の隣には、いつの間にかフレアさんが立っていた。

 「問題はありませんよ。僕としても、二人の戦いには興味がありますからね。準備ができましたら、いつでも開始できますよ」

 「左様ですか……。フレア殿がそう言うのであれば、受けて立ちますよ。リベイラ殿」

 「ありがとうございます! それと、リベイラでいいですよ。あたしの方が年下なんですから」

 「承知しました。では――」

 サロリアは、背後の壁に掛けてあった槍の形状をした武具を手に取ると、器用に振り回してみせた。この武具には、穂先に刃ではなく、木剣同様に白い綿の塊が付けられている。

 「少し、馴染ませる時間を頂けますか?」

 「構いませんよ。では、少し時間を置いてから始めましょう。リベイラも、それで良いですね?」

 「うん。大丈夫だよ、フレアさん」

 それだけ聞くと、サロリアは槍を手に握ったまま庭へ出て行った。


 稽古場を静寂が支配している。鍛錬のために訪れていた門下生は、現時点で四十人ほどいるが、皆が一様に稽古場の隅で正座しており、中央に立つ二人の人物の姿を凝視している。

 俺とフレアさんは門下生達より更に後ろの位置で、立ったまま二人の様子をうかがっていた。

 視線の先に立つ二人の女性は、互いへ向けて武器を構えたまま硬直している。

 既に試合は始まっているのだが、依然として動く気配はない。

 「どうしたのですか、リベイラ。仕掛けるつもりがないのなら、こちらから参りますよ」

 「どうぞ、いつでも来てください」

 リベイラの返答を聞くと同時に、サロリアが一歩踏み込む。正面に構えた槍の矛先は、リベイラの右手を捉えていた。その状態で突貫する。

 おそらく、並大抵の人間では反応できない早さであったが、瞬く間に繰り出された一撃を、リベイラは間一髪のところで左へ身を翻して回避する事に成功した。

 サロリアが次の行動を実行するより先に、リベイラが次の行動に移る。

 低く構えた薙刀を素早く下から上へ振り上げる。

 しかし、薙刀は空を斬った。

 怯む事無く、今度は往復するように高く上がった薙刀を振り下ろす。

 それを槍の柄の中心部で防御したサロリアは、リベイラの薙刀を強く弾くと同時に後方へ跳躍した。

 着地と同時に槍を構え直し、再び矛先をリベイラへと向ける。

 体勢を立て直したリベイラも、少し遅れてサロリアに矛先を向けた。

 「やりますね、リベイラ。最初の一撃で決めるつもりでしたが、まさか切り返されるとは思いませんでした」

 その言葉に対し、少し間をおいてリベイラが答える。声色には、少量の怒気が含まれていた。

 「……こんなものじゃないでしょ。本当なら、今の一撃で仕留められたはず。手を抜かないでください!」

 サロリアは、何か言葉を返すわけでもなく、黙ってリベイラの言葉に耳を傾けている様子だ。

 「先日の武闘大会、あたしも見に行きました。勇者となる人物の戦い方を見て、自分のものにしようと、そう考えていたんです。でも、次元が違いすぎた。サロリアさんとレンさんは、想像を遥かに凌駕する実力で、とてもあたしに真似できるような動きではなかった。……だけど、さっきの動きはあたしの想像の範囲内だった。もう一度言いますが、手加減は不要です。全力で相手してください!」

 違う。彼女は決して手加減をするような真似はしない。今のは――。

 「そう、ですか。ですが、『手加減』などした覚えはありません。私は、初めての相手と対峙する際には最初に力量を確かめる事にしているだけですよ。そのうえで、適切な戦い方を選定するのです」

 俺の考えていた事はサロリア自身の口から語られた。喋りながらも、両手で構えた槍の矛先は、依然としてリベイラに向けられている。

 「信じられません。それなら、なんで驚いたりしたんですか」

 「力量を測る前に倒れてしまう者が多いからです」

 「そんなの、傲慢じゃないですか。そんなの、真剣勝負とは言えないです」

 「戦い方とは千差万別、人それぞれであり、私にとってはこれが全力の戦い方であるだけです。……といっても、言葉だけでは信用するのは難しいでしょう。信じられないのであれば、次の攻撃、凌ぎきるだけではなく私に一撃を与えてみせてください」

 リベイラは鋭い視線でサロリアの瞳を見つめた。それを返答と受け取ったサロリアは、先程と同じような動きでリベイラへと突貫した。

 同じように右手めがけて突き出された矛先を、同じように左にかわすリベイラ。そのまま、同じように反撃に転じようとした時、リベイラの表情に変化があった。

 異変に気づいたリベイラだったが薙刀の動作を静止できず、同じように得物を振り上げると、やはり同じように空を裂いた。それを確認したサロリアは、手に持った槍をリベイラが薙刀を引くより早く振り上げる。

 槍は薙刀に接触し、強烈な衝撃を受けたリベイラが体勢を崩す。

 リベイラは薙刀こそ手放さなかったが、体勢を立て直すまでに時間を要した。当然、その隙をサロリアが見逃すはずもなく、振り上げた槍を、リベイラの目と鼻の先へ振り下ろした。

 「そこまでッ!」

 隣で立っていたフレアさんの一声を聞き、サロリアは槍を下ろした。リベイラもまた手にしていた薙刀を下ろし、同時に頭を下げた。

 「ありがとう、ございました。サロリアさんの強さ、身をもって実感する事ができました。それと、さっきの失礼な発言、すみませんでした。……あたしは、まだまだですね」

 「気にする事はありません。仮に手加減をしていた場合、負けていたのは私だったでしょう。リベイラは十分強いです。自信をもってください」

 顔をあげたリベイラの顔は明るかった。それを確認したサロリアの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

 「さて、それでは――」

 フレアさんが武具を掛けている壁へと歩み寄って行き、サロリアが手に持っている槍と形状の似た武器を掴んだ。槍とは穂先の形状が異なっている。

 おそらくは薙刀だろう。それを手に取ったという事は、つまり……。

 「レン殿、次は僕と貴方で試合を行いましょう。問題ないですよね?」

 一瞬戸惑ったが、二人の戦いを見て俺も剣を振るいたくなっていたため、答えは決まっていた。

 「問題ないです。是非ともお願いします」

 俺がそう答えると、リベイラが稽古用の木剣を右手に持って近寄ってきた。

 「レンさんは剣を使いますよね? どうぞ、これを使ってください」

 差し出された木剣を受け取り柄を右手で握ると、先程までリベイラが立っていた場所へと進む。フレアさんも、サロリアが立っていた場所に立った。

 「では早速始めましょう。お手柔らかにお願いしますよ」

 「全力でお相手します」

 柄を強く握りしめ、木剣を下段に構えると、フレアさんは薙刀を正面に構えた。

 武器を構えた状態でフレアさんとの距離を徐々に詰めていくと、彼も同じように距離を詰めてくる。

 やがて、薙刀の間合いまで入ると、先にフレアさんが仕掛けてきた。

 光速のような素早い突きから始まった連撃を全てかわし、隙をついて反撃へと移る。

 しかし俺の攻撃もまた全て凌がれ、再びフレアさんの連撃が始まる。

 ……その後も激しい攻防は続いた。

 勝負を決めたのは、俺が反撃覚悟で繰り出した突きだった。薙刀の突きを身を翻して寸前でかわしながら剣を突き出すと、その一突きは彼の腹部へと接触した。

 もしこれが真剣ならば、間違いなく致命傷となったであろう。この一撃により、俺は辛くもフレアさんに勝利する事ができた。

 

 それから、門下生達と談笑をしながらの昼食を終え、午後は午前と同じように門下生達の指導を行なった。俺はサロリアとは違い、人に何かを教えるのは初めての経験だったが、上手くいっただろうか。それが少し心配ではあった。

 ともあれ、指導を終えた俺とサロリアは夕日の差すフレア道場を去ろうとしている。

 今日はサロリアが世話になったという宿屋で一夜を過ごそうと考えていた。

 道場の門前まで着くと、俺達の前を歩いていたフレアさんとリベイラが振り返った。

 「本日は本当にありがとうございました。僕にとっても、貴重な経験となりました。明日には、この村を発つつもりですか?」

 「ええ、私達には、なさなければならない事がありますから。早朝にこの村を発つ予定でいます」

 「そうですか、魔王の居城まではまだまだ距離があります。どうか、お気をつけて」

 「ありがとうございました。フレアさんと戦って、良い経験ができました」

 「レン殿とは是非とも再戦したいものです。次は負けませんよ」

 「魔王を倒したら、また来ますよ」

 「その日を楽しみにしております」

 見た目通りの爽やか口調で、朗らかな表情を見せながら話していたフレアさんの横で、対照的な暗い表情の少女が立ち尽くしている。

 サロリアもそれに気づいたのか、彼女は少女に声をかけた。

 「リベイラ。また貴方と戦える日を楽しみにしています」

 「……あ、う、うん。ありがとうサロリアさん」

 リベイラの様子は昼間とは随分と違っており、少し気がかりではあったが、それだけ言うと、俺とサロリアは道場を後にした。

 

 宿屋に到着すると、サロリアの知り合いである宿主への簡単な挨拶を済まし、明日に備えて早々に床へ着いた。

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