第3話

 薄暗い部屋の中に差し込んだ眩しすぎるほどの朝日を浴びて意識が覚醒した。この部屋は、どこに何があるのかまで記憶している馴染んだ部屋。

 綿の布団で横になり、仰向けの状態で就寝した俺は、ほとんど同じ状態で目が覚めた。もっとも、最終的にこの状態となっただけであり、夢中遊行症の患者ごとく、夜中に奇行をしていた可能性は否めないが。

 一度は確かに目覚めたが、開けた瞼を再び閉じ、惰眠を貪るための準備を開始する。

 ――どうせ、何もやる事などない。

 意識が暗闇の底へと落ちていく。思考は停止し、体も微動すらせず、ただ落ちていく。

 だが、奥底に落ちる寸前で、突如として部屋に響いた謎の音によって意識が再び現実に引き戻された。

 誰かが部屋の扉を叩いているようだ。

 少しの間を空けながら三回連続で叩かれた後、ゆっくりと扉が開かれた。

 「レン、体の具合はどうでしょうか。手加減できなかったので相当な衝撃だったと思いますが……おや、まだ寝ていますか?」

 侵入者は小股で慎重に、音を殺して近寄ってくる。

 体は仰向けだったが、先程起きた際に顔だけ扉のある方向へ向けていたため、侵入者の容姿は鮮明に確認する事が可能だ。とは言っても、些細な質問に答えるのも面倒な程に眠いため、寝たふりをしながら、ほんの少し、相手に起きている事を悟らせない程度に瞼を開け、侵入者の姿の確認を開始した。

 まずは脚。その人物の脚は白く、一言で表すならば、綺麗な脚だ。病的に白いわけではなく、筋肉もほどよく付いた脚は、この部位を見るだけで持ち主が健康である事を推察できる。また、肌の色にはむらが無い。基本的にスカートの類は好んで穿かないのだろう。

 美しい脚と、部屋に入った時の第一声から、侵入者が女性である事は断定できているので、それを前提として観察を続ける。

 「レン。起きていたのですね。……ん? どうして私の脚を凝視しているのですか? 何か変な虫が付いていますか? それとも私自身ですら気づかない程の小さな傷でもあるのですか?」

 侵入者は俺の視線と重ねるように、視線を落として自分の脚の観察を始めた。しかし俺はそんな事など意に介さず、視線を先程より少し上げ、腹部の観察を開始した。

 腰は細く引き締まっており、痩せ過ぎず、太り過ぎもせず、まさに世の女性達が憧れる理想的な体型であった。いや、世の女性達はもう少し痩せた体型を好むかもしれない。ならば、侵入者の体型は女性としては標準的な体だと表現するべきかもしれない。

 また、着用している紫色のネグリジェが体の美しさを強調しており、その姿を世の男性の前に晒せば、本人が意図しなくとも多くの熱烈な視線を浴びる事は必至だろう。

 「今度は腰ですか? 黙ってジロジロ見られるのはあまり良い気分ではないのですが。それとも、服に汚れでもついているのですか?」

 侵入者は忙しく首を回し、背中と胸部の辺りをせわしなく確認している。

 ちなみに、侵入者の胸だけ見れば、性別が男性なのか女性なのか不明だ。けれども、侵入者の性別は女性であるため、いわゆる貧乳と区分される存在だろう。それも、極度の貧乳である。しかし大事なのは“そこに確かにある”という事実。大きさなど関係ない。むしろ、個人的には小さい方が――。

 「どこを見ているのですか! 破廉恥な!」

 突如として彼女の口から早口で紡がれた言葉と同時に、腹部に強烈な衝撃が走る。

 侵入者の振り上げた踵は仰向け状態の俺の腹部に落とされ、胃の中身が逆流するような感覚に襲われた。何も口から出てこなかったのは、俺がまだ朝食を摂っておらず、昨晩の食物が完全に消化されていたからだろうか。

 とはいえ、涙を零してしまう程の痛みは変わらない。腹部の損傷した箇所を右手で押さえつつ、体を起こして女性の顔色を窺った。

 腰のあたりまで伸びた紫色の髪はさらさらとしており、気品を感じさせる。特徴的な金色の瞳は真っ直ぐに俺を見据えており、憤怒の感情を連想させる鋭い眼光を帯びていた。けれども対照的に頬は少し赤く染まっており、恐らく照れているであろう事が窺える。

 「とんでもない起こし方だ! 俺じゃなかったら二度寝するはめになっていただろうよ! もっとも、その場合は二度と起きれなかっただろうがな!」

 常人が浴びていたら即死していたであろう。先程の衝撃は、例えるなら王都の外壁の高さから落下してきた岩石を腹部で受け止めたような、頭のおかしくなった曲芸師以外は生涯体験する事がないであろう衝撃だった。それほどまでに彼女の一撃は重かった。普段から肉体を鍛えている俺が悶絶してしまうのだから間違いない。

 少し痛みが引いてきて気が落ち着くと、目の前に立つ彼女の赤みを帯びていた頬は既に普段と同じ肌色へ戻っていた。

 「レンが悪いのですよ。朝ですから思考が少しおかしな方向へいってしまうのは仕方ないかもしれませんが、それを加味したとしても私に対して変態的な妄想をするのは許されざる行為です」

 いつもの冷静な口調に戻った彼女は踵を返し、背中を向けて部屋にある唯一の扉に向かい歩き始める。

 「ですが、今回はその一撃だけで勘弁してさしあげましょう。……朝食の準備が既に出来ております。私は先に向かいますので、レンも準備が出来次第、来るようにしてください」

 それだけ言い残すと彼女は扉を開け、入ってきた時と同じように上品な動作で扉を閉めた。

 急いで来いと言われたが……自分の与えた打撃で俺が動けない状態になっていたとしたらどうするつもりだったのだろうか。それとも、この程度でそのような事態が起こり得ない事も承知していたのだろうか。彼女なら……後者の方が確立が高そうだ。

 立ち上がり、乱れた布団を正し、服を着替え、彼女の跡を追うように部屋にある唯一の扉に手をかけた。

 「しかし変態的とは失礼な。妄想がどうとかも言ってたよな。ったく、一体どちらが妄想してるんですかっていう話だ。……まあ、でも、いいか」

 少し顔を合わせるのが気まずかったので、誤った受け取り方をしてもらって正直なところ少し安堵した。もっとも、別の意味で気まずい関係になったかもしれないが。

 心配事が一つ減り、気持ちが少し軽くなった。他にも幾つか気がかりな問題はあるが、今は考えず、とりあえず朝食を摂るために食卓へと向かった。


 「昨日の大会後、城の人間から『明日の午後、日没までに城を訪ねてほしい』という連絡を頂きました。レンにも同行して頂きたいのですが、問題ありませんか?」

 「今日の午後、城へ出向く必要があるわけか。それなら問題ないよ、特に予定もないしね。でも俺が付いていってもいいのか?」

 「問題ありません、許可は既に頂いております」

 母さんの作った朝食を食べ終えた俺とサロリアは食卓に残って本日の予定についての相談――というよりはその話題を中心とした雑談をしている最中であった。

 武闘大会の覇者であるサロリアは、大会の最大の目的であった勇者になったわけだが、だからといって王国側は「では勝手に魔王討伐へ出かけてくださいお願いします」などと一方的にお願い事をするわけではなく、まずは勇者任命の式典に出席する義務が与えられる。これは前回……父が勇者となった時と同様だ。

 それにしても、先代勇者の血縁ではあるが、大会の優勝者でもない俺が任命式に参列する必要などなく、更に言えば参加して良いものでもない気がするのだが……サロリア一人の懇願によって許可するとは、王国も何を考えているのやら。

 けれども、単に出席したいか、そうでないか、と問われれば迷い無く後者と答える。

 「それにしても『日没まで』というのはどういう事だ? 正式な式典なのだから明確な時間が定まっていないのは少しおかしい気がしないか?」

 「例の方から聞いた話ですと、大掛かりな準備は必要がないそうで、私が到着次第簡単に準備するので、細かい時間指定をする必要はないようです」

 サロリアがティーカップに指を掛け、中に注がれている珈琲を口にする。彼女くらいの年齢ならば、珈琲よりも紅茶を好むと思うのだが、サロリアは普段から砂糖を少量混ぜた珈琲を愛飲している。

 「国王を相手にする時のような待遇の良さだな。つまり、勇者というのはそれと同等の肩書きってわけか」

 サロリアの物と同じ珈琲を、カップを鷲掴みにして一気に喉へ流し込む。程よい苦味が、体を駆け抜け、気分を落ち着かせてくれる。

 カップを机の上に戻すと、椅子の背に深くもたれかかった。

 「嬉しい限りですが、私としては時間を指定して頂いた方が本日の計画も立てやすかったので、少々困っています。このまま、“レンの家”で昼までのんびりと時間を潰す事も決して悪くはないのですが……」

 サロリアが困ったような笑みを浮かべながら再び上品な動作でカップを口へ運んだ。

 『レンの家』と言ったのは、ここが俺の家であるからであり、サロリアは俺の姉でも妹でも、ましてや母でもなく、血の繋がっていない人間であるからだろう。しかし、一年以上も共に生活しているのだから『レンの』などという言葉を付け加えなくとも構わないのに。

 ――だが、それもあと少しか。

 サロリアは勇者として王国を旅立つのだから、当然この家からも消える事になるわけだ。そうなってしまえば……考えたくはないが、もう会えなくなる可能性も十分に有り得る。あれだけ強かった父を殺した魔王と戦うのだから……。

 「特に予定が無いなら、適当にふらつかないか? もちろん、無理にとは言わないけど、旅立つ前に自分が一年間生活した場所を見ておきたいだろ?」

 「普段生活している空間を目的も無しに歩き回っても意味が無いのでは……と思いましたが、それも悪くない気がしてきました。自分が住んでいた街がどういう場所であったか、最後に一度、この眼にしっかり焼き付けておこうと思います」

 「そんな大袈裟な……」

 サロリアの真面目な返答に対して思わず苦笑いをしてしまう。彼女の生真面目さに関しては、最早まともに異議を申し立てようとは思わないが、時々返答に困るような発言を素でされるのは悩みの一つだ。

 「決まりですね。早速支度をして参りますので、レンも出かける準備をお願いします」

 「いや、俺はもう準備できてるから。着替えるなら、なるべく早く頼むよ」

 「……まさか、そのような服装で任命式に出席するつもりではないですよね? エニル殿が式典用の服を用意してくださいましたから、私の支度が終了するまでには着替えておいてくださいね?」

 無地の長袖シャツに紺色の長ズボンという非常に動きやすい格好をしている俺に対してサロリアが釘を刺す。ちなみに、これでも一応外出できるよう着替えたつもりだ。

 「いやー特に問題ないと思うのだけれど? 言ってしまえば、サロリアだってそのままの格好で行っても問題ないと思うね」

 「行きません!」

 少し怒りの色を帯びた声で答えながら、ネグリジェ姿のサロリアは紫の長い髪を揺らしながら階段を上っていった。


 母の営む衣服屋を兼ねた自宅から一歩外に出ると、街で一番人の集まる商店街の中央部分に出る。この場所には王国の中だけでなく外にある小さな村々からも多数の商人達が出稼ぎにやってきており、各地の特産品である野菜、果物といった食物は勿論の事、衣服、薬、家具なども揃っている。更には自分の身を守り、外敵を排除するために必要な武器や防具といった少々物騒なものを売る商人も数多く存在している。

 ――しかし、母さんはいつの間にこんな服を用意したんだ。

 母の用意した式典用の服は、白を基調としたジャケットとズボンだった。ジャケットには金の装飾が幾つか付いており、なんとも派手な造りである。

 ――こんな格好で街をふらつくのか?

 これから自分が浴びるであろう視線を想像しながら頭を悩ませていると、閉ざされていた自宅の扉が開かれた。

 「おまたせしました」

 中から出てきたサロリアは、俺と同じ造りの服を着用していた。ただ、白を基調としている俺とは対照的に、彼女のそれは黒を基調としている。

 「てっきりドレスでも着てくると予想していたんだが、意外だな」

 「私がスカートの類を好んでいないのはレンも知っているでしょう。そもそも、スカートなど穿いていれば“襲ってください”と言っているようなものです。私には理解のできない物の一つですね」

 「ま、まあ、そうだな」

 少々極論な気もするが、下手に反論すると無駄に時間を浪費してしまう気がするので同意しておいた。

 ――それにしても……。

 改めてサロリアの姿を確認してみたが、俺と同じ服装の彼女は非常に凛々しい。きっと、誰が見ても“勇者という言葉が良く似合う姿”といった類の感想を抱くはずだ。

 そう考えた時、同じ服が二つ用意されていた事の意味を悟った。

 『エニルさんが式典用の服を用意してくださいましたから』

 ――そうか、俺の衣装は元々用意されていたんだな。

 いくら母さんが服飾関係の技術に秀でていようと、これだけ豪華な衣装をすぐに用意できるはずがない。

 昨夜、遅くまで何かの作業をしている様子だったが、俺のために用意していた衣装を基に、サロリアの衣装を複製していたのか……。

 俺は心の中で母さんに感謝し、同時に勇者になれなかった事を詫びた。


 並列になって歩いていた俺とサロリアは、とある建物の前で同時に足を止めた。

 昨日、各地から多くの人が集い、熱狂し、歓喜に沸いた場所。サロリアが俺に勝利し、二代目勇者となった場所。俺がサロリアに敗れ、勇者になる事を諦めた場所。

 闘技場は、昨日の出来事が嘘のように静まりかえっており、唯一の入口に関しても閉鎖されていた。

 「昨日の喧騒が嘘のようですね。……昨日の出来事も、嘘であれば良いのに……」

 サロリアの風に乗って消えてしまいそうな小さな呟きを、俺は聞き逃さなかった。

 「嘘? それは、どういう意味だ?」

 「い、いえ。……ただ、ですね」

 一瞬驚いた表情を浮かべたサロリアだったが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 「ただ、やはり私よりレンの方が勇者に相応しいと思えてならないのです。そもそも、私には勇者になる資格などありません。今からでも遅くないはずです。王様に会ってレンを勇者として任命するようお願いしませんか?」

 「それは、本気で言っているのか?」

 「……いえ、失言でした。どうか、今のは忘れてください」

 サロリアは、俺が勇者になる事を切望してくれていた。だからこそ、俺を気遣って今のような台詞を言ったのだろう。それは素直に嬉しい。しかし、“勇者を辞退したい”という言葉はそう易々と口にして良いものではない。この言葉は、俺を含めたサロリア以外の大会参加者達――勇者になる事を志した全ての者達に対する侮辱だ。

 それに、譲ってもらった勇者の称号になど、一切の価値は存在しない。

 「気持ちはありがたいが、俺はサロリアに敗れたんだ。……約束を守れず、悪いと思っている。だけど、勇者になろうとしたのは俺だけじゃない。多くの勇ある者達の代表として、サロリアにはなすべき事があるはずだ」

 「ええ、それは承知しております。ですが、レンを一年間で私より強くする事ができなかったのは非常に無念でなりません」

 「……それを言われると、何も言えなくなってしまうな。本当に、面目ない。あと一ヶ月も時間があればサロリアより強くなれる自信はあるんだがな……」

 サロリアと出会った日から一年間。彼女はほとんどの時間を俺を強くするために費やしてくれた。それなのに、俺は約束を守れなかった。

 「あと一ヶ月……ですか」

 サロリアが空を見上げた。雲一つ存在しない青く広がる澄み切った空は、これから始まる彼女の壮大な旅を表現しているかのようだ。

 暫く空を見上げていたサロリアは、何かを思い出したように視線を下ろし、正面に立っていた俺の姿を瞳に映した。

 「レン、城へ行く前に“あの場所”へ行きませんか?」

 「“あの場所”か。……そうだな。もう二度と行く事もないかもしれないから、別れを告げに行くとしようか」

 『あの場所』とは、サロリアと最も長い時間を過ごした二人の思い出の地と呼べる場所の事だ。

 目的地もなく歩いていた俺達は、“あの場所”を目的地として定め、再び歩き始めた。


 王国の南に位置する門。通称・裏門から外へ出ると、正面に小さな森林がある。

 森の中へ足を一歩踏み入れると、天気が快晴にも関わらず、空が雲に覆われている日のように周囲が暗くなった。

 薄暗い獣道を道なりに進んでいくと、正面に眩しい程の光が視界に入ってくる。

 輝きに導かれるように歩を進めると、開けた場所に出た。森林の中でも随一に木々の密集率が低いこの場所だけは、梢の間から漏れた陽の光が若干差し込み、周りを明るく照らしている。

 この場所こそ、俺とサロリアの出会いの地であり、誰にも恥ずべき事のない正真正銘の勇者となるために毎日特訓を行なってきた場所でもある。

 つい数日前にも来ていたというのに、妙に懐かしいような感覚を覚えて辺りを見回していると、中央に生えている一際大きな木にサロリアが掌を当てた、木には無数の切傷が付いている。

 「思えば……私達が出会って既に一年の歳月が流れたのですね。当時は、一年など途方もなく長い時間であると認識していた覚えがありますが、どうやら検討違いであったようです。レンと過ごした一年は、私の二十年という短い人生の中でも最も幸せで充実した時間であったように思います。……レンには、深く感謝しております」

 「急にどうした?」

 一見して微笑しているように見えたサロリアだったが、双眸には悲しげな光を宿している。何かを憂いでいるのだろうか。

 「私は、一週間以内にこの街を発つつもりでいます。魔王が王都を襲撃するより先に、魔王を討ち取ってみせます。……街を発てば、きっとレンと会う事は、もう、ないかもしれません。今生の別れとなる可能性が高いでしょう。ですので、感謝の気持ちを伝えておきたかったのです」

 「サロリア……」

 既にそこまで考えていたとは思わなかった。

 何か言わなければならないのに、彼女へかける言葉が思いつかない。

 ふと視線を落とすと、整備されずに放置された、踏み荒らされた土の様子が目に入った。それから視線を上げると、今度は鋭い刃物で斬り付けた痕が無数に残っている木々が目にとまった。

 この場所は、サロリアと最も長い時間を過ごした場所。毎日欠かさず、豪雨の時も、嵐の時も、雪の舞う日も、共に過ごした大切な場所。

 ――話したい事ができた。

 「約束の時間まで、まだ時間はあるよな?」

 「ええ、日没まではまだまだ時間があります。いつでも良いと言われているので、陽の沈む前に行けば問題無いでしょう」

 「そうか。それじゃあ――」

 その場で腰を下ろし、体を支えるように後方に伸ばした手を地面に着いた。

 真正面にいるサロリアは、何か不思議な物でも見るような眼差しで俺を見下ろしている。

 「少し、思い出話でもしようじゃないか」

 それを聞くと、顎を軽く上げて合点のいった仕草を見せた彼女が、同じように腰を下ろした。両足を体の左へ流し、太腿の間に手を置いた品性を感じさせる座り方だ。

 「そうですね。一年という短い時間でしたが、実に多くの出来事がありました。さて、何から話しましょうか?」

 「そうだな――それじゃあ、サロリアと初めて会った日の事から話していこうか」


 サロリアと初めて会った日の事は今でも鮮明に思い出せる。きっと、俺の世界はあの日から変わったのだろう。

 俺は懐かしむように一年前の出来事を思い出し、静かに口を開いた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る