マッチ売りの少女1話

 大晦日の外はすっかり雪景色、しんしんと雪の降り積もる寒い日の夜、少女は大通りに立っていました。


 手には小さな籠を持ちその中にはぎっしりとマッチの箱が詰まっていました。


 少女はマッチを売るために立っていました。冬の寒空に立つにはあまりにも心もとない格好をしています。道行く人々はコートにマフラー、手袋をして暖かにしていますが、少女は震える手を自分の吐く息で温めていました。


「マッチ、マッチは要りませんか?」


 道行く人々は少女の声がけに足も止めません。可哀想な子を見るような目で過ぎ去っていく人が殆どです。


 少女はそれでも健気にマッチを売ります。


 しかしちっともマッチは売れません、そんな少女の姿を見かねたのか、一人の男性が冷やかしに行きました。


「お嬢ちゃん、いつまでたってもマッチなんか売れないよ」

「そんな事おっしゃらないで、マッチは必要ありませんか?」

「要らない要らない間に合っているよ、君も凍えて死んでしまいたくなければ、とっとと家に帰るんだね」


 男はマッチ売りの少女に少しのお金を渡し、その場を立ち去ろうとしました。しかし背後から聞こえてきた声に足を止めます。


「本当にマッチは要りませんか?」

「何っ?」


 少女の声は先程までの凍えて縮こまった少女とは思えない迫力がありました。男は思わず振り返って聞いてしまいます。


「一体何が言いたいんだ?」

「私が何の商機もなく、この寒空の下でマッチを売り続けているとでもお思いですか?どうです?」


 少女の問いかけに男は思わず生唾を呑み込んでいました。感じた事のないプレッシャーが男に襲いかかります。


「このマッチ、本当に何の変哲のないマッチに見えますか?態々この寒空に立ち売っているのに、そんな物本当に売れますかね」


 少女は畳み掛けるように言いました。


「正直ですね、私に話しかけた人は理解している人なんですよ。このマッチがただのマッチでないと理解しているんです。だから私に話しかけずにいられない、違いますか?」


 男は少女の気迫に押されそうになりましたが、鼻で笑って吐き捨てます。


「そんな口車に乗ると思うかい?僕はマッチにも君にもまったく興味はない、見当外れで恥ずかしい思いをしたね」

「そうですか、残念です。時間を取らせましたね」


 思いの外呆気なく少女は引き下がりました。男は拍子抜けしてしまい、逆に少し気になってきてしまいました。


「そこまで言うのならよほど自信があるようだな、そのマッチどれ程の物か見せてもらおうじゃあないか」


 男の言葉に少女は残念そうに首を振りました。


「今ここでマッチを擦る事は出来ません、私もこれで商売をしているものですから、一箱一本足りとも無駄には出来ないんです」

「ほうらやっぱり底が知れたな、君は上手いこと言葉で誤魔化してマッチを売りつけたいだけだろう」


 男は勝ち誇ったように少女に言いました。自分は少女の魂胆を見抜いたんだ、そんな自信が男にはありました。


 しかし少女は言いました。


「あなたがその言い分で納得するのならそれで構いません。私があなたにこのマッチの素晴らしさを伝えきれなかった。それだけの話ですから」


 やはり男は少女の物言いに何か底がある気がしてしまいます。だんだんとそのマッチが本当に何かあるのではないかと思ってきてしまいました。


「仕方がない、負けたよ。君の話術は素晴らしいな、今僕はそのマッチが気になってしょうがない。一箱貰おうじゃあないか」


 男は少女の口車に乗せられて、とうとうマッチを買うと決めてしまいました。


「とてもいい選択です。ではお値段は…」


 少女は男を手でちょいちょいと引き寄せる仕草をします。男は少女に耳を寄せると、少女はこそこそと値段を伝えました。


「何っ!!それは…」

「静かに!周りの人が不審がります」


 驚いて声を荒らげようとする男の口を、少女は小さな掌で抑えました。


「値段の事を他の人に言いふらさないでください、秘密なんですから」

「しかしその値段はあまりに高すぎる。正直一気に買う気が失せたよ、さっきの言葉は取り消しだ。帰らせてもらおう」


 男は憤慨して帰ろうとします。少女は慌てて言いました。


「話は最後まで聞いてください。いつもでしたら通常通り満額頂きますが、あなたは初めてのお客様ですし、特別に半値に致します」

「馬鹿を言うな、半値でもまだ高い」

「ならば結構、これ以上は商売になりません。お帰りくださいませ」


 少女はボロボロのスカートの裾をつまみ上げると可憐にお辞儀をしました。


 またしてもあっさりと引き下がる少女に、男は段々と腹がたってきました。先程から少女のペースに持っていかれ放題です。しかし少女に手を上げる程男は幼稚ではありません、先程提示された半値を財布から取り出すと少女に渡しました。


「これでいいだろう、さっさと一箱よこせ。その代わり、このマッチが何の変哲のない物だったらただじゃおかないからな」


 男の怒気混じりの声にも少女は動じる事なく笑顔で返します。


「お買い上げありがとうございます。ご満足いただけない場合は私をどうとでもしていただいて結構です。しかしご注意を、私がここに立ってマッチを売るのは大晦日の日だけ、年が明けたらここには居ませんのでお早めに」


 少女はそう言ってマッチの箱を手渡しました。にこやかに見える笑みの底に、空恐ろしいものを感じた男でしたが、インチキを証明してこの少女を寒くて狭い檻に閉じ込めてやると男は息巻いていました。

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