桃太郎6話

 鬼ヶ島にて衝撃の事実を知った桃太郎は、ただただその残酷な現実に慟哭するより他ありませんでした。


 自分は鬼で、そして鬼ヶ島の首魁は共に生を受けた妹でした。自らが手をかけた鬼達は、言ってしまえば桃太郎の兄や姉でした。


 うずくまって泣きわめく桃太郎に、妹は吐き捨てました。


「どうだ?事実を知った気分は?何も知らずに正義だと信じた自分が如何に滑稽か思い知っただろう。お前もあたしも、多くの屍の上に立つ血塗れの罪人なんだよ!」

「黙れえええ!!」


 桃太郎が腕を振り上げました。しかしその腕は妹に振り下ろされる事なく止まります。


 大猿が桃太郎の腕を掴んで止めたのです。


「桃太郎、そいつは駄目だぜ。俺は頭が悪いから詳しい事分かんねえけどよ、それだけは駄目だ」


 大猿の言葉に桃太郎の目から涙がこぼれ落ちました。


「桃太郎さん、私も大猿さんと同じ意見です。今ここで過去と向き合わずに消し去ってしまったら、桃太郎さんは一生苦しむ事になります」

「犬さん…」


 桃太郎は力なく崩れ落ちました。そんな姿を見て妹は笑います。


「無様だな桃太郎!お仲間と仲良し小好しして慰めてもらおうってか?そんな資格があたしたちにあるとでも思っているのか!?」

「黙ってなよ嬢ちゃん」


 からくり雉が翼に仕込まれた刃物を妹の首に当てました。


「桃の兄貴がやらねえなら、おいらがやったっていいんだぜ?テメエはおいらの家族を奪った仇なんだからなあ」

「はっ!それはそこにいるあいつも同じだろう!」

「いいや違うね、全く違う。桃の兄貴も嬢ちゃんも勘違いしているぜ」


 雉は妹の言葉を否定して言いました。


「桃の兄貴はな、命ないからくりの為に墓を作って弔ってくれた。そこに何も入っていない墓に手を合わせて慰めてくれた。桃の兄貴が例え鬼だったとしても、心はお前らと全く違うもんだ」


 雉の言葉に犬も続きました。


「そうです。桃太郎さんは道端に倒れていた私を助けてくれました。そばにいて元気づけてくれました。大切な物を何の躊躇もなく分け与えてくれる優しい心を持っています」


 大猿は照れくさそうに頭を掻きながら言いました。


「桃太郎はよお、力に溺れた俺を止めてくれたんだ。別の使い道があるって教えてくれたんだ。お前たちもきっと沢山悲しい思いや辛い思いをしたんだろうけどよ、恨むだけしかなかったのかい道は?」


 桃太郎のお供達の言葉を聞いて妹はわめきたてました。


「うるさい!うるさい!うるさい!綺麗事ばかり並べるな!あたしたちの苦しみも知らないで、のうのうと生きてきたお前たちに何が分かるんだ!!」


 小さな子供の癇癪のように妹はじたばたと暴れて泣き出しました。そんな様子を見て、桃太郎は優しく妹を抱きしめました。


「ごめん、ごめんよ。分かってあげられなくてごめん」


 桃太郎に抱きしめられた妹は、暴れるのを止めて涙を流しました。


「どうしてあたし達は捨てられたんだ!どうして同じ鬼筈なのにお前だけが違うんだ!人と世を恨み、死んでいった同胞は一体何のために生まれたんだ!」

「ああ、ああ、その通りだ。ごめんよ、君の苦しみは僕の苦しみでもあった筈なのに、君にだけ背負わせてしまった。ごめん」


 桃太郎の腕の中で妹は泣き続けました。桃太郎はずっと妹の事を優しく抱きしめてあげるのでした。




 泣きつかれて寝てしまった妹を桃太郎は自分の服を敷いて、その上に横たえさせました。


 桃太郎はお供達と協力して鬼の遺体を集めました。復讐心にかられて殺めてしまった命、許される筈もありませんが桃太郎は心の中で謝罪をし、鬼たちを荼毘に付せました。


 精一杯の供養をして、今度は鬼達が略奪した財宝をかき集めました。桃太郎達は村に帰る道すがら、この金品をすべて村に返して回る事に決めました。


 旅に出る前おばあさんから言われた事を思い出します。


「あなたは人を救いにいくのです」


 おばあさんは鬼を退治しろとは言いませんでした。人を救えと桃太郎に言いました。この金品で少しでも多くの人を救いたいと桃太郎は思いました。


 そうしている内に妹が目を覚ましました。拘束は解いています。桃太郎を殺そうと思えばいつでも手に掛けることができます。


「何の真似だ?」

「おっ起きたか、おはよう」


 呑気に挨拶をする桃太郎に妹は声を荒らげます。


「何の真似だと聞いているんだ!あたしがお前を殺すとは思わないのか」

「それならそれでもいい、だけど兄ちゃんはそう安々とやられないぞ。僕は村一番の相撲取りだからな」


 桃太郎の発言に妹は目をぱちくりとさせて驚きます。


「何言って…」

「もういいじゃないか」


 妹が言葉を発する前に桃太郎は言いました。


「僕も君の罪を背負う、人々から死と断ずられるなら共に逝く。だけど鬼を都合よく使っていたのは人間も同じだ。殺し合いをさせ見世物にしていたのは許される事か?もういい、もう十分だ。こんなに多くの血が流れた」

「許される筈がないよ…」

「許されなくていい、僕も君も生まれた時から罪人だ。だからといって自ら悪者になる事もない、鬼が人を助けたっていいじゃないか」


 桃太郎はそう言って妹の頭をなでました。


「鬼ヶ島の鬼はすべて退治した。僕と頼もしいお供達が退治したんだ。もうそれでいいじゃないか」


 妹は言いました。


「奪われた人達は納得しない」

「そうだろうな、いつか僕達には天罰が下るさ。だけどその最後の時まで一緒にいよう、僕達は兄妹なんだから」


 桃太郎は雉を呼び寄せました。


「雉さんすまないけど…」

「いいんだよ、おいらは食べられないんだからさ。必要な人にあげるのが一番だ」


 雉は腹にある蓋を開けると、中から最後の一つであるきび団子を取り出して桃太郎に渡しました。


「お食べよ、僕の大好物なんだ。それを作った人は僕に優しさを教えてくれた」


 桃太郎は妹の口にきび団子を放りました。最初の内は渋い顔をしていた妹も、団子を噛みしめるとみるみる顔を輝かせました。


「美味い!これ美味いぞ!」

「そうか、美味いか。よかった」


 桃太郎は妹の頭を優しく撫でました。そして初めて妹が笑顔を見せてくれた事に桃太郎は安堵の表情を浮かべました。




 桃太郎達一行は、また一人供を連れて歩き出しました。


 略奪にあった村と城を回り、金品を配って行きました。そして鬼を粗雑に扱った権力者達にはいつまた鬼が襲ってくるか分からないぞと釘を刺して行きました。


 後ろ暗い所がある人間はどん底に突き落とされました。自分の弱みを握られているので気が気じゃありません。


 しかも相手は桃太郎です。鬼をすべて退治した相手を倒せる訳がありませんでした。後悔と反省をして権力者達は失墜していきました。


 桃太郎は旅で出会ったお供と妹を連れて家に帰りました。


 そしておばあさんに事の顛末をすべて説明しました。おばあさんはショックを受けましたが、それでも我が子である桃太郎の妹を抱きしめたのでした。


 こうして桃太郎の鬼退治は終わりを迎えました。桃太郎に残されたのは残酷にも罪の烙印でした。しかしそれでも尚生きていく事を選んだ桃太郎、鬼ヶ島で見つけた宝である妹と、無事帰る事が出来た我が家で暮らしていくのでした。

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