桃太郎5話
お供を連れ立ってついに鬼ヶ島を眼前に捉えた桃太郎一行、海の向こうへと渡る為に舟を一艘借り受け海へと漕ぎ出しました。
桃太郎達が舟に揺られている間、からくり雉は先立って飛び立ち、鬼ヶ島の様子を偵察しに行きました。
鬼ヶ島付近で雉の帰りを待つ桃太郎達、小さな影が飛んできて雉が舟へと降り立ちました。
「桃の兄貴、鬼どもがわんさかいやがるぜ。所々に見張りを置いているが、合計で五十匹って所だな」
「ここから確認できるだけで、正門に二匹、巡回に四匹感じ取れます」
雉が爪で器用に鬼ヶ島の見取り図を書き示すと、犬が匂いと読み取った思考を元に巡回のルートを書き足しました。
桃太郎はもっとも鬼から目立たない場所に当たりをつけると、舟をそこまで漕ぎ接岸しました。そして身を隠して話し始めます。
「犬さんは先行して鬼に対して最大限警戒をして欲しい、まずは鬼ヶ島を巡回している鬼を仕留める。僕と大猿が出来るだけ音もなく手早く済ませる。雉さんは遠く空から見守って変化があればすぐに知らせに来てくれ」
皆は桃太郎の作戦を聞いて頷くと、すぐに行動に移りました。
犬が匂いと気配を辿り先行します。鬼の背後に回り込んで奇襲を仕掛ける絶好の場所まで案内しました。
桃太郎は改めて鬼を見て思いました。肌の色は赤や青に染まり、爛れてガチガチに固まっていました。大きな体に角や鋭い爪牙、極太の手足に膨れ上がった腹、同じ生き物とは思えないと怖気が走りました。
しかし、何故なのか何処か懐かしさを覚える自分もいて桃太郎は混乱しました。
「おい、桃太郎どうした?しっかりしろ!」
大猿に背中を叩かれて桃太郎は我に返ります。鬼を仕留めるのには絶好のタイミングでした。
手で大猿にサインを送り、大猿はそれを見て鬼に飛びかかりました。顔と首にしっかりと抱きついて口や目や鼻を怪力で抑え込みます。
飛びついた大猿を振り払おうと鬼は暴れますが、一度怪力で組み付いた大猿は絶対に剥がれませんでした。
桃太郎は刀を手に鬼の心臓を一突きしました。鬼が倒れる前に大猿は身を捻って鬼の首をポキリと折りました。
この調子で巡回の鬼を各個撃破し、残すは正門の二匹だけとなりました。桃太郎が大猿に耳打ちをすると、素早い身のこなしで大猿は岩陰へと隠れました。
そして大猿は落ちていた石を拾い上げ鬼の目に向かって投擲しました。正確無比なコントロールで投げられた石は鬼の目に突き刺さりました。
突然の出来事に混乱している鬼の首を、桃太郎は刀で素早く切り落としました。こうして中にいる鬼以外を完全に制圧した桃太郎達は、正門に集まって次の作戦を練ります。
「犬さん、中に人はいるかい?」
「血の匂いが濃くてハッキリとは分かりませんが、人間の気配は感じません」
「雉さん、上空から見てどうだった?」
「鬼以外確認出来なかった。各種センサーのデータを見ても間違いなさそうだ」
相変わらず雉の言う事は桃太郎に理解は出来ませんでしたが、どうやら攫われた人が中にいない事は確かなようでした。
大猿は仕留めた鬼が担いでいた鉄の棍棒を持ち上げました。
「これは中々使えそうだ」
「よし、大猿は鬼の持つ武器を奪って暴れろ。犬さんと雉さんは、鬼の中でも事情を知っていそうな首魁を見つけてくれ、そいつは最後に残す」
桃太郎は作戦を告げると、手近にあった大岩を抱えると「ふん」と力を込めて持ち上げました。
「鬼さーん!あーそびましょー!」
桃太郎は持ち上げた大岩を正門に目掛けて全力で投げ込みました。
投げ入れられた大岩は正門を突き破り、近くにいた鬼を数十匹巻き込んで押しつぶしました。
「な、なんだあ!?」
慌てふためく鬼達、桃太郎は投げ込んだ大岩を殴りつけ粉々に破砕すると、鬼の集団に向かって言いました。
「我が名は桃太郎、人々の恨みや無念晴らさんとする者なり。お前たちの罪をお前達の命によって雪がせてもらう」
大猿が雄叫びを上げて鬼の頭を棍棒で殴りとばしました。桃太郎も刀を抜き、近くにいた鬼の手足を切り、首を刎ねました。
桃太郎と鬼達の大乱戦が始まりました。両者の怒号が鬼ヶ島に響き渡り、攻撃のぶつかり合う音は、遠く島の外まで届きました。
むせ返る程の血の匂いが戦場となった鬼ヶ島を包み込みます。
倒れ伏した鬼の中から桃太郎はむくりと立ち上がりました。体は真っ赤に染まっていて、戦いの途中で折れてしまった刀を捨て、最後は怪力で鬼の腕を引きちぎり武器にしていました。
暴れに暴れた桃太郎と大猿、桃太郎はまだかろうじて立つ事が出来ましたが、大猿は疲労困憊で地に伏せていました。
桃太郎は犬の鳴き声を聞いて辺りを見ます。目にかかる血をで前がよく見えません、何とか拭き取って犬の声が聞こえた方へと向かいました。
犬と雉は桃太郎に頼まれた通り、鬼の首魁を見つけて捕えていました。それは桃太郎と同じ歳くらいの女の人でした。
「人…だと…?」
桃太郎は驚いて言いました。しかし女はその言葉を否定します。
「違う、あたしは鬼さ。あんたと同じな」
「僕が鬼?」
「そうさ、真っ赤な体に怪力無双、残虐に破壊の限りを尽くす。今のあんたは鬼そのものだな」
戯言をと桃太郎は思いましたが、ふと自分の真っ赤に染まった手を見て動揺しました。
「はじめまして桃太郎、ここまでたどり着いたお前には知る権利がある。あたしのとっておきの財宝をくれてやるよ」
そう言うと女は自分達鬼についての話を始めました。
鬼はある一人の老人によって作り出されました。
その老人は元々鬼を生み出すつもりはなく、人間の子供を作るつもりでした。愛する妻との間に子供が生まれなかった老人は、狂気の研究に没頭していきました。
老人の研究は中々実を結びませんでした。しかしながら、その研究の過程で人に似た何かは生まれました。
それはとても醜悪な見た目をしていました。だけど普通の人より頑丈で力も強く、病気にもかからず労働力として使うにはもってこいでした。
老人は研究で生み出されたそれらを非情にも売り飛ばしました。自我も希薄だったそれらは言う事に逆らうこともなく、ただただ命令を聞くだけの悲しい存在でした。
老人の狂気の研究は進みます。人一人を生み出すのに、多くの悲しい怪物が生まれ売られて数を増やしていきました。
果てにはその怪物達を殺し合わせて遊ぶという悪趣味な趣向が、権力者達の間で流行り始めました。怪物達は虐げられた生活の中で、どんどん生きる気力を失っていきました。
ある時、老人の研究がついに完成しました。人の子はついに完成したのです。
しかしその時生まれた子は一人ではありませんでした。
一人は男の子、もう一人は女の子が生まれたのです。老人は迷った末に一人を我が子とし、もう一人を川へと流しました。
それが鬼の首魁である彼女、生まれたもう一人の女の子の方でした。
女の子には生まれ持った丈夫な体はあったものの、人より優れた怪力や身体能力を持ち合わせていませんでした。
ただ一つ、女の子には怪物に本来の力を取り戻させる能力が備わっていました。そうして生まれたのが鬼です。
女の子によって鬼はどんどん自我と力を取り戻して行きました。鬼は自分達を虐げた人間達を食らい、助けてくれた女の子を崇めました。
女の子は鬼に求められるままに同胞を救いました。そして島を一つ乗っ取って、そこを鬼ヶ島と名付け鬼の居場所を作りました。
女の子は鬼が人を恨む気持ちを一手に引き受けていました。鳴り止まぬ怨嗟の声に、女の子の古い記憶が呼び起こされました。
それは自らを生み出した老人の事でした。生み出し、自分勝手に捨てたあの憎き老人の事です。
鬼たちを指揮して女の子は人々の襲い始めました。目指したのは自分を生んだ老人の首でした。道のりは遠く、道中で多くの人々を殺めて略奪してきましたが、それは目的ではありませんでした。
すべては老人に行き着くまでの過程で起きた出来事です。鬼たちは喜びましたが、女の子はそんな事眼中にありませんでした。
ようやく自分を生み出した老人が住む村へとたどり着きました。女の子にしてみれば自分が居たかもしれない故郷です。
女の子は鬼達を待たせて老人の家へと向かいました。そしてこっそりと中の様子を伺います。
そこで目にしたのは、桃太郎とおばあさん、そして自分と数多くの鬼を生んだおじいさんが幸せそうに暮らしていました。女の子にとって、それは許しておけない事でした。
寝静まった頃合いを見計らって、女の子は鬼に村を襲わせました。桃太郎は自分の力で深い眠りにつかせて、ついに女の子はおじいさんと対面しました。
おじいさんは捨て去った過去が襲いに来たと取り乱し、女の子の事を化け物と罵りました。そして意地汚く命乞いをするのです。
「他の何かはどうなってもいい、だけど妻と息子と私の命だけは助けてくれないか」
そう言って土下座をする姿を見て、女の子の中で何かの糸がぷつんと切れてしまいました。次の瞬間には自分が自分ではないほどの力で大暴れし、哀れな老人の死体が転がっていました。
物音に目を覚ましたおばあさんに向かって女の子は言いました。
「あたし達は鬼だ。過去の亡霊だ。お前のじじいの生き血をすすり蘇ってきたぞ」
泣きわめくおばあさんを後目に、女の子は鬼を引き連れて去っていきました。復讐は果たされました。しかし女の子の気持ちは一つも晴れませんでした。
「あたしとお前は兄妹なんだよ桃太郎、そして同じ鬼だ。あのじじいから生み出された鬼の子だ」
「お前は
桃太郎は女から語られた自らの出生の秘密に、ただただ閉口して呆然としていました。受け入れる事ができない、心がそれを拒んでいました。
桃太郎は彼女と同じ罪人でした。生まれるまでに築き上げられた屍など知りもしないで生きてきました。
そして退治すると心に決めた鬼は自分の事でもありました。自分は人間ではなく鬼である、人々を苦しめ死に追いやった鬼と同じ存在でした。
桃太郎の慟哭が鬼ヶ島に響き渡ります。虚しく木霊する声が染み付いて離れませんでした。
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