桃太郎2話
桃太郎とおばあさんが、おじいさんの亡骸の前で涙に暮れていると、玄関の戸がどんどんと叩かれ声が聞こえてきました。
「おうい!大丈夫か!?」
それは村人の声でした。桃太郎は戸を開けると、ぜいぜいと息を切らす村人が入ってきました。
「ああ、そんな。じいさんまで…」
「それで、一体どうしたんですか?」
「そうだった。桃太郎、こんなときに悪いんだが一緒に来てくれないか?村の家々を打ち壊されて下敷きになっちまった人がいる。助けてやらねえと」
それは捨て置けないと桃太郎は家を飛び出そうとしましたが、おばあさんの事が気になって振り返りました。
「私の事はいいです桃太郎、あなたは一人でも多くの人を助けなさい」
おばあさんの言葉に桃太郎は頷きました。そして呼びに来た村人と一緒に走っていき、鬼に家を壊されて潰されてしまった人や、大怪我を負って動けない人を助けて回りました。
桃太郎の怪力のお陰で、下敷きになっていた人の多くが助かりました。桃太郎は誰よりも走り回って人を助けました。
「桃太郎、お前のお陰で助かった。ここはもういいから、早くおばあさんの所に帰ってやんな。大変な時に悪かったね」
桃太郎はまだできる事があるのではないかと留まろうとしましたが、村人達から沢山のお礼を貰って言葉に甘える事にしました。
家へと帰ると、おばあさんはまだおじいさんの傍にいました。桃太郎はそんなおばあさんの肩を優しく抱きしめると、二人で一緒に涙するのでした。
「鬼退治に向かおうと思います」
おじいさんの居なくなった家で、桃太郎はおばあさんに言いました。
「何を言い出すんだい桃太郎や」
「我が父の無念、我が故郷の人々の恨み、鬼の首を持って慰める他ありますまい」
「そんな、無茶な事を言わないでおくれ桃太郎。あなたまで居なくなってしまったら私は…」
「我が儘を申していますのは百も承知、されどこの心の中にある憤怒の炎、憎き鬼めらにぶつけなければ気が済みません」
桃太郎の声は怒りで震えていました。偉大な父、優しかった人々、奪われるまで幸せに生きていた日々、その全てを奪っていった鬼は桃太郎にとって許せるものではありませんでした。
おばあさんは桃太郎を何度も説得しましたが決意は固く、桃太郎は鬼を皆殺しにすると言って聞きません。
その頑固で一途な桃太郎の姿がおばあさんには亡きおじいさんの姿に重なりました。
「分かりました。言っても聞いてはくれないようですね」
「申し訳ありません。こればかりは心に決めてしまいました」
「いいでしょう、あなたは人よりも強い、その力はきっと誰かを助ける為のものです。桃太郎、私と約束してください。あなたは人を救いに行くのです。いいですね?」
桃太郎はおばあさんに深く頭を下げました。そして村に下りて、自分が鬼退治に向かうことと、その間おばあさんの事を頼むと村人に告げました。
村人も最初はおばあさんのように反対しましたが、桃太郎の鬼気迫る覚悟を見て、次第に鬼退治へと向かう桃太郎を応援し始めました。
「桃太郎、この具足を使ってくれ。あまり上等な物じゃあないが、きっとお前の身を守ってくれる筈だ」
「家にある刀も持っていってくれよ。刀なんて振った事ないだろうが、ないよりマシだろう?」
村人達は次々に桃太郎に対して旅の役に立つ物を渡してくれました。村の女達は桃の印の入った鉢巻を作って桃太郎の頭にしっかりと巻きました。
出立する前の日、桃太郎が夜目を覚ますと、台所の方で明かりが灯っていました。ちらりと覗くと、おばあさんが桃太郎の好物であるきび団子を拵えていました。
「あの子が無事に帰ってきますように」
おばあさんはそう呟きながら作業に没頭しています。桃太郎はおばあさんに聞こえないように小さくごめんなさいと口を動かすと、その場を後にしました。
出立の朝、桃太郎が旅支度を整えていると、おばあさんが大量のきび団子の入った袋を手渡して言いました。
「あなたの好物のきび団子を沢山作りましたからね、でもあなたは大食らいだからきっと足りなくなってしまうわ。だからまた私にきび団子をきっと作らせて頂戴ね」
きび団子には、無事に帰ってきて欲しいというおばあさんからの願いが込められていました。桃太郎はそれをしっかりと受け取り言いました。
「僕は必ず帰ってきます。必ずです」
桃太郎はそうして鬼退治の旅へと向かいました。目指すは鬼の根城である鬼ヶ島、桃太郎は見送りに来たおばあさんや村人の事を振り返る事なく歩みを進めるのでした。
桃太郎が旅に出て数日、道中で傷ついた大きな犬が横たわっているのを見つけました。
桃太郎はすぐに犬に駆けよりました。傷の程はそれほど深くはなく、桃太郎でも十分に治療できるものでした。
しかし弱っている犬はすっかり体力を消耗してしまっているようで、傷を治す元気もなさそうです。
桃太郎は気の毒に思い、先を急ぐ旅ではありますが、犬の怪我を介抱してあげる事にしました。おばあさんから貰ったきび団子を分け与え、傷が治るまで一緒に居ました。
桃太郎の献身的な介抱によって元気を取り戻した犬、桃太郎は一安心して犬を山へと帰そうとしました。
「お待ち下さい桃太郎さん」
どこからともなく聞こえてきた声に桃太郎はきょろきょろと辺りを見回します。
「私ですよ私、目の前にいる犬でございます」
「なんと!君は人の言葉を喋れるのか?」
大きな犬は頷いて言いました。
「私は山で他の仲間と共に暮らしておりましたが、自分だけが持つこの力を隠していました。しかしひょんな事からこの事がバレてしまい、群れから追放されてしまったのです」
「そうか、それはさぞ苦労したであろう。傷もその時のものか?」
「はい、群れを追い出すということはそういう事なのです。私はここで死ぬのだとそう思っていた時、あなたが現れたのです」
それから犬は命を救ってくれた事を桃太郎にお礼を述べました。そしてこう申し出てきたのです。
「実は私、人の言葉を喋れるだけでなく。生き物の考えを読み取る力も持ち合わせているのです。お名前を勝手に覗いてしまい申し訳ありません」
桃太郎はそこでようやく気が付きました。そう言えば犬に自分の名前を名乗ってはいなかったのに、犬は自分の事を桃太郎と呼びました。
「成る程、そんな事情だったとは」
「もう一つ謝らなければなりますまい。桃太郎さん、あなた鬼退治に向かうとは本当ですか?」
考えが読めるのならばそれを知っていても不思議ではないと桃太郎は犬に頷き肯定しました。
「その旅のお供、この私に務めさせてはくれないでしょうか?」
「駄目だ。この旅は死地に向かう旅だ。折角拾った命、無駄にする事はない」
「だからこそです桃太郎さん、死ぬはずだった私の命、桃太郎さんの為に使わせて頂きたい」
桃太郎は難色を示しましたが、犬は言いました。
「私が食べたきび団子は、桃太郎さまへの愛情がこれでもかと言うほどに詰め込まれていました。桃太郎さまにとっても大切な物を分け与えて頂いたこの大恩、報いねば種の恥じにございます」
犬の熱心な物言いに桃太郎も折れ、旅の供をさせる事にしました。
桃太郎は助けた犬をお供に連れて、再び鬼ヶ島への旅を急ぎます。一人で向かう筈だった死地への旅に、犬が加わった事、桃太郎は心の中で勇気づけられるのでした。
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