桃太郎1話
昔々ある所におじいさんとおばあさんが仲睦まじく暮らしておりました。
二人の生活には何不自由もなく、貧しくとも二人で協力し合い幸せでした。しかしながら、おじいさんにはどうしても我慢ならない事がありました。
おじいさんとおばあさんは、村から少し離れた場所に住んでいます。それは村人の一人がおばあさんの事を石女と罵った事があったからでした。
二人の間には子が生まれませんでした。その理由は様々ありますが、絶対におばあさんだけのせいではありません。しかし心無い一言が二人を傷つけました。
それからというもの、二人は村に付かず離れずの生活を送り距離を置きました。村人の何人かはそんな二人の事を心配して様子を見に来てくれますが、やはりどこか壁を感じてしまいます。
おばあさんはいつものように川へ洗濯をしに行きました。おばあさんはおじいさんが山に柴刈りに行っていると思っています。
確かにおじいさんは山へと入っていましたが、目的が違いました。おじいさんは山深くに小屋を建て、一人熱心に研究をしていました。
その研究とは人間を作り出す事でした。山に生えている薬草や木々、果実にきのこ、おじいさんが手に入れられる物すべてを使って研究を進めていました。
すべてはおばあさんの笑顔の為、おじいさんはその研究の過程で出来た副産物を売り払い家計を支えていました。
しかしおじいさんの研究は行き詰まってしまいます。後もう少しという所で何かが足りないのです。おじいさんはその何かを探す為に様々な事を試しました。だけど結果は出ませんでした。
ある時、おじいさんは村の薬師に話を聞きました。
「桃にはあらゆる厄災を祓い魔を退け健康長寿をもたらす不思議な力がある。仙人は桃を食べてその力を得るそうだ」
そんな話を聞いて、おじいさんは自分の研究に桃を加える事にしました。
するとどうでしょう、おじいさんの理論は次々と花開き、どんどんと知恵が湧いてくるようです。おじいさんは研究に没頭して、ついには目的を果たす時がやってくるのでした。
その日、おばあさんがいつものように洗濯にでかけたのを見計らうと、おじいさんは急いで山へと向かって川上へと向かいました。
そして品種改良の末に作られた大きな桃の実の中に我が子をそっと寝かせると、穏やかな川の流れに乗せました。
おじいさんはおばあさんの所につくまで、桃の実を追いかけました。いよいよおばあさんの姿が見えてきた時、おじいさんは物陰から隠れて様子を伺いました。
おばあさんは川から流れて来た大きな桃の実に驚きました。そして微かに聞こえてくる赤ん坊の泣き声のようなものを聞き、川の桃を止めました。
「おじいさん!おじいさん!」
大慌てでおばあさんはおじいさんの事を呼びます。しまった。近くにはいないのだったと思ったその時、おじいさんはひょっこりと現れました。
「どうしたんだいおばあさんや。ややっ!これは大きな桃の実だ」
おじいさんはおばあさんに代わり桃を川から引き上げました。
「これは一体どうした事だろうか」
「はあ、しかし大きな桃の実ですねえおじいさん」
二人は桃を家に持って帰りました。こんなご馳走にありつける事など滅多にないと目を輝かせるおばあさんを横に、おじいさんは包丁を手に持ち、ゆっくり切れ目にそって包丁を入れます。
桃の実が半分に割れたと思ったら、あら不思議、桃の中から元気に泣き声を上げる赤ん坊が出てきたではありませんか。
「まあ玉のように可愛らしい元気な男の子!一体どういう事かしら!」
おばあさんは大喜びで赤ん坊を抱き上げました。泣く子を嬉しそうにあやすおばあさんの姿を見て、おじいさんは満足そうに頷きました。
「きっとこれは天からの贈り物じゃあ、この子を育てよと天が申しておるのじゃ」
泣きながら赤ん坊を抱きしめるおばあさんをおじいさんは抱きしめました。子供の名前は桃から生まれた桃太郎、おばあさんが涙ながらに名付けました。
桃太郎はおじいさんとおばあさんに育てられてすくすくと元気に育ちました。二人きりだった家の中はぱっと明るく華やぎ、三人は毎日笑って過ごしていました。
桃太郎は本当に元気に丈夫に育ち、幼いながらも背も高く体も大きく育ち、村の若い者達の中では誰にも負けない力自慢の子になりました。
今日も元気に相撲をとって、自分より大きな大人でさえ投げ飛ばしていました。
「やあやあ、桃太郎は本当に力が強いな」
「ははは、僕にとって唯一の自慢だからな」
村の皆々からすっかり人気者になった桃太郎、村と距離を置いていたおじいさんとおばあさんも、桃太郎のお陰で交流を取り戻しつつありました。
「桃太郎や、お前さんが来てからというもの、家にはすっかり元気と明るさが戻ったわい」
「そうよ、あなたが元気でいるのを見ると、私達も本当に元気を貰えるのよ」
「そんな事、僕の方こそおじいさんとおばあさんのお陰で、こんなにも大きく丈夫に育つ事が出来ました。心から感謝しています」
桃太郎達家族は笑顔で互いの手を取り合いました。絆を確かめ合うように三人はそれぞれの顔を見つめ合いました。
こうして強い絆で結ばれた家族達、おじいさんは桃太郎の出生の秘密を抱えたまま、墓場まで持っていくつもりでした。
ある日、桃太郎は村人達が集まってざわざわと噂話をしているのを見かけました。
「もし、何かあったのかい?」
「ああ桃太郎、それがだな、ここ最近村や城を襲って金品や女を攫う鬼なる者どもが現れるそうなんだ。この近くの大きな村も滅ぼされたらしい」
鬼、桃太郎は聞き慣れない単語を聞いて首を捻りました。
「鬼とは一体何ぞや?」
「それが誰も正体が分からぬらしい、姿かたちの程は人に似ていると言われているが、額に角を生やし、鋭い爪と牙を持ち、大層な怪力無双だと伝え聞いているが、どこまで本当なのやら」
「まあしかし、襲われるのは大きな村や城だと聞く、こんな辺鄙な地の小さな村は歯牙にもかけないだろうよ」
「そうじゃそうじゃ、そのうちきっと討伐されるであろう。嵐はそっと過ぎ去るのを待つのがよかろうて」
村人達の話がまとまると、それぞれの仕事へと戻っていきました。しかし、桃太郎だけはそこに立ち尽くし、何か胸の奥底に嫌な予感を感じていました。
「鬼…鬼が来る」
桃太郎は知らずの内にそう呟いていました。ハッとして口を手で抑えると、頭をぶんぶんと振って自分の言葉を否定するようにしました。
あくる日の朝、桃太郎が目を覚ますと、家の中がぼろぼろに荒らされていました。
桃太郎はバッと飛び起きて、すぐさまおじいさんとおばあさんを探しました。するとおばあさんが身を縮めておじいさんの亡骸の前ですすり泣いていました。
「おばあさん…一体何が…。」
「ああ、桃太郎!鬼が!鬼が来たのじゃ!鬼が愛しいおじいさんの命を奪っていったのじゃ!」
桃太郎は膝から崩れ落ちました。おじいさんの死は桃太郎の心の中に深い深い影を落としたのでした。
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