シンデレラ4話
舞踏会を乗り切ったエラ、0時のタイムリミットもきちんと守りきり、王子との接触も図る事が出来ました。
後はもうこの賭けがどう転んだのか身を任せるしかありません。賽は投げられてしまいました。
エラは払拭できない懸念を持ちながらも、日常の生活へと戻っていきました。現実に戻り、本物の夢を追いかける日々です。
暫く時間が経ちましたが、王子に気取られた様子はありませんでした。知りうる限りの情報を集めて、不審になるものはすべて潰していきました。エラの仕事ぶりは完璧で、どこからも辿れる要素はありませんでした。
勝った。エラはそう確信しました。
入念な準備と機転によって王子の目を完全に逸らすことに成功したとエラは喜びました。これで貴族に対する疑念の目は大分消えたと思いました。
しかし、エラの考えは来訪した人物によって打ち砕かれました。
「こんにちはマダム、私は王子の補佐役として働いている者です。娘のエラを出してもらえませんか?」
「あら大公閣下、申し訳ありませんがエラは出せません」
「御託はよろしいマダム、いえ、エラ様。王子様がお話したいと呼んでおられます」
大公が継母を押しのけたのを見て、エラは腹を括りました。ゆっくりと階段を下りて大公の前に姿を現します。
「賭けは私の負けですか?」
「紙一重ではありました。しかしあなたにとって悪い話をしにきたのではありません。王子様がお待ちしております」
エラは大公と共に馬車に乗り込むと、王子の元へと向かうのだった。
王子の私室へと通されたエラは、あの夜以来の再開を果たします。
「やあエラ、久しぶりだね」
「王子様、ご機嫌麗しゅう」
挨拶もそこそこにエラと王子は対面で座って話し合いを始めました。
「何故私に繋がったのですか?我ながら痕跡を残したとは思えませんが」
「そうだね、正直完璧だったよ。あの舞踏会も君は逆に利用しただろう?」
エラはため息をつきました。
「やはりそこですか?」
「いや、君の計画は完璧だったよ。僕は完全に君に絆されていたし、狙いに気づいた時には大胆さに驚かされた」
「お世辞は結構です。それより何が決め手だったのか教えてくださらない?」
「匂いさ」
王子の返答はエラにとって意外なものでした。
「あら私そんなに臭いかしら?」
「滅相もない、君は花のように甘い香りをさせているよ。ただ、これが決め手だったんだ」
訝しむエラの目の前に、王子は薬の瓶を取り出して並べました。それはエラにとってはよく見覚えのある物でした。
「君の
「それで?」
「気づいていないかもしれないが、君からも同じ香りがした。君は服薬をしていないかもしれないが、長年取り扱っていたのなら香りが移っても不思議じゃあない」
エラは小さく舌打ちをしました。確かに自分は薬を扱っている、流通に乗せるだけではなく、継母と義姉達に投薬をしていました。
それに魔女のおばあさんと一緒に研究開発にも取り組んでいます。そうした開発の過程で、自然と体臭に移っていたのかも知れません。
「だけどそれだけじゃ納得できないわ。確かに自分の体臭は気づきにくい、しかしこの花の香りは香水だって有り触れている、私以外からも同じ香りをさせた女はいた筈よ」
王子はエラの言葉に同意するように頷きました。
「確かにその通り、これだけでは確信には程遠い。しかし僕達はある事を目にしていた」
「ある事?」
「一度僕はこの国で大きな犯罪組織を取り仕切っていた男の元へ向かった事がある、そいつはすっかり人が変わったようになっていてね。元構成員達と一緒に植物の生育に励んでいた。その主だった品種の一つがその花だった」
ここまで言えば分かるだろうというように王子はエラの顔を見ました。エラは降参したように両手を上げました。
「その様子だと魔女のおばあさんの場所も薬の存在も、私が元犯罪者達を使って
「本当にやっとの事だったけどね」
「お見事だわ王子様、まさか私を探し当てるとは思いもしなかった。そうよ、私こそあなた達がその影を追い求めていたシンデレラよ」
エラは自らが裏の顔として使っていた名前を告げました。それは奇しくも継母と義姉達がエラにつけた蔑称と同じものでした。
「灰被り《シンデレラ》か、名前の理由を聞いても構わないかい?」
「私は灰にまみれて身を隠す影、栄光を求めず、脚光を浴びる事のない灰被り。そうして隠れてこの国を綺麗にするのが私の目的だった。満足かしら王子様?」
非合法な事にも手を染めてきました。自らの利の為に身内でさえ利用してきました。薬を用いて依存性を高めて使える手足を増やして行きました。
しかしエラの心には一点の曇りもありませんでした。自らを恥じることは今まで自分の事を信じてついてきてくれた部下にも申し訳が立ちません。
その最後の時まで気高くありたい、例え自分が灰被りであったとしても。エラはそう思っていました。
「君はその目的の先に何を見ていた?」
「私の目的と夢は唯一つ、この国を綺麗に豊かにしていつか城を手に入れる事。その為に私の思いつく限りの事をしたの」
エラは大きく息を吐き出しました。
「さあ王子様、私の話はこれで終わりよ。このお城の牢屋は快適かしら、首魁である私の首一つで済ませてもらいたいけれど」
王子はエラの言葉を聞いて目を丸くしました。
「何を言い出すんだ君は?」
「あら?私をここに呼び出した理由なんて一つでしょう?私は見苦しく言い訳はしないわ」
「ああ、大きな勘違いをしているみたいだな。大公!あれを持ってきてくれ」
エラが困惑していると、大公が手に何かを持って現れました。掛けられた上品な布を取ると、それは見事なガラスの靴が現れました。
王子は靴を受け取ってエラに跪くと顔を見上げました。
「いいかな?」
「え、ええ」
王子はエラの履いていた靴を脱がせると、手にしたガラスの靴を履かせました。
「よかった。君にぴったりだ」
「これは一体どういう事?」
「君と君の魔法ごと僕が貰い受ける。この国を一緒に担っていこう」
エラは生まれて初めて話についていけずにあたふたと慌てていました。そんな様子を見て王子は言います。
「君の国を思う気持ち、僕は本当に感服した。その手腕も人を惹き付けるカリスマも、国家運営にとって無くてはならない素質も持ち合わせている。僕は君が欲しい」
「何言っているの?私は犯罪者よ、国の王子に見初められるような女じゃないわ」
「綺麗事だけで国は立ち行かない、しかし悪は悪で裁かなければならない。僕はそれらをすべて呑み込んで国を運営していく、君には僕の傍にいてその補佐をしてもらいたい」
王子の顔は真剣そのものでした。エラは大公の顔も伺いましたが、黙って頷くばかりでした。エラは自分の足元で輝くガラスの靴に困惑し、その申し出を受け入れるのでした。
昔々ある国に美しい娘がおりました。
しかし娘は綺麗なばかりではありません。腹黒い所も持ち合わせ、手段を選ばない所もありました。
そんな花を掴み取った男がいました。それはその国の王子で、ついには王となりました。
王と王妃はその賢さを発揮して国のあらゆる悪の目を潰し、汚い部分を受け入れ、それでいて民に平和と発展をもたらしました。
いつしか王政は打ち崩され、王と王妃は口汚く罵られる事になるでしょう。しかしエラという娘が掴み取った夢は、長く長く歴史に名を残すことになるのでした。
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