シンデレラ3話
エラの元に届いた手紙は彼女にとって寝耳に水でした。
「☓☓日、城において貴族の家長とすべての娘を招いて舞踏会を執り行う。王子は自らの結婚相手をお探しになっている。これはその一環である。国を担う貴族の皆々様には参加する義務がある。必ず来訪するように」
すぐにでも手紙を破り捨ててしまいたいエラでしたが、そういう訳には行きません。
この国の王子は優秀だとエラは思っていました。何度も尻尾を掴まれそうになりながらも、何とか逃げ果せ自らの存在を隠していたエラは、王子が打って出た博打が自らの急所を突くものだと理解していました。
エラの家の家長は継母です。そして娘は二人の義姉とエラです。つまり一家揃って参加しなければなりません。
参加しなければ怪しまれます。しかし直接顔と姿を晒した事で王子が感づく可能性も捨てきれません。目立ちすぎても目立たなすぎても綻びは生じるでしょう。
エラは唇を噛み締めました。魔女のおばあさんの
しかしそれにはタイムリミットがあります。夜の0時までには継母と義姉の二人を家に戻し、自らも怪しまれないように城を去る必要があります。
大勢の人が集まりますので、人混みに紛れて工作するのは無理なくできます。しかし結婚相手を探しているという建前がある以上、王子との謁見は避ける事が出来ないでしょう、こんな方法で追い詰められるなんて、エラには思いも寄りませんでした。
持てる力を活用して思考を加速させます。この窮地を乗り越える策はなにかないか、エラは考えました。
思いついた作戦はこうでした。
継母と義姉二人はエラの事を使用人のように扱っていると思いこんでいます。ですので舞踏会の会場には似合わないとエラを連れていきません。
しかしエラはどうしても舞踏会に出て一目王子と会いたいと願います。継母と義姉にバレないようにこっそりと会場に向かいます。
エラが王子と謁見している隙に継母と義姉をこっそりと帰します。エラは一夜のいい夢が見られたと舞踏会を去ります。
自分は家の中で虐げられていて力がなく、大それた行動を起こすことなど出来ないような薄幸の少女と印象づけるのです。多少の同情を引くことが出来れば、エラを脅威と感じる可能性も下がるでしょう。
一連の作戦はエラにとって大きなリスクがあります。しかしここを乗り切ることが出来れば、王子が貴族はシロと見てくれるリターンもあります。
分の悪い賭けではありますが、エラは乗るしかありません。早速行動に移る為にエラは踵を返して吐き捨てました。
「さあ舞踏会の始まりよ」
継母は義姉の二人を連れて馬車へと乗り込みました。そんな三人の様子をエラは羨ましそうに見つめています。
「何かしらその顔は?」
継母の問いかけにエラは俯いて黙ってしまいます。
「お母様いじめちゃ悪いわよ」
「そうよ、こんなみすぼらしい格好で舞踏会に連れて行くなんて可哀想だわ」
二人の義姉は意地悪な顔でエラを笑い者にしました。
「王子様は貴族の高貴なる娘をご所望よ、あなたはこの家に住み着く使用人。華やかな舞台に上がれるとでも思った?」
「いえ、そんな。滅相もございません」
エラの蚊の鳴くような声は今にも消え入りそうでした。その身を縮めて震える彼女を見て継母もエラを笑いました。
「私達が帰るまでに家中をピカピカに磨き上げておきなさい、あなたに出来る事なんてそれくらいでしょう」
継母と義姉はそう言って高笑いを上げると舞踏会へと向かいました。エラはそれを見届けると、すぐさま家の裏手に回って自分の準備を始めました。
そこには何人かの信の置ける使用人と魔女のおばあさんがいました。
「薬の調整はばっちりのようね」
「はい、しかしやはり0時には効果がハッキリと消えてしまいます。タイムリミットをお忘れなきように」
「分かっているわ、急な頼み事だったのに完璧な仕事をしてくれて感謝しているわ」
エラの言葉に魔女のおばあさんは満足そうに頷きました。
「あなたの夢を叶えるお手伝い、中々に面白い。私は満足しています。日陰者で薬の調合しか取り柄のなかった私を取り立ててくれた恩義に報いるは今かと」
「そう、なら存分に恩を返してもらうわ。だけどここまでじゃないわよ、私はこの国をまっさら綺麗にして更に発展させ、いつか国主へと至るのだから。あなた達もそれまで付いてきなさい」
強い意思と夢を湛えたエラの眼差しは、その場にいる皆の胸を打ちました。彼女の為にこの難局を乗り切る、おばあさん含め使用人達の意思は一致していました。
綺麗なドレスを身にまとい、装飾品で飾り、化粧を施し髪を整えました。ただでさえ美しいエラは、誰もが認める美麗な淑女へと変貌を遂げました。
一足遅れてエラも舞踏会へ向かいます。待ち受ける王子を思い浮かべて、勝つ事だけを胸にしていました。
王子は気の遠くなるような数の人と謁見しました。読み上げられる家名を確認し、人となりを観察します。
本当は結婚相手を決める気などなく、調査の為の催しである為、王子の頭には罪悪感がこびりついています。
しかしここまでのお膳立てをしてくれた大公に報いる為にも、王子は培った観察眼を発揮して謁見に臨みました。
けれども、どの人もどの人もピンとくるような人は中々現れません。やはり無理なのかと考えがよぎったその時、少しだけ気になる人達が現れました。
読み上げられる家名も終盤に差し掛かった頃、目の前まで訪れたのは家長である夫が事故死して継母が後を取り持っている家でした。地味ながらも堅実な仕事ぶりに、王子は一目を置いていました。
しかし継母と二人の連れ子はいると言うのに、死した夫の娘がおりません。
「もし、あなたの家にはもう一人娘がいたはずだが?」
王子の問いかけに継母は神妙な面持ちで返します。
「あの子は実の父親の死から少し心を病んでしまいまして、とてもこの場にお連れする状態ではありませんの」
「それは心配だ。お医者様には診せたのか?」
「ええ、方々手を尽くしましたが、中々芳しい結果が得られず。家の事をしている時だけは楽しそうに笑うのですの」
事情だけ聞けばあまり不思議な点はありません。しかし王子は何処か違和感を感じていました。
そもそも家長の事故死の件は不審な点が多くありました。資料を読む限り、継母と連れ子が関与している疑惑が持ち上がり、裏付けるような証拠も出ました。
しかしいつの間にか事件は事故として片付けられていました。当時はこの手の仕事に関わりの無かった王子には、不審な点があるという事しか分かりませんでした。
王子には最初に見られた杜撰さと、現在目の前にいる継母と連れ子の印象が合致しないのです。まるで吹き込まれた言葉を読み上げてるかのように見えました。
大公に目配せを送り、要注意人物とチェックさせます。王子のサインを受け取ると、大公は早速人を使って調査に向かわせました。
謁見も終わり、舞踏会が始まりました。
王子は何人かの相手をした後、それ以上目をつけられないようにこっそりと会場を離れようとしました。
そんな王子の目に、一人の美しい女性が映りました。目を奪われてしまう儚く可憐な花のような女性です。
「君は謁見の時にはいなかったね、どこの家の子かな?」
王子に話しかけられた女性は、恥ずかしそうに頬を赤らめて顔を背けました。
「申し訳ありません。私、母と姉達から舞踏会には出るなと申し付けられていたのに、どうしても夢に見たお城を一目見たくて来てしまいました」
健気さと寂しさを感じさせる仕草に、王子はもしかしてと思いました。
「君は御父上が亡くなられた家の子かい?名前はエラと言ったかな」
「王子様に知られていたなんて、お恥ずかしい限りです」
美しさに似つかわしくない程の謙虚さ、継母から聞いたエラのイメージ通りでした。
「大丈夫かい?君はその、御父上が亡くなられてから元気がないと聞いていたが」
「はい、その通りでございます。ですからこうして華やかで綺羅びやかな夢の景色を遠くから眺めていたのです。もし母と姉に見つかってしまったら、きっと怒られてしまうから…」
今にも消えてなくなってしまいそうなエラの儚げな雰囲気に、王子は胸を打たれていました。
「君さえよければ、僕と踊ってくれないか?」
「そんな、私なんて…。それにあの中へ行くには私はみすぼらしいです」
「そんな事はない、君はとても美しい。中へ入る必要はない、ここで僕と踊ろう」
王子はエラに手を差し伸べました。エラは怯えながらもその手を取り、二人はゆっくりと身を寄せて踊りだしました。
零れて聞こえてくる音楽に乗せて、二人は月明かりに照らされて踊ります。エラの楽しそうな微笑みを見て、王子も釣られて微笑みを返しました。
エラは踊るのを止めて王子の手を握ります。
「夢のような時間をありがとうございます。私のような者にまで手を差し伸べてくださる王子様はとてもご立派ですわ」
「そんな、君さえよければもう少し…」
「いえ、私はもう去らねばなりません。黙って来てしまったし、家に帰って掃除の続きをしなければ」
「待って!」
王子の制止を振り切って、エラはドレスを抱えて走り去って行きました。王子に残されたのはエラと触れ合った少しの時間と温もりだけでした。
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