シンデレラ2話
エラの住まう国のお城の一室、この国の王子が部下から上がってきた報告書と睨めっこをしていました。
特に注目して見なければ問題のない数字です。しかし王子は得体の知れない何かをそこに見ていました。
それは犯罪の発生件数です。ある時を境に件数はガクンと下がっていました。
どんなに平和な国にも犯罪というのは起こります。問題はその件数を正確に把握して内容を精査し、新たなる犯罪を防ぐ為の手を打つ事です。
王子もやっと父である王から国の仕事を任されるようになりました。その中の一つが警察組織の監督の仕事です。
犯罪が減っている事は国王にとってはとても喜ばしい事でした。国が平和で治安が良ければ、その分信用が高くなり経済もよくなります。国民の幸福は国の根幹です。そこを疎かにする事があってはなりません。
しかし王子は素直にこの結果を喜ぶ事が出来ませんでした。何故ならば、王子はこの仕事を任されてから特に何か手を入れた訳ではなかったからです。
勿論犯罪が減って国民の生活が脅かされない事は王子にとっても喜ばしい事です。しかし、そこに誰かの大いなる意思を感じてしまえば話は別でした。
ある時、王子は隊を指揮して凶悪な犯罪組織を仕切っていた男の元へ向かいました。そこで見たものは信じられない光景でした。
男の顔はすっかり柔和になり、草花を育てて稼いだ資金で恵まれない人々に施しを与える組織に様変わりしていました。元いた構成員達もすっかり憑き物が落ちたように、にこやかな笑顔を浮かべていて、額に汗して労働に励んでいます。
その変貌ぶりは異様でした。人が変わっただけでは説明がつきません。
そうして王子は独自の捜査機関を組織して捜査を始めました。国民一人一人をつぶさに調査して、前歴のある者のその後や、元々素行の悪かった者、徒党を組み悪事を働こうとしていた者達を調べ上げました。
結果は皆犯罪を犯すような気配は一切ありませんでした。それどころか小さな悪事すら行わず、逆に他人に優しく注意して諭す程でした。黒かった物が無理やり白に塗り替えられているようで、王子はとても奇妙に思いました。
しかし王子の懸念とは逆に、周りの人達はこの平和を喜ぶ方を選びました。王子は考えすぎている、国が平和ならばそれを喜ぶべきだと皆口々に言いました。
王子としても手放しで喜びたいとは思っています。しかしどうしても頭の片隅に引っかかる物があって、その正体が気になって仕方がありません。
「王子、やはりまた正体は掴めませんでしたか」
「ああ大公か、気が付かずにすまないな」
大公は王子の補佐の為に王が使わせた者でした。大公は王子の話を聞き入れ、同じ疑問を持ち、謎の究明を行う同志でもありました。今では王子の唯一人の理解者でもあります。
「お気になさらず。それだけ王子がこの問題に真剣なのは私が一番理解しています」
「ありがとう正直心強いよ。今では私の方がおかしくなってしまったと思うほどだよ、大公がいてくれなければ僕は正気ではいられない」
王子の弱音は切羽詰まっていました。それだけ追い詰められていたのです。
「この数字の変化は、ここ数十年で急激に起きています。とんでもない大粛清や圧政を強いなければこうはなりますまい。しかし現実に数字として現れている」
決して数が誤魔化されていたり、犯罪として報告されない例がある訳ではありません。王子達は入念に何度も調べましたが、どこにも落ち度はありませんでした。
「そうなんだ。誰かが社会の裏で動いている。どんな目的か、何を目指しているのかはまったく見えてこないが、それだけは確かに分かってしまう。それが堪らなく恐ろしい」
国が手を引いて暗躍しているのであれば王子もここまで悩む事はありません。どんなに綺麗に取り繕っても、国という人間の大きな塊を運営していく以上後ろ暗い部分がある、そしてそれを請け負うのが王族の責務だと思っているからです。
だけどこの影は正体を一切掴むことが出来ません。より正確に言うと、掴める情報があったとしても、疎らで散り散りの確信に至る情報しか掴むことしか出来ないのです。
王子はこの厄介さに大いに手を焼いていました。存在をちらつかせて、その上で巧妙に隠れている、どれほど末端の者を捕えられたとしても大本には絶対に辿りつけない、悔しい気持ちはありますが見事であると思っていました。
「大公、何でもいい。何か策や案はないだろうか?」
王子の問いかけに大公は首を捻ります。
「私も常に頭を悩ませております。しかしながら、ここまで網にかからない事を考えるとどうにも手が思いつきません」
大公も王子と同じ悩みを常に抱えていました。
「これだけの事が出来るとしたら、やはりある程度社会的地位のある者だろうか?」
「まあどんな方法を取っているか分かりませんが、上にも下にも顔が効く方が動きやすいですよね」
「目的は数字に出ているように犯罪者の撲滅だろうか」
「決めつけるのはよくありませんが、事実の一つです」
正直王子と大公はこのやり取りを何度も繰り返してきました。
「この際方法はどうだっていい。何故犯罪者に目的を絞っていると思う?」
「そうですね、国の安定でしょうか」
「個人的な正義感というのもありえそうだ」
「個人でここまでやるのは無理がありませんか?」
「そこが謎の方法に繋がるんじゃないか?私達にも思いもよらない方法があれば実現可能かもしれない」
王子の言葉を聞いて大公は思いつきました。
「貴族の中に洗いきれていない部分があるのでしょうか?」
思いつきの発言でしたが王子はそれを聞いてハッとしました。
「なあ大公、私が貴族一人一人と面談した事はないよな?」
「それは無理でございます。時間的にも安全面でも」
「そうだ。私もそう思う。しかし私達は自らの目や手足を使って情報を集めることを疎かにしていたのかもしれないぞ」
王子の仕事は何もこれだけではありません。他にも沢山の予定が詰まっています。そして何より高貴な身分である以上護衛が沢山付いて周ります。
貴族であれば王族の動きにも敏感です。王子が動くという情報は筒抜けと言ってもいいかもしれません、情報は力です。
なので王子はどうしても人の手を借りて情報を集める事が多くなってしまいます。自らが対面する事は滅多にできません。
「大公、いい方法を思いついたぞ。私の案を聞いてくれないか?」
王子は大公に考えを伝えました。それを聞いて大公は目を丸くして驚きましたが、同時に名案だと思いました。
早速大公は王子の案を実現する為に動き出しました。王子も自らの計画を万全にする為に自分の案を詰める事にしました。
「さあ舞踏会の始まりだ」
王子はそう呟くと不敵な笑みを浮かべるのでした。
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