桃太郎3話
鬼ヶ島への旅の途中、桃太郎と犬は旅の疲れを癒やす為、ある村へと立ち寄りました。
宿の主人が桃太郎に問います。
「旅の御方ですか?どちらまで向かわれるのですかな?」
「ええ、ちと鬼ヶ島まで向かおうと思っています」
桃太郎がそう言うと、主人はたまげて腰を抜かしました。
「大丈夫ですか?」
「いやはや、驚きましたよ。そんな冗談を言うような人には見えませんでして」
「冗談などではありません。僕は鬼ヶ島に行き、鬼を退治するのです」
宿屋の主人はまたまたひっくり返りました。
「しょ、正気でございますか!?」
「勿論です。僕は真剣に申しています」
そう桃太郎が言うと、宿屋の主人は桃太郎を値踏みするようにジロジロと上から下まで見ました。
「成る程、確かに腕のほどは立ちそうだ」
「どうされました?」
「いえ失礼しました。ちとお待ちいただきたい」
そう主人が言うと、宿屋を出て何処かへと走っていってしまいました。それを見計らって犬が桃太郎の元へと来ました。
「一体どうした事だろう?」
「桃太郎さん、どうやらこの村はある山賊の被害に遭っているようです」
「山賊?」
桃太郎が聞き返すと犬が答えました。
「私この村をぐるりと回って来ましたが、皆一様に猿山なる名前の山賊団に怯えていました。何か事情があるみたいです」
桃太郎と犬が話していると、宿屋の主人は村長を連れてやってきました。村長は桃太郎に会うなり、頭を地面につけて頼んできました。
「鬼ヶ島に向かわれるというあなたの勇敢さ、その度量を見込んでお頼みがあります。どうかこの村を悩ませる山賊を退治していただけませんでしょうか」
桃太郎はそのあまりの勢いのよさに、慌てて村長を抱き起こしました。
「そんな事はやめてください、話があるのならお聞きしますから」
「ありがたい!ありがたい!誠ありがたい!」
桃太郎に抑えられているにも関わらず村長はまた頭を地に着けんばかりの勢いでした。
桃太郎と犬は、落ち着きを取り戻した村長から話を聞きます。
「実はこの村の近くの山に、最近質の悪い山賊団が住み着きましてな。名前の方は猿山と言うそうです」
「猿山ですか」
「左様、まるで野山に住む猿の如き身のこなしの軽さで、木々の間を跳んで渡り、あっという間に食料や金品を盗んでいくのです。そして何より首魁の大男は腕っぷしが立ち、どれだけの腕利きが戦いに臨んでも返り討ちにされてきました」
村長は悔しそうに顔を顰めます。
「猿山は我々の財産を少しずつ盗んでいくのです。一気に止めをさす事なくじわじわとゆっくりと苦しめるのです。最近ではとうとう女子が攫われるようになるしまつ、このままではこの村は猿山に滅ぼされてしまいます」
桃太郎と犬は顔を見合わせました。犬が言っていた猿山に怯えているとはこの事だったのかと思いました。
「分かりました。僕に出来る限りの事をします」
桃太郎は猿山退治を請け負いました。村長は顔を上げて桃太郎に聞きます。
「こんな勝手なお願い、本当に聞き入れてもらえるのですか!?」
「人が困っているのなら捨て置く事は出来ません。それに一方的に奪われる事の辛さは身にしみて知っています」
桃太郎は鉢巻をきつく締め直し刀を手にすると、犬と一緒に猿山が住み着いた山へと向かいました。
「親分、物見から伝令です」
「何だ?」
「犬を連れた男が一人、この山に向かって来ているそうです」
親分と呼ばれた猿顔の大男は起き上がって大笑いしました。
「あの村長、懲りずにまた刺客を差し向けて来たか!無駄だと言うのが分からんようだな」
「どうしますか?」
「決まってるだろうが、この大猿様に手を出した以上、その男にはたっぷりと地獄を見せてやらねえとな!小猿共に戦闘準備と伝えてこい」
大猿から指示を聞いた小猿の一人は、すぐさま跳び出して行きました。
「さあて、少しは楽しませてくれるといいんだがなあ」
大猿はそう言うとニヤリと笑いました。
犬は匂いを嗅ぎ、森の木々の中を見て言いました。
「数は十人、すでに木々の上でこちらを伺っています。攫われた娘達はいないようですね」
「数は散らばっているか?」
「ええ、しかし枝から枝へと素早く飛び移れるのなら、この山自体が一個の団体だと思った方が良さそうですね」
数の上でも地の利の上でも、桃太郎達は圧倒的に不利でした。しかし桃太郎は何の問題もなさそうに言いました。
「犬さん少し離れていてくれるかい?」
「構いませんが、何をするのですか?」
桃太郎は犬を遠くにやると、手近に生えている一本の大木を手にしました。
「ふんっ!」
桃太郎はぐっと力を込めてその大木を引き抜きました。根はしっかり深く張り巡らされ、その重さはとてつもないものです。
しかし桃太郎は、その辺に生えた草でも引く抜くように大木を手にしました。そして頭の上でぐるぐると回し始めて、その勢いのままえいやと猿山が潜んでいる森に投げつけました。
突然猛スピードで飛んできた大木を避けきることが出来ずに、猿山の団員達は次々と木から落ちてきました。桃太郎の一撃をくらい目を回して気絶しています。
犬はその様子に唖然としながらも、森に残っている人の数をすぐさま確認しました。
「桃太郎さん!一人無事です!こちらに向かって来ています」
「ああ、もう見えているよ」
桃太郎がヒュンと音を立てて飛んできた物を片手で受け止めます。それは拳ほどの大きさの岩でした。桃太郎に向かってどんどんと投擲されてきます。
しかし桃太郎はそれを難なく躱し、受け止め、握りつぶしました。通用しないと分かったのか、岩を投擲してきた者が出てきました。
「お前ぇ何者だあ?」
残っていたのは大猿でした。桃太郎の前に姿を現して聞いてきます。
「僕の名前は桃太郎、お前が猿山の大将だな?」
「おうよ、俺様が大猿様さ。今からお前をぷちっと潰す男だ」
「残念ながらそうはならない、僕がお前を退治するからだ」
桃太郎の挑発に大猿は半狂乱となって飛びかかりました。桃太郎はそれを受け止めようとしましたが、咄嗟の判断で避けました。
大猿が飛びついた先の地面は、衝撃で割れて沈みこんでいました。とんでもない俊敏さと力強さです。
しかし桃太郎も引きません。大きく足を上げて四股を踏むと、地面が大きく揺れて空気がビリビリと振動しました。
「はっけよい」
桃太郎はそう言うと、両手を地につけ構えました。
「のこった!」
桃太郎の合図で大猿は桃太郎に突進して来ます。二人がぶつかり合うと、突風が吹き荒れて辺りの木々がなぎ倒されました。
大猿の全力を込めた突進を桃太郎は両足を踏ん張って受け止めました。足が地面にめり込み押し込まれましたが、桃太郎は大猿を止めました。
そしてそのまま体に引き付けると、勢いよく大猿の体を投げ飛ばしました。大猿は自分の体が地面についた時に、やっと自分が投げ飛ばされたのだと気が付きました。
「勝負ありだ大猿。これ以上やるって言うなら分かっているよな?」
桃太郎はそう言うと遠くで見ていた犬を呼び寄せました。
「犬さん、盗んだ物はどこにある?」
「もう分かっています。こっちです」
桃太郎と犬は大猿を置いて走って行ってしまいました。自分の敗北を悟ると、大猿は拳を地面に叩きつけるのでした。
桃太郎と犬は村から盗まれた物と女子を助けて、村にすべて返しました。
「ありがとうございます!どれほどお礼を尽くしても足りませぬ!」
「いいんだ。人を助けるように母から言われている。僕はそうしただけだ」
桃太郎と犬は引き止める村人達を後にして、鬼退治への旅の続きに出ました。
暫く道を歩いていると、目の前に倒した大猿の姿が現れました。犬は警戒して唸り声を上げましたが、桃太郎はそれを手で制して大猿に声をかけました。
「やあ大猿、何か用か?」
「桃太郎…!」
大猿はずんずんと勢いよく近づいてきます。そして桃太郎の前で土下座をしました。
「桃太郎!俺を、俺を弟子にしてくれ!」
「俺は誰よりも強いと思っていた。強いやつは何をしても許されると驕り高ぶっていた。しかし、お前は強いのに人を助ける事を是とする。俺はお前の中に本当の強さを見た!」
「お前の行く道に何があるのか俺にも見せてくれないか?頼む、この通りだ!」
大猿の勢いのよい土下座に犬は戸惑いました。しかし桃太郎は極めて冷静に言いました。
「弟子にはしてやれない、お前は多くの罪を重ねた。だけどその力、正しい事に使うと言うなら一緒に行こう」
桃太郎の言葉に大猿は顔を上げました。
「ああ!俺は罪を償う!そしていつかお前のような男になりたい!」
桃太郎は懐からきび団子を取り出して言いました。
「このきび団子は僕に強さとは何かを教えてくれた人が作ってくれた物だ。食べてみろ」
大猿はきび団子を受け取って食べ始めました。おばあさんが込めた愛情に触れて大猿の目からは涙が止めどなく溢れてきました。
「僕は今から鬼退治へと行く、お前も一緒に来い」
桃太郎と犬は歩き始めました。大猿は目の涙をごしごしと拭うと、二人の後を追いかけて走り出しました。
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