金太郎

「はっけよい…のこった!」


 山奥に一人ひたすらに稽古に励む青年がいた。相手は山の動物たち、百戦錬磨の兵どもである。


 自分より遥かに大きな身体の大熊が相手だ、鋭い爪に強靭な肉体、下手を打てば死すら免れぬ相手に青年、金太郎は果敢にも挑んでいく。


 大熊とがっぷり四つになる、爪は皮膚に深く食い込み、その怪力と巨体で金太郎は押しつぶされそうになる。しかし金太郎も負けていない、熊にも負けない鍛え上げられた筋肉と技で熊を土俵際まで押し込むと、もう一踏ん張りで寄り切った。


「くそう、また負けたか!」

「ハッハッハ!まだまだ山一番の座を渡す気はないさ」


 金太郎の皮膚は熊の爪が食い込んでも傷がついていない、動物たちとの稽古を続けている内に強靭な皮膚を手に入れていた。


「しかしこれだけ強いともうお前さんに敵うものなどいないのではないか?」

「いやいや猪、山一つ制覇しただけで天狗になってはいかん。俺はもっともっと強くならないと」

「そうは言うがな金太郎、お前さんどうしてそこまで強くなりたい?」


 問われた金太郎はやれやれと言うように頭を振った。当たり前のことを聞くなとでもいいたげであった。


「俺の最終目標はな、山を相手にして相撲をとることだ。今まで山を相手に相撲をとったものはおらんだろう。そして山に勝ったものもおらん」

「山だって!?そりゃまた大層なことを言うなあ」

「どうやって山と相撲をとろうってんだい」

「それは分からん。だけど山と相撲をして勝ったのなら、俺はもっと強くなれる。そうは思わんか?」


 動物たちは金太郎の言葉を聞いて呆れた。山と相撲などとれる訳がない、取れたとして山に勝てる訳がないと思っていた。


 しかし金太郎はそんな思惑とは裏腹にひたすらに稽古を続けた。来る日も来る日も稽古を続けて、その日を待ち望んだ。


 ある日、天からざんざんと雨が降り続いた。いつまでも止まぬ雨は様々な災害を引き起こした。それでも金太郎は構わず稽古を続けた。金太郎には予感めいたものがあった。


「そろそろ大一番だ」


 麓の村では山が鳴いていることに戦々恐々としていた。その地響きが示すのは土石流。山が多くを飲み込もうとしていた。


 そんな慌てる村人たちの前に一人の男が現れた。その男腰を深く落とし両手をつき、眼前の山を睨むと言った。


「はっけよい」


 のこったの声はない、土石流の音でかき消された。金太郎は村に襲い来る土石流の前に立ち、その流れを一人でせき止めた。人間と山との大一番は、土石流が止まるまで続いた。


 ようやく雨も上がり危険が去ったころ、村人たちは戻ってきていた。土砂に沈んだ場所だとしても自分たちが生まれ育った村だ、捨てられもしない。


 しかしそこにあったのは綺麗なままの村の姿だった。土砂に埋もれることなく無事なままであった。


 山の前には土石流を止めきった金太郎が立っていた。泥に体が半分も埋まっていてぴくりともしない、死んでしまったかと村人たちは諦めかけたが、それでもと声をかけた。


「ぶはっ!!」

「うわあ!生きてた!この人生きていたよ!」


 金太郎は声をかけられてようやく自分が土石流を止めたことを知った。それまでずっと土俵際で踏ん張り続けていたので、周りの様子がまったく分からなかったのだ。


「すごいよあんた!村の恩人だ!」

「ありがとう!」


 口々にお礼を言われる金太郎であったが、本人の顔色はすぐれなかった。どうしたことかと村人が聞くと、金太郎は悔しそうに言った。


「これじゃあ決着がつかないじゃないか、仕方ないとりなおしだ」


 とんでもないことを口走る金太郎を、村人たちは必死になって止めた。静観していた山の動物も、こりゃいかんと慌てて止めに入った。


「仕方ない、山とは決着がつかなかったか。では次は海と相撲をとってみよう。海に勝ったものはおるまいよ」


 なおも相撲をとり続けようとする金太郎に全員呆れ返った。しかし後になって、津波を一人で押し留めた男の噂が村に流れてきた。それが金太郎であることは、村の人々にとって確認するまでもないことであった。

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