白雪姫1話

 ある国に美しい王女が居ました。その美しさを表すのなら、雪のように白くきめ細かな肌、頬と唇は真紅の薔薇の如く染まり、濡羽色の美しい黒髪をしていました。


 誰かがこう評しました「白雪姫」彼女はそう呼ばれ、大切に育てられました。


 白雪姫には美しい母親、つまりは王妃様がいます。王妃は自分の美しさを誇りに思っており、彼女の持つ魔法の鏡に向かってこう聞きます。


「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰だ?」

「それは王妃様でございます」


 魔法の鏡は王妃の問いかけにいつもこう返します。王妃はその返答に満足して、常に美貌に気を使って生きていました。


 そうしている内に、白雪姫はどんどんと大きくなり、それはそれは美しい女性へと成長しました。


 王妃はその美しさに自分でさえも目を奪われる程でした。王妃は自信を失いかけながら鏡に向かって聞きます。


「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰だ?」

「それは王妃様でございます」


 鏡の返答はいつもの通りでした。王妃も自分の容姿に今だ自信を持ってはいましたが、流石に年をとってきたのもあって焦りを見せ始めました。


 鏡に質問する回数はどんどん増えていきます。しかし鏡は決まってこう返しました。


「それは王妃様でございます」


 王妃はとうとう鏡の言葉が信じられなくなってしまいました。どう見ても白雪姫の方が美しい、王妃はそう思うようになりました。


 王妃はある仕事を頼む為に猟師を呼び出しました。


「どのような御用向きでしょうか?」


 猟師は王妃に跪いて命令を待ちます。王妃は箱を手渡し言いました。


「白雪姫を森へと連れて行き始末なさい、その証拠をこの箱に収めて私に持ってきなさい」


 我が子を殺せと命ずる王妃に、猟師は驚きを隠しきれません。しかし有無を言わさぬその雰囲気に気圧されて、猟師は黙って頷く他ありませんでした。




 猟師は早速白雪姫を森へと連れて行きました。白雪姫は野に咲く美しい花を手に取り、花の冠を作って楽しんでいます。


 その可憐な姿を見ていると、猟師はとてもではありませんが白雪姫を手に掛ける事など出来ないと思いました。


 しかし命令を遂行出来なければ自分に待っているのは死あるのみ、猟師には王妃からこの命令を伝えられた時点で選択肢などありませんでした。


 周囲に人影がない事を確認し、猟師はナイフを手にしました。そしてゆっくりと白雪姫の背後に近づいて行きます。


 せめて苦しませず一瞬で楽にしてあげよう。猟師がそう覚悟を決めた時、突然白雪姫が振り向いて笑顔で言いました。


「猟師さん見てください!花の冠を作ったんですよ」


 白雪姫は満面の笑みで自慢気に花の冠を猟師に見せます。


「お、おお、これは美しいですな」

「どうぞ!あなたの為に作ったのよ。少し屈んでくださらない?」


 猟師は言われるがまま白雪姫の手が頭に届くように屈みます。白雪姫は嬉しそうに猟師の頭に花の冠を載せました。


「まあとっても似合っているわ!気に入ってくださるかしら」


 白雪姫は無邪気に喜んで手をパチパチと叩きます。その姿を見ていると、猟師はとても白雪姫を殺す事など出来ないと思いました。


 猟師は手にしたナイフを仕舞うと、額を地につけ言いました。


「白雪姫様申し訳ございません!私はあなたのお母様からあなたを殺すようにと命じられてここに連れて来ました!しかし、私にあなたを殺すことなど出来ません。どうかお逃げください、王妃様の目の届かぬ場所まで」


 涙ながらに謝罪をする猟師に、白雪姫はそっと寄り添って言いました。


「謝らないで、あなたもとても苦しんだでしょう。お母様は私が生きているのが邪魔なのね、仕方がないわ。私を逃したと知れたらあなたに危険が及びます。私は構いませんのでどうぞ命令を遂行してください」


 白雪姫の言葉に猟師は更に涙しました。こんなに美しくて気高い娘を殺してしまう罪深さを猟師には背負い切る事は出来ませんでした。


「私にいくら危険が及んでも構いません、白雪姫様は生きなければなりません。どうぞ私の事は気にせずにお逃げください、今ならまだ間に合う筈です!」

「そんな…」

「聞き分けなさい!さもなくば私は王妃様の命令を本当に遂行します!さあ早く!」


 猟師の鬼気迫る物言いに急かされて白雪姫は逃げ出しました。森の奥まで逃げたのを確認すると、猟師は満足そうに頷きました。




 王妃の元に猟師が戻ってきました。渡した箱からは血が滴り落ちています。


「ご命令通り白雪姫を始末し、証拠をお持ちしました」


 箱を受け取りそれを開くと、今だ血を垂れ流す新鮮な心臓が収められていました。王妃は箱を閉じ、猟師に向かって言いました。


「ご苦労、見事仕事を遂げた事褒めてつかわします」

「はっ!」

「褒美をとらせましょう、何か希望はありますか?」


 王妃の言葉に猟師は顔を上げて言いました。


「ならばお教えください、どうして白雪姫を殺めなければならなかったのですか?」

「そんな事を聞いてどうするのです?」

「どうも致しません。ただ聞き、納得するまでのこと」


 猟師は真剣な眼差しを王妃に向けました。しかし王妃はきっぱりと言いました。


「そんな事をお前が知る必要はありません。金を用意させたのでそれを受け取り早々に立ち去りなさい」

「王妃様!」

「黙りなさい!」


 王妃は猟師を一喝すると、その場から立ち去ってしまいました。猟師に用意されたお金はこの出来事の秘匿するようにという意味も込められています。


 口外すればどうなるか分かっているな、そう脅迫されているも同じのお金を受け取ると、猟師は姿を消しました。


 猟師を殺す為の刺客が差し向けられましたが、そのすべてを始末して猟師はこの国を去り消えました。あの美しい白雪姫の無事を心の中で願いながら。

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