浦島太郎2話

 竜宮城の中へ入った浦島太郎。亀の甲羅が開いて、またしても階段状の足場が床まで伸びていきました。


 太郎は亀の背から下りて竜宮城へ降り立ちました。外から見ても豪華な物でしたが、お城の中もそれは立派で綺羅びやかな物でした。


「お待ちしておりました浦島様」


 ずらりと並んだ男女の人々の列が、太郎に向かって一斉に礼をしました。その光景に太郎は慌てます。


「これは一体どういう事だい?」

「その疑問には私めがお答え致しましょう」


 長い列の先から何人かの従者を従えて、絶世の美女がゆっくりと太郎の元まで歩いてきました。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません浦島様。私、この竜宮城の主乙姫と申します」


 その美しさと丁寧な所作に心奪われ、太郎は暫く乙姫から目が離せませんでした。呆けていた太郎は慌てて乙姫に挨拶をします。


「こちらこそ、呆然としてしまい申し訳ない。私は浦島太郎と申す者です」


 太郎がびしっと挨拶をすると、乙姫はくすくすと笑いました。


「存じ上げて御座います浦島様、私の可愛い亀を助けていただき誠に感謝しております」


 乙姫の礼に合わせて、列を為す人々も太郎に礼をしました。その一糸乱れぬ動きは見事という他なりません。


「そんな、私は大した事はしていません。ここまで礼を尽くされては逆に気後れしてしまいます」

「いいえ浦島様、貴方は本当に立派な行いをしてくれました。これでは礼が足りぬくらいです。歓待の用意をさせましたので、どうかこの竜宮城でごゆるりとお寛ぎください」


 乙姫がそう言うと、太郎は女性の従者にある一室まで案内されました。


 そこには見たこともない綺麗な服が用意されていて、自分が着ているぼろを繋ぎ合わせた物が恥ずかしく思えてしまう程でした。


 着替える時にも、太郎は一人ではなく従者の人達が甲斐甲斐しく世話をします。髪の毛や髭、体を清められて綺麗な服に袖を通すと、太郎の見た目はすっかりと見違えました。


 そうして今度は大広間へと連れて行かれ、太郎は乙姫の横に案内されました。


「とても素敵ですわ浦島様」


 乙姫からそう言われ太郎の顔は赤く染まりました。隣にいる乙姫も先程より更に綺麗に着飾っていて、美しく可憐でした。


 そうして太郎は、竜宮城の歓待を受ける事になりました。


 食べたこともないような絶品で豪華な料理に、飲んだこともないような味わい深い美味な飲み物、そして美しい踊り子達の優美な舞踊に、琴や太鼓の音色にと、この世の贅を集めたような豪華な催しでした。


 太郎はその光景に興奮を隠せず、隣りにいる乙姫に説明を求めます。その度に乙姫は優しい微笑みを浮かべて、太郎に料理や舞踊について嬉しそうに説明しました。


 太郎と同じ様にはしゃぐ乙姫を見て、太郎は胸の高鳴りを覚えます。乙姫もまた、太郎に熱い視線を送っていました。


 二人はいつしか歓待の場を抜け出して、手を取り合い二人だけの時間を楽しみました。それは太郎にとって忘れる事の出来ない思い出になりました。




 竜宮城で何一つ不自由のない生活を送っていた太郎、毎日のように豪華なもてなしを受けて、ぐっすりと眠りにつきます。


 しかし、自分には村に一人残してきた母がいます。あまりに毎日が楽しすぎて、その事を忘れそうになってしまいました。


 これではいけないと思い、太郎は意を決して乙姫の元へと向かいました。


「村に帰りたい?」


 乙姫の驚き寂しそうにする顔を見て、太郎は申し訳ない気持ちで心が一杯になりました。しかしそれでも太郎の決意は揺らぎません。


「私は年老いた母を置いてここへ来てしまいました。時間を忘れてしまう程の素敵な歓待に気を取られて、その事を忘れてしまう所でした。皆様への感謝の念には堪えませんが、どうか母の元へと帰していただきたい」


 太郎の決意に満ちた目を見て、乙姫も諦めたようにため息をつきました。そして従者の一人に何かを取りに行かせました。


 太郎の前には一つの箱が差し出されました。


「どうかこの玉手箱をお持ちになってください。村に帰っても私の事を忘れないように、いつでも思い出して貰えるように」


 そう言って乙姫は目から溢れる涙を袖で隠し、奥の間へと引っ込んでしまいました。乙姫にとっても太郎との別れは耐え難いものでした。


 太郎は玉手箱を受け取り乙姫のいた場所に向かって深々と頭を下げました。そうして部屋を出ると、従者の一人が控えていて、太郎を亀の所まで案内しました。


 太郎の見送りには竜宮城に住まう大勢の者が集まりました。皆口々に太郎との別れを惜しみました。


 その光景を見て太郎の心はまたしても揺らぎました。しかし、乙姫にきっぱりと別れを告げた時に後悔はしないと心に決めた事を思い出し、皆に感謝の言葉を伝えて亀の背中に乗り込みました。


「亀さん、素敵な思い出をありがとう。さあ行こうか」

「…そうですね浦島様、行きましょう」


 亀に乗り込んだ太郎は、竜宮城を出て大海原へと共に向かいました。


 村へと戻る道中で亀が太郎に語りかけます。


「浦島様、その手に持つ箱は一体?」

「これか?これは乙姫様から頂いたのだ。いつまでも竜宮城を忘れぬようにと願いを込められてな」


 亀に聞かれて太郎は玉手箱を手に取ります。綺麗な装飾の施された立派な箱です。一目見れば竜宮城での思い出が蘇ってくるようでした。


「浦島様、その玉手箱私めにも見せてもらえませんか?」

「ああいいとも。しかしどうすればいい?」


 太郎の足元から台座のような物が伸びてきました。


「その上に玉手箱をお載せください、そうすれば私もじっくりと見る事が出来ます」


 言われるままに太郎は台座の上に玉手箱を置きました。すると台座はするすると引っ込んでいき、台座の伸びてきた穴の中に入っていきました。


「どうだい?美しいだろう亀さん」


 そう太郎が問いかけても、亀からの返事はありません。不安に思った太郎はもう一度亀に話しかけました。


「亀さん、どうしたんだい?玉手箱に何かあるのかい?」

「ああ、すみません。どうにも美しい箱で見惚れてしまいました。すぐにお返ししますね」


 玉手箱の置かれた台座が太郎の目の前まで上がってきました。太郎はそれを受け取ると亀に聞きました。


「亀さんもこの箱には見覚えがないのかい?」

「ええ、私も知りませんでした。乙姫様にとって特別な物だったのでしょう」


 そんなに大切な物を渡してくれたのかと思うと、太郎はますます乙姫の事が恋しくなりました。しかしもうすぐ村へと着く頃です。太郎はその感情を振り払って亀と共に村へと向かいました。


 ついた途端に、辺り一面が真っ暗になりました。


「すみません浦島様、少し調子が悪いようで明かりが落ちてしまいました」

「そうか、長旅だったものな。苦労をかけてごめんな亀さん」

「いいんです。それより、最後に私からも一言いいでしょうか?」


 亀が改まって言うので太郎は不思議に思いました。


「何だい亀さん?」

「その玉手箱は、本当に困った時に開けてください。決してすぐに開いてはなりません。どうか私の我が儘を聞き入れてもらえませんか?」


 亀の言葉を太郎は快諾しました。


「亀さんがそこまで言うのなら、僕はそれに従うよ」

「ありがとうございます浦島様。今甲羅を開きますね」


 甲羅が開いて陽の光が差し込んできました。真っ暗闇の中にいたのでとても眩しく、太郎は目を細めます。


 そしてゆっくりと階段を下りていくと、太郎の目の前には信じられない光景がありました。


 見たこともない建物や物体が村の姿を変えて、更にそれらを破壊して火の海に変える今まで乗ってきた亀が暴れていました。


 何が起こっているのか分からずに、太郎は亀がいたであろう場所を振り向きます。しかし、すでにそこには亀の姿がありませんでした。


「あんたこんな所で何やってるんだ!」


 太郎が呆然としていると、何やら珍妙な格好をした男に話しかけれらました。


「すみません。ここに村があった筈なのですが知りませんか?」

「何言っているんだ!そんな事より逃げ遅れたのなら早く避難しないと!こっちだ」


 男に手を引かれて太郎は地下深くに掘られた穴蔵のような所へとやってきました。


 そこには大人から子供まで様々な人々が身を寄せ合い、怯えながら頭や膝を抱えていました。


「一体これはどういうことなんだ」


 太郎がそう呟くと、ここまで太郎を連れてきた男が答えます。


「あんた何も知らないんだな。まあこんなご時世だ、理由とかは詮索しないよ。だけど覚えておきな、世界は竜宮城を名乗る組織に攻撃を受けているんだ。首魁の名は乙姫、そして外で暴れているのは謎の技術で作られた亀型ロボットだ。俺たちは外敵に為すすべもなく、こうして穴の中で縮こまってるのさ」


 頭上では爆発音が鳴り響きます。太郎はこの受け入れがたい現実の中に放り出されて、手に持った玉手箱を虚しく抱きしめるのでした。

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