浦島太郎3話
太郎が亀を助ける前のお話です。
竜宮城の地下深くで、乙姫は研究員の魚人に成果を聞いていました。
「製造の方は順調か?」
「ラインの稼働率は問題ありません。しかしながら、やはり一番の懸案事項がそのままです」
乙姫は頭を抱えました。
亀型ロボットの製造に取り掛かりなんとか形にしたものの、肝心要のパイロットが見つかりません。
いくら訓練を施しても、魚から進化した魚人では亀型ロボットを動かす事は出来ませんでした。
このままでは計画が頓挫してしまいます。乙姫は研究者達を集めて様々な意見を交わしました。
しかしどの案も成功までには至りません。どれだけ時間をかけても一向に成果が上がらず、皆の間にも不満が溜まっていました。
ある時、一人の研究者が提案をしました。
「亀型ロボットに人格を持たせて、パイロット足りうる人間を探させてみてはどうか」
人間を滅ぼそうと言うのに人間の力を借りる事を、当初は皆反対しました。しかし、あらかたの案を出し尽くしてしまった研究者達は、半ば賭けのように乙姫に掛け合いました。
乙姫も最初の内は難色を示したものの、この案は承認されて計画は進められました。亀型ロボットは数多く生産が進んでいましたので、その中のいくつかに改造を施して人工知能を搭載しました。
与えられた命令はパイロットを探す事でした。サイズは小さめに作られた亀型ロボットは一斉に海へと放たれました。
もし亀型ロボットが鹵獲されたとしても、辺り一面を更地に変える爆弾が積んであります。やはり何機かは爆発してしまい、もう何機かは成果を上げる事なく故障してしまいました。
乙姫達が諦めかけていたその時、奇跡のような報告が届きました。
パイロット適正ありの信号を送ってきた機体がありました。その人物は小さな漁村に住む漁師の青年でした。
その名を浦島太郎といい、パイロットの適正値は基準より遥か高く越えていました。亀型ロボットは集められるだけの情報を集めて竜宮城へと戻ってきました。
亀型ロボットが持ち帰った太郎のデータを元に開発は進められました。停滞していた機能の研究も、搭載を断念した武装も、太郎のデータのお陰で更に発展して搭載する事が出来ました。
そして驚くべく事に、太郎と少しの時間だけ触れ合った亀型ロボットは、人工知能を進化させて人格を確立させました。この事から人工知能への研究も大いに発展する事が出来ました。
太郎と触れ合った亀型ロボットは、改修を重ねられて、KM-01と名付けられて多くの亀型ロボットの基礎となりました。
しかし、問題はまだ残されていました。
それはパイロットの問題です。どれだけ実験と訓練を重ねても、太郎の適正数値に到達しうる人材は現れませんでした。これではどれだけ優秀な兵器であっても、宝の持ち腐れでした。
乙姫はまたしても頭を抱えました。どうするべきか、どうしたらいいか、自分に問いかける日々が続きます。
ある日の会議の終わり、乙姫は気まぐれにKM-01の元へと向かいました。すると何やら鼻歌のようなものが聞こえてきました。
その出処を辿ると、KM-01でした。収納倉庫の中で上機嫌に歌っています。
「ご機嫌はいかかが?KM-01」
「これは乙姫様、失礼いたしました」
乙姫はKM-01に手を振りました。
「いいのよ、あなたの機嫌が良さそうで何よりだわ。色々と弄り回されて大変でしょう?」
「そんな事ございません。私の存在が皆の役に立っているのならこれ以上嬉しい事はないのです」
その殊勝な物言いに乙姫は気分を良くして言いました。
「あなたは本当にいい子、負担をかけっぱなしで悪いわ。私に何か叶えて上げられる事でもあればいいのだけれど」
乙姫の言葉にKM-01はすぐさま反応しました。
「ならば乙姫様、浦島太郎様を歓待したく思うのですがいかがでしょうか?」
その言葉に乙姫は眉を顰めました。
「浦島太郎を?」
「はい、私は浦島様にお助けいただきました。その事が嬉しくて頭から離れないのです。それに彼のお陰で私達の仲間も増えていきました。竜宮城にとってこれ程の恩人はおられないかと存じます」
乙姫は最初こそ却下しようと考えましたが、ある一つのひらめきが頭の中に浮かんできました。これが上手くいけば、今ある問題が全て解決に向かうかもしれません。
「あなたの提案とっても素敵ね、そうよあなたの言う通りよ。浦島様は竜宮城の恩人、是非ご招待してさしあげたいわ」
「乙姫様もそう思われますか!?私はとても嬉しく思います」
乙姫はKM-01に見られないようにニヤリと笑うと言いました。
「ではKM-01あなたに任を授けます。浦島太郎を竜宮城までお連れなさい」
「勿論です!私めにお任せください」
そしてKM-01は太郎を竜宮城に連れて来る為に出動しました。乙姫はそれを見届けると、すぐさま計画の準備に取り掛かりました。
乙姫の提案を聞いて、幹部並びに研究者達は皆驚きました。
「浦島太郎との間に子を儲ける」
会議は大混乱し、反対の意見が飛び交いました。しかし乙姫はそれを一喝し、自分の意見を述べました。
「何も好き好んで浦島太郎と関係を持つわけではない、一向に成果の上がらないパイロットを育成するのが時間の無駄だと言っているんだ。そこに異論のある者がいるなら名乗りでるがいい」
乙姫の発言は皆を黙らせるには十分でした。それだけ皆計画の行き詰まりを感じていましたし、成果が上がっていないのはパイロット部門だけです。
「しかし、子を儲けると仰せられても一人や二人。それだけでは十分な数が確保出来るとは思えません」
パイロットの育成を担当している責任者が手を上げて発言しました。それについては乙姫も分かりきっていました。
乙姫のそれに対する答えは決まっていました。
「案ずる事はない、凍結していたクローン技術を再び押し進める事にする。私と浦島太郎の子供はクローニングによって数を増やす」
外道ともとれる提案を、他ならぬ乙姫自身から聞かされた一同は覚悟を決めて頷きました。
この計画で、もっとも体を張ってその身を削る事になるのは、トップである乙姫です。それだけの覚悟を見せられてしまえば、下の者達も奮い立つ他なりません。
浦島太郎をもてなす為の準備が進められました。万が一にも不手際があってはならない、念入りに念入りを重ねて歓待の用意は着々と進んでいきました。
乙姫はKM-01から自動的に送られてくる太郎のデータをモニターしていました。どの数値も自分達が育成したパイロットとは一線を画していました。
この才能を少しでも手に入れる事が出来れば、乙姫は拳を握りしめて計画の成功を願いました。何よりもまずは乙姫自身が太郎に気に入られる必要があります。
乙姫はKM-01が太郎を連れてくるまでの間、身だしなみから一つ一つの所作に至るまで、ありとあらゆる事を完璧にするために努力しました。すべては太郎に愛してもらう為の努力です。
しかしその努力は同時に、彼の同胞を討ち滅ぼす為の努力でもあります。そして何より太郎はその事について知りません。もし計画通り太郎が自分の事を好いてくれる事になり、更には首尾よく事が進めば、二人の間の子供達が同じ血が流れる人間を攻撃する事になるのです。
乙姫は何よりもそれを望んでいた筈なのに、どこか胸の奥底が空虚に感じるようでした。しかし乙姫の肩には竜宮城に住む人々の願いがかかっています。ここで止まる訳にはいかない、乙姫はそう思いました。
浦島太郎が竜宮城へとやってきました。
待ち構えていた竜宮城の人々は計画通りに事を進め、太郎を厚く饗しました。乙姫は先頭に立って太郎と接触しました。
太郎という人間は実に素直で、それでいてどんな事にも興味を持ち乙姫に様々な事を質問してきました。最初の内は気分を害する訳にはいかないと、面倒に思いながらも説明をしていた乙姫も、太郎の明るく素直で優しい心に触れる内に、段々と楽しさを覚えていきました。
乙姫は太郎から多くの事を聞きました。太郎の事や仕事の事、漁をしていて起きた出来事、楽しかったり面白かった話を太郎は乙姫に様々言って聞かせました。
太郎の人柄に乙姫は自然と惹かれて行きました。自分に夢中にさせる筈が、自分が太郎に夢中になってしまったのです。
それは太郎も同じでした。その事が嬉しかった乙姫は、同時に暗い気持ちにも陥りました。二人の間に出来た子供は、研究の材料に使い同じ存在を無数に作りだすのです。
乙姫は太郎の食事に薬を混ぜ、機械によって脳波をコントロールし、竜宮城に留まるように手を尽くしました。それは間違った方法でしたが、乙姫なりの愛情でもありました。
しかし運命の日はやってきてしまいます。太郎は乙姫の施した工作を物ともせず、自分の母の為に帰りたいと申し出てきました。
乙姫は何故か、太郎ならその選択をするのではないかと思っていました。すでに竜宮城で長い日々を過ごしてしまった太郎には、故郷の村はすっかり姿を変え、母は遥か昔に亡くなってしまっていました。
太郎が竜宮城を去ると言うのなら乙姫にそれを止める事は出来ません。何故なら目的はすでに達成されてしまったのです。乙姫の感情とは別に、太郎は竜宮城にとって用済みとなっていました。
乙姫はせめてもの慈悲と思い、玉手箱を太郎に手渡しました。その中には、一瞬で楽にあの世に逝ける毒ガスが詰められていました。
太郎との別れが辛くて、乙姫は見送りには行けませんでした。代わりにその身を修羅へと変え、我が身に宿る子供を研究者に明渡して計画は実行されました。
乙姫は賭けに勝ちました。
クローンによって生み出された子供達は、太郎に遠く及ばずとも高いパイロット適正を持ち合わせていました。
こうして亀型ロボットを十全に運用できる体勢を整える事に成功した乙姫は、いよいよ全世界に向けて侵攻を始めるのでした。
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