白雪姫3話

 白雪姫は小人の家で家事をしながら生活していました。


 小人の家はお世辞にも綺麗とは言えず、白雪姫は掃除に苦労しましたが、何もかも完璧にこなす事が白雪姫の主義でした。


 家をピカピカにして、小人達の作業着もシワ一つなく綺麗に洗濯し、材料をそのまま入れたようなスープもどきを食べていた食生活も、白雪姫は劇的に改善させました。


 小人達は白雪姫が来てから生活の質が上がって大喜び、どれもこれもそつなくこなす白雪姫の存在は、小人達にとってなくてはならない人になっていました。


 白雪姫はというと、小人達の生活リズムは、昼間は鉱山に籠もりっぱなしで、帰ってきてご飯を食べるとさっさと寝てしまうので、自分の時間が十分に取れるのでお城より過ごしやすく感じていました。


 小人達はお金を沢山持っていて、白雪姫はそれを自由に使っていいと言われていました。本を書い知見を広げて、任されたお金を無駄なく運用できるように会計帳簿をつけました。


 最近では宝石の目利きを任されて、より質の高い宝石を高値で売る事が出来るようになりました。


 小人達に宝石を掘る事だけでなく、それを研磨し加工する技術を身に着けさせ、より宝石の価値を上げるように指導しました。


 白雪姫はいつの間にか小人達より立場が上になり、上質な宝石とアクセサリーを売り出す評判の店を構える事になりました。それでいて小人達の面倒もしっかりと見るので、とても信頼を集めました。


 そんな生活を送っていた白雪姫、いつものように小人達を仕事場へと送りだし、洗濯物を干していると、老婆が籠にりんごを一杯に詰めて訪ねてきました。


「どうもお嬢さん、アタシは取れたりんごを売り歩いていてねぇ。お一つ買ってはいただけないかい?」


 老婆の様子を白雪姫は冷静に観察していました。


 森の中を歩いて来た高齢者にしては足腰はしっかりとしています。顔は極力見えないように深くフードを被っていましたが、覗かせるシワはとても嘘くさく、恐らくメイクでつけたものでしょう。喋り方も演技がきつく、無理やりのしゃがれ声は無理をしているのが丸わかりです。


「十中八九お母様でしょうね」


 白雪姫はそう思いました。


「まあ美味しそうなりんごね、それにこんな辺鄙な所までお売りに歩いていらしたなんて大変だったでしょう?」

「え?え、ええ、出来るだけ沢山の人に美味しいりんごを味わってもらいたいからねえ」


 その理由だったらもっと人の多く行き交う場所で売った方が余程いい、白雪姫は咄嗟の言い訳にしても酷いなと思いました。


「素晴らしい志ですわお婆様、だけど今あいにく持ち合わせがありませんの。そのりんごは惜しいですが残念ですわ」

「な、な、それならば、無料でもよろしいですじゃ。このりんごを味わって貰えれば天にも登る気分になれる事請け合いですじゃ」


 明らかに焦りを見せる老婆、白雪姫は笑顔で言いました。


「では一口食べて見せてください」

「は?」

「そんなに美味しいのなら是非反応を見てみたいのです。それにご自慢のりんごですもの、生産者自らが美味しそうに食べれば、購入者も安心できるというものです」


 白雪姫の言葉に老婆は動揺しました。籠の中のりんごには毒が仕込んであるでしょうから、口にする事は出来ないと白雪姫は確信していました。


「どうしました?汗が垂れていますが?」

「あ、暑くて」

「それならばその分厚いローブをお脱ぎになったらいかがです?」

「そ、それは出来ないのです」


 白雪姫はため息をつきました。


「これは独り言ですので、お婆様には何の関係のない話なのですが」


「私は城での生活に辟易していました。お母様は娘である私の美しさに嫉妬するという、とても大人の考えとは思えない感情で私を見ていました。お父様はそんなお母様の考えを改めさせる事もなく、半ば放置してお母様の歪んだ自意識を増長させました」


「私は別にお母様からどう思われようが構いません。しかし城にいる人は皆、私の事を絵画や彫刻でも見るような目で見てきて、人として扱われているとは思えませんでした」


「だから正直、お母様が自分の娘を暗殺するという、為政者にあるまじき暴挙に及んだ事はチャンスだと思いました。あの広い癖に狭苦しい城の中で誰とも知らない伴侶を待つより、死んだ事にしてここで暮らす方が私には合っています」


「ただあまりにお母様が不憫ですので教えてあげます。城に帰ったらいつもの鏡にこう聞いてみてください、何故いつも美しいと答えるのかと」


 それだけ言うと白雪姫は老婆をくるりと回転させ、森の外へ帰る道に背中を押しました。王妃は作戦の失敗を悟ると、とぼとぼと城へと帰っていきました。




 王妃は白雪姫に完膚なきまでに敗北しました。ただ美しいだけの小娘だと思っていたのに、白雪姫は自立した立派な淑女へと育っていたのです。


 見た目だけでなく心も気高く美しくなった白雪姫は、他の誰よりも何よりも美しいと思いました。その強かさも美しさの一つなのだと王妃は思いました。


 それだけに最後に娘が言っていた事が気になります。


 魔法の鏡は何故自分の事をいつも世界で一番美しいと言ったのでしょうか、どう考えても一番美しいのは白雪姫です。


 鏡は白雪姫の生存もその所在も、確かに言い当てて教えてくれました。ということは魔法の力は健在ということです。


 王妃はすぐさま魔法の鏡の前に行きました。


「鏡よ鏡、今すぐ出てきておくれ」

「どうされました王妃様」


 鏡の中の男はすぐに現れました。


「鏡よ本当の事を教えておくれ、世界で一番美しいのは誰だ?嘘偽りなく答えてほしい」


 王妃の真剣な眼差しに、鏡は少々黙った跡言いました。


「…それは白雪姫でございます」

「そうだな、私もそう思うよ」


 そう言った王妃の顔は晴れやかでした。


「もう一つ教えて欲しいのだ鏡、何故いつも美しいかと問いかけた時に私だと答えたのだ?」

「それはとても簡単な話です。私があなたを世界で一番美しいと思っているからです」


 鏡の言う事に、王妃は顔を赤らめました。ずっとずっと、鏡だけは王妃の美しさを信じてくれていたのです。


 王妃は自らの傲慢さを恥じました。そして鏡の自分に対する真摯な愛を感じて、鏡にそっと唇を寄せるのでした。

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