第2話 お先に休ませていただきます。

 アミィとの顔合わせと簡単な自己紹介を済ませた俺は、まず初めに俺が暮らす部屋をアミィに案内することにした。

 これから一緒に生活するんだから、取り敢えずこれだけはやっておかなきゃいけないよな。


 とはいえ、しょせんは独り暮らしのそんなに広くない部屋だから、案内自体はものの10分で済むだろう。

 今いるリビングを中心に、キッチン、寝室、トイレ、浴室、洗濯機が据えられた脱衣場。なんの変哲もない賃貸マンション、難しいことはない。


「それじゃあアミィ、早速だけど俺に付いてきてもらっていいかい?」


 俺からの問いに、アミィはコクコクとうなずきながら、元気いっぱいに答える。


「はいっ! 私がこれからお仕事をさせていただくお部屋ですもんね、早くお仕事を覚えられるよう頑張りますっ!」


 それにしても、アミィのこの張り切りようは本当に見ていて清々しいものがある。この調子なら、仕事もすぐに覚えてくれそうだ。


 こんな調子で、俺は各部屋にアミィを連れて回る。キッチン、トイレ、脱衣場、主にアミィの仕事場になる部屋から順番に。


 しかし、道具や食材の保管場所や機械の使い方も交えながら部屋を巡り、脱衣場から出ようとしたとき、それは起こった。


「よし、それじゃあ次は寝室に……」


 俺が脱衣場から寝室に向かおうと、洗濯機の前にいるアミィを呼んだ。でも、アミィの反応は帰って来なかった。

 アミィは洗濯機の前に直立したまま、頭をコクリ、コクリとリズミカルに上下させる。


「ど、どうしたんだ? アミィ、アミィ、アミィさ~ん、お~い!」


 俺が少し声を強めてアミィに呼び掛けると、アミィはガバッと頭を上げ、首をブルブルと振る。そして、慌てた様子で俺の元にパタパタと小走りでやって来た。


「も、申し訳ありませんっ! 次は寝室でしたよね、ちゃんと聞いてます、聞いて……ます……から……ぐう」


 まただ、またアミィは俺の目の前で目をトロンとさせて、コクリ、コクリと船をこぎ始めた。この様子、間違いない。俺はアミィに問いかけた。


「もしかして、アミィ、眠いのかい?」


 そんな俺からの問いに、アミィは懸命に目を開けようとしながら答えようとする。


「あい、ほんろうにもうひわけありませんが、なんらか急にねむくなってきまひて……」


 アミィはグシクシと目をこすり、あくびを堪えているみたいだ。所々ろれつも回ってないし、その足取りの危なっかしさは、時間と共に、フラフラと、まるで酔っ払っているかのように、どんどんひどくなっていく。


「ちょっ、アミィ! 待って、眠いのは十分解ったから、もう少しだけ我慢してくれ! すぐ戻るから!」


 俺は今にも眠りこけてしまいそうなアミィを置いて、急いでリビングに戻る。そして、アミィの症状の解決策を見つけるために、取扱説明書のヘルプ欄を広げる。


「眠そうにしてる場合の項目は……これか!」


 その症状の解決策はアッサリ見つかった。どうやら、今のアミィの症状はバッテリー切れが近いということらしい。

 考えてみれば、人間だって体力が切れたら眠くなるもんな。アンドロイドだって充電が切れれば眠くなるのは感覚的に解る気がする。


「っていうか、出荷するときにフルチャージにしてくれておいてもいいんじゃないかな……」


 いや、今はそんな愚痴を言っている場合じゃない。こんなことをしている間に、アミィが脱衣場の床にでも転がってしまったら、せっかくのキレイな肌とメイド服が汚れてしまう。


 俺は急いで脱衣場に戻って、なんとか踏ん張っているアミィを抱えてリビングに戻る。そして、ひとまずアミィをソファーに寝かせてからアミィが入っていた箱を探る。


「ほんとうに、ほんとうにもうひわけありません……ごひゅじんさま……」


 必死で目を開けようとしながら、うわごとのように俺に謝るアミィ。その声は次第にか細くなっていき、もはや聞き取るのも難しい。


 これはマズい、とにかく、今はアミィの充電が最優先だ。俺は箱から充電器らしき機器とケーブルを掘り出した。

 でも、この充電器の形状、どう見てもアミィに直接接続するような形状じゃないよな。というか、この形状、ちょっといかがわしい雑誌なんかで見たような気がする。


「いや、まさか、そんなこと……ない、よな?」


 俺は一抹の不安を覚えながら、ヘルプ欄の続きを読む。すると、そこには俺が恐れていた記述が図解付きで載っていた。


「……ジーザス」


 もちろん、こんなシチュエーションが好きな人間はいるだろう、そこは否定しない。それでも、ものには限度ってもんがあるだろ、おい。

 とはいえ、このままアミィをソファーに寝かせておくわけにはいかない。俺は充電スタンドを組立て、電源に繋いでからアミィを呼んだ。


「アミィ、大丈夫? 立てそう?」


「はいっ、大丈夫れすっ!」


 俺に呼ばれたアミィは、ソファーから転げ落ちそうになりながらも、最後の力を振り絞って返事を返し、フラフラと俺の元に歩いてくる。


「頑張れアミィ、あと少し、あと少しだから!」


 アミィはおぼつかない足取りで、ヨロヨロと充電スタンドへと歩を進める。そして、充電スタンドの真上まで移動すると、そのまま充電スタンドへ腰を下ろした。


「それでは、失礼しまふ……」


 ガチャコン!


「んっ……」


 なんとか自力で充電スタンドに座ったアミィは、無駄に大きい接続音と同時に、妙に色っぽい声をあげる。恥じらい混じりの眠そうな表情も合間って、何だかいけない雰囲気を醸し出す。


「これはこれで、いいね……」


 思わず声が出た。いかん、無意識とはいえ、これじゃあ、ただのアンドロイドに欲情するダメ男だ。俺はついいけない感情に目覚めそうになったけど、必死に煩悩を振り払う。


「それでは、申し訳ありませんか、お先に休ませていただきまふ……」


 そして、アミィは大きなあくびと共に目を閉じて、充電スタンドの上で首を折ってグッタリと頭を垂れる。その力ない姿は、まるで魂が抜けたかのようだけど、その顔には安らかな寝顔が浮かんでいる。

 どうやら、これでアミィはスリープ状態に入ったようだ、取扱説明書によると、後は設定した時間まではこのままらしい。


 それにしても、今日から毎日、アミィが眠る度にこれやらなければならないのか。そう考えると、これから先、俺は理性を保てるか心配になってきた。

 いや、アミィはアンドロイドだ、妙な考えをしちゃいけない。不覚にもアンドロイド相手に欲情してしまうとは、俺もいよいよヤバいかもしれないな。


「いや、まあ、しばらくしたら慣れる、よな?」


 アミィを迎える前には予想もしなかっためまぐるしい展開に、俺の頭は早くも混乱してしまう。それにしても、アンドロイドとはいえ、一つ屋根の下で、始めての女の子との共同生活が始まるんだ。今更だけど、本当にこれから先が不安でしょうがないな。 


 …………


 その日の夜、俺はソファーに腰掛けながら、充電スタンドの上でうなだれるアミィを眺める。そのとき、ふと、俺は昔のことを思い出してしまった。それと同時に、俺の頭のなかに忌まわしい過去の記憶が蘇る。


 何年経っても忘れることができない、出来事。当時の俺にはどうにもできなかった。もう思いは御免だけど、それでも俺はアミィを迎え入れた。


 もう過去のようなことは繰り返したくない。俺はそんな希望を抱いて、これから共に過ごしていくアミィの安らかな顔を眺めながら、リビングで、一人、昔の記憶に思いを馳せた。


 そして、日付が変わる頃になって、俺はようやくベッドへと潜り込んだ。次に目を覚ますときには、もう俺は一人じゃない。そんなことを考えているうちに、俺の意識は、少しずつ、闇へと沈んでいった。

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