第17話 表情≠感情
テレサさんに連れられて、私は診察室から少し離れた部屋に通された。そこにあったのは、机にベッド、そして、何に使うのかよく解らない冷蔵庫くらいの大きさの機械。
そんなに広くない部屋に、私とテレサさんと二人きり。テレサさんに促されてベッドの上に座り、黙々と機械を操作しているテレサさんを、私も黙ってジッと待つ。
なんだろう、正直、この場に居づらい。廊下を歩いている間も、今も、テレサさんは何も喋らない。
もしかして、さっき私があんな態度だったから怒ってるのかな。でも、私は間違ったことなんて言ってない。
ご主人様は私をたしなめたけど、テレサさんの当たりはやっぱりキツ過ぎる。もうちょっと、やんわりと言ってくれてたら、私だってあんな風に言ってない。
「お待たせしました。それでは、これよりアミィ様の頭脳指数を測らせて頂きますので、こちらのギアを被って下さいませ」
そう言いながら、テレサさんは私の頭にヘルメットのようなものを被せる。機械から伸びたたくさんの配線。あの機械で、これから私の頭の中を調べるんだ。
「如何ですか? アミィ様。痺れや痛み、耳鳴りや目眩はございませんか?」
機械の取り付けを終えたテレサさんが、私に機械の付け心地を確認する。テレサさんが言ったようなことは感じない。
それでも、『大丈夫です』の一言でこの会話を終わらせたくない。このままじゃ、ずっとこの重たい空気は消えてくれない。
「あの、それは大丈夫なんですけど、この機械、ちょっと重たいですよね……アハハッ」
「そうですね、やや旧式の機器となりますので、少々重量はございますが、そこは辛抱下さいませ」
「あ、そう、なのですね……」
ちょっと冗談めかして話を振ってみても、テレサさんの突き放すようなしゃべり口は変わらなかった。
なんでテレサさんはこんなに誰に対しても冷淡なんだろう? もっとこっちの話に乗ってくれてもいいのに。
「それでは、これから幾つか質問をさせて頂きますので、アミィ様は質問に御回答願います。ああ、勿論、答えたくない場合は、そう言って頂ければ」
なんだかモヤモヤした気持ちのまま、私とテレサさんの会話が始まった。と言っても、その内容は、事前に話したことの再確認がほとんどだった。
それに対して、私はただ答えて、それを聞いたテレサさんがパソコンのモニターを見ながらもの凄い速さでキーを叩く。
多分、これは私の頭の中が正常に機能しているかの確認で、話の中身はあまり重要じゃないのだろう。
実際、質問に答えた私に、テレサさんから何かを聞き返してくることは無かった。会話じゃない、ただの確認、言葉が行き来するだけ。ああ、早く終わらないかなあ。
「お疲れ様でした、アミィ様。それでは、これにて検査を終了させて頂きます。ギアを取り外しますので、少々お待ちください」
そう言って、テレサさんは私の頭から機械を取り外し、それをさっきまでカチャカチャいってた機械にしまう。
ああ、やっと終わった。早く、早くご主人様のところに戻って、ご主人様を安心させてあげなきゃ。
「あの、少々お待ちを、アミィ様」
私がベッドから立ち上がって、部屋から出ようとしたその時、テレサさんが私を呼び止めた。その声はさっきまでのテレサさんとは、なにかが違っていた。
「なんでしょうか? もう話せることはすべて話したのですけど……」
「いえ、そうではなく、あくまで私個人がアミィ様に確認したい話なのです。もしよろしければ、なの、ですが……」
私が向き直った先には、さっきまでと全く変わらず、なんの起伏もない、テレサさんの仮面のようなキレイなお顔が。
「恐らく、アミィ様は、私に対してなにか言いたいことがおありなのではございませんか?」
それは、ある、もちろん、ある。でも、さっきご主人様にもあんな風に言われたし、もし言っちゃったら、歯止めが効かなくなっちゃう。
だから、ここは『そんなことありません』って言わないと。私がそう言おうとする直前に、テレサさんは言った。
「大丈夫でございます。アミィ様が、私になにをおっしゃりたいのか、私にはおおよその検討はついておりますので。諸々のことはお気になさらず、さあ、アミィ様」
へえ、そうなんだ。だったら、遠慮なく聞かせて貰おうかな。私だって、このままイヤなモヤモヤを抱えたまま帰りたくないし。
「それではっ! 言わせて貰いますけどっ!」
申し訳ございません、ご主人様。やっぱり、私には納得出来ません。ご主人様に対しても、九喜先生に対しても、あんな言い方、無いですよ。
「なんで、テレサさんはあんな冷たい言い方をするんですか!? もっと穏やかな言い方があってもいいんじゃないですかっ!?」
「いえ、私と致しましては、特段そのようなつもりはないのですが……」
「だったら、せめて、もう少し……!」
私がその言葉を言いかけたとき、根本的なことに気づいた、気付いてしまった。さっき、背中越しに聞いたテレサさんの声と、目の前のテレサさんとのギャップに。
「いいのです、アミィ様のように思われるのことには慣れてますから。ですが、アミィ様とししましても、このまま帰られたのではスッキリしないのではないかと思いまして」
ああ、ああ、私は、私は、とんでもない勘違いをしていたのかもしれない。そんな私の推測は、次のテレサさんの言葉によって、真実へと変わる。
「アミィ様が察された通り、私、とある事故を境に笑えなくなりまして。と言うより、喜怒哀楽、全ての感情に於いて、出力が出来なくなってしまいまして……」
そんな、それじゃあ、私がテレサさんにやったことは、今、言おうとしたことは……!
「そうですね、時間もまだあるようですし、もしアミィ様がよろしければ、少々、私がこうなった経緯について、お話しましょうか」
「……お願い、します」
「客観的に見ても、決して面白い話ではございませんが、それでも、聞いて頂けますか?」
「……はい、聞かせて、下さい」
ううん、聞かせてもらうんじゃない、私は聞かなきゃいけないんだ。私は、目に見えるだけの上っ面の情報だけで、テレサさんに負の感情を抱いていたのだから。
無表情だからって、なんの感情も抱いていないとは限らないのに、背中越しにテレサさんの声を聞くまで、そのことに、私は気付けなかった。
だから、私は、テレサさんの話を聞かないといけないんだ。そして、自分がなにをしてしまったのかを、自覚しないといけないんだ。
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