第18話 昔話(テレサside)①

「それでは、まず、センセがここで開業する以前に、センセと私が勤めていた病院についてお話致しましょう」


 そう言って、テレサさんは淡々とした語り口で、私と顔を付き合わせて、自らの過去について話し始めた。

 テレサさんの表情からは相変わらずなんの感情も読み取れないけど、不思議とさっきまでの居心地の悪さは感じない。


 テレサさんの話では、数年前まではここよりもっと大きな、全国でも有数の総合病院に勤めていたのだと言う。

 特に、九喜先生を頼ってわざわざ遠方からそこにやって来る患者さんも居たらしくて、その頃の九喜先生は、あんな突飛なことをする人じゃなかったらしい。


「本来、センセはこのような場所で時間を浪費してはいけない人なのです。もし、まだあそこでその手腕を振るっておられたなら、どれだけの患者様方が救われていたのやら……」


 そう言いながら、テレサさんは額に手をやりながら軽く息を吐く。その直後、テレサさんはその悩ましげな仕草を慌てて正した。


「いけません、今の話は趣旨から外れておりました。忘れて下さい」


 ううん、私はそうとは思えない。今までずっと事務的だったテレサさんが、初めて語った自分の意思から出た言葉。

 それが、これからのお話と関係がないはずはない。私は、今のテレサさんのお話を胸に刻み込む。


「話を戻します。私は、主に患者様方のバイタル管理の業務を担う為に、その病院に派遣されました。主な業務としましては、今のような看護士と同じようなものだとお考え下さい」


 アンドロイドが医療の現場で重宝されているのは私も勉強したから知っていはいたけど、テレサさんが私に語ったのは、そんな現状の裏側だった。


「私達は過労とは無縁ですし、記憶、もとい、記録することに於いては人間よりも遥かに正確ですので、当然、業務は人間の看護士の数倍に及びました。勿論、体感などといった不明瞭なものではなく、時間、物量、そして『質』、全てに於いてでございます」


 テレサさんは、特に誰もやりたがらない、体が不自由だったり、意思の疎通が困難な患者さんのお世話をしていたらしい。

 看護士というよりは介護士の様なお仕事。初めはそうじゃなかったらしいけど、そこに至るまでにも色々あったようだ。


「私にも本来与えられた業務があったのですが、他の看護士の方々に押し付けられる形で、なし崩し的にそうなりまして」


「でも、それじゃあテレサさんの本来のお仕事は……」


 私がテレサさんに疑問を投げ掛けようとすると、テレサさんは、私に言った。


「これは仕方ないことなのです、アミィ様。実際の所、それが私がその病院に派遣された目的なのですから」


「本来の……目的?」


 テレサさんは、まだよくお話の意味が解っていない私に、その『目的』について話してくれた。本当は話したくないはずの、その病院の闇について。


「私は、病院も家族も匙を投げたような末期的な患者様方の『管理』の為に派遣されたのです。意味も無く殴られ、罵倒され、排泄物を投げつけられることもございました。しかも、次の日にはその行為を忘れている。そんな患者様方です」


 テレサさんは事実だけを話しているだけなんだろうけど、私にはテレサさんが騙されてそんな大変なところに連れてこられたようにしか聞こえない。

 私はテレサさんに抗議した。テレサさんにそんなこと言ったって意味は無いのに。それでも、テレサさんは淡々と私の抗議に答えを用意してくれた。


「便宜上、アンドロイドにも人間と同等の権利がになっておりますが、現実はそうではないのです。『建前と本音』というやつでございましょうか? 人間特有の愚かしい思考ではございますが、私達アンドロイドとしては、それも人間と割り切るしかないのです」

 

 そんなのおかしい。自分達で面倒を見きれないんだったら、そもそもそんな患者さんを受け入れなければいいのに。

 

「それじゃあ、テレサさんは、そんな仕打ちをされてイヤになって、そのような……」


 私だって、テレサさんの立場だったら、同じようにイヤになるよ。そんな風に、私は思った。でも、次にテレサさんが私にした話を聞いて、私は、私の考えが如何に浅かったのかを思い知った。


「いえ、別に、私はその業務を嫌だったとは微塵も思っておりませんよ? むしろ、そんな誰もが見捨てた患者様方の今際の際に、私だけが寄り添えることに、特別感すら感じておりました」


 このお話が嘘か本当かは、テレサさんの口調から容易に解った。そんな口調のまま、テレサさんは話を続ける。


「私が享受する不快な刺激は、所詮は痛覚、騒音、刺激臭程度の一過性のものです。そのようなもの、患者様方が最期に遺す、感謝、怨嗟、諦観、虚無。そんな人生の様々な終着点を観測することの意義に比べれば些末なことでございます」


 私にはよく解らない。私はイヤなものはイヤだし、そんな風に考えられそうにない。やっぱり、私、ちょっとおかしいのかな。


「私がこのような顔しか出来なくになってしまったのは、この後の出来事のせいなのです。これ以降の話は、更に気分の悪くなるものですよ? それでも、続きを聞きますか?」


 多分、私はテレサさんにそんな心配をされるような顔をしているのだろう。それでも、ここまで話してくれたテレサさんの為にも、これからの私の為にも、聞かないと。


「大丈夫です、大丈夫ですから、聞かせてください……」


「解りました。それでは、私がそのような業務を任されて、半年程経った頃の話を致しましょう」


 テレサさんは、そんな辛い仕事に加えて、建前上任された仕事さえも完璧にこなして、いつしかその病院の指揮系統を支える存在になっていたらしい。

 九喜先生の手腕とテレサさんの天使のような献身の二枚看板は、病院の評判をグンと押し上げていたようだ。


「その頃から、センセは私のことを常に気にかけて下さいました。私の待遇についてセンセは不満だったらしいのですが、私はなんの苦痛も感じていなかったので、そんなセンセを当時はむしろ煩わしく思っていたものです」


 その頃の九喜先生のことは解らないけど、それでも、根っこは今も変わってないんじゃないかな。九喜先生、どう見てもテレサさんが大好きだし。


「手前味噌ではございますが、私の仕事振りは患者様方からは好評なようでした。アンケートによれば、私が何も嫌な顔をせずに笑顔で接するのがありがたかったのだとか」


 テレサさんの笑顔かあ~、ただでさえおキレイテレサさんが笑ったのなら、誰も彼も好きになっちゃうのは間違いないよね。


「患者様方への好意の有無はともかくとして、それで患者様方が快方に向かう助力になるのであれば、そうするのが正しいと、当時の私は思っていました」


 お仕事のために笑顔を作ることは、悪いことじゃない。もちろん、気持ちも同じならもっと素敵だけど。

 でも、お仕事がそんなに都合がいいものじゃないことくらい私にも解る。テレサさんは、間違ってない。


「ですが、。少なくとも、私の場合は、ですが」


「えっ」


 私が正しいと思った気持ちが、ほんの数秒でテレサさんに否定される。胸がキュっとする、なんだろう、この気持ち。


「なにに於いても、『三方よし』とはいかないものですね。私、患者様方はよくとも、残りの一方は『よし』とはいかなかったのです」


 えっと、テレサさん、患者さん達はよかったんだよね。それじゃあ、残ってるのは……!


「その様子ですと、アミィ様にも、最後の一方が誰を指すのか、お解りになったようですね?」


「……はい、多分、ですけど」


 でも、この答えが正しかったとしたら、テレサさんがこんな風になってしまった原因が、そうだとしたら、余りにも、ツラすぎる。

 ずっと変わらず、私の顔をジッと見ながらお話をしてくれているテレサさん。気のせいか、テレサさんの眉がわずかに沈んだ様に見える。


「それでは、私がアミィ様にしたかった話の核心について、話をしながら、追々、実際に


 お話だけじゃなくて、テレサさんは私に見せたいものがあるみたい。なんだか、それを見るのが、ちょっと怖い。


 でも、もう引き返せない。私も、多分、テレサさんも。だったらせめて、これからのお話を余さず聞いて、胸に刻まないと。

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