第6話 アミィ、爆発

 アミィが俺のところにやって来てから数週間程経って、アミィも少しずつながら俺の部屋での生活にも慣れてきたみたいだ。

 とは言ったものの、あの洗濯物の件以降もアミィは度々ドジを踏んでいるのが少し気になってたりもするんだよな。


 まあ、ドジと言っても、炊飯器のスイッチを入れ忘れていたり、詰め替えのシャンプーを買うよう頼んでいたらリンスを買ってたり、笑って許せるレベルのドジなんだけど。

 それに、アミィも俺が笑いながらたしなめれば、それに合わせるように笑い返しながら謝ってくれるようになってきたし、俺としてはひと安心だ。


 初めはアミィの生真面目さに対してこんな態度で接していいもんかとも思ったけど、そこはアミィも柔軟に俺の気質に合わせてくれている。

 そこはアミィだってやっぱりアンドロイドだよな。主人の挙動や性格を分析して、日々の行動にフィードバックしてるってわけだ。


 そんなことを考えながら午前中の仕事を片付けた俺は、昌也と社員食堂で日替り定食を食べながら、お互いのメイドさんとの生活について語り合う。


「それにしても、恭平のところアミィちゃんって本当にドジっ娘なんだな~。でも、恭平のにやけ面を見るに、それはそれで案外いいもんだったりするんだろうな~」


「そう、そうなんだよ! ぶっちゃけ、最近はアミィがなにをやらかしたか聞くのを楽しみにしながら仕事してるからな~」


 アミィからしたらたまったもんじゃないんだろうけど、実際のところ、アミィがやって来てからの毎日は、退屈とは無縁だったからな。

 ちょっと前までは、会社と部屋を往復するだけのしょっぱい毎日だったから、なにが飛び出すか解らないビックリ箱のような日々が愛おしくて堪らないよ。

 

「うちのキッカさんは頭が堅いからさ。アミィちゃんには悪いけど、ちょっとだけ恭平が羨ましいぜ」


「いやいや、俺の見立てだと、キッカさんの頭が堅いんじゃなくて、昌也の普段の言動に問題がある気がするぞ、マジで」


「あ! 恭平までそんな風に言うのかよっ! でも、恭平がそう言うってことは、やっぱり俺が悪いんだろうな~」


「恭平『まで』ってことは、もう既にキッカさんからは同じようなこと言われてるんだな……」


「ああ。昨日もちょっと飲み過ぎて帰ったら、酔いが覚めるまで正座させられてお説教食らったからな~、よく覚えてないけど」


 今でこそ、こうして俺と同じ職場で働いてるけど、学生時代の昌也を知っている俺からしたら、誰かが手綱を握っておかないと本当にマズイんだ。

 そういった点では、昌也がアンドロイドを購入したのは大正解。キッカさんについて語る昌也の恐怖にも似た挙動を見るに、キッカさんは昌也のメイドとして間違いなく適任だ。


 さて、そろそろ昼休みも終わりだな。メイドさん談義はこの辺にして、さっさと昼飯食べちまわないと午後イチの会議に間に合わないぞ。

 でも、それさえ乗り越えれば今日は急ぎの仕事もないし、多分定時で帰れるだろう。早く帰って、少しでもアミィと一緒に過ごす時間を確保しなきゃな。


 …………


「いや~、まさか俺にお鉢が回ってくるとは。ちょっと帰りが遅くなっちゃったな」


 会議が白熱したかと思えば、新たに発生した業務が俺に割り当てられたり、午後の俺は踏んだり蹴ったりだったな。

 まあ、裏を返せば俺もそれなりに信頼されてきたってことだ。最近はアミィのおかげで調子もいいし、この調子で稼がないと。


「ただいま~」


 退社が遅くなった分、やや早足でアミィが待つ部屋へと帰り、ドアを開ける。さあ、アミィが出迎えてくれるやら、走り回るアミィが目に飛び込んでくるやら。


 しかし、そんな俺の予想は両方とも外れてしまう。ドアを開けると、俺の目の前には闇が広がっていた。

 アミィがやって来る前まではこれが当たり前だったのに、今となってはこの闇に対して不安な気持ちが喉から沸いてくる。


「アミィ? 居ないのかい?」


 俺は手探りで玄関の電灯を点け、リビングへと向かう。アミィには外出するときには連絡するように言ってあるから、居ないってことはないはずなんだけどな。


 でも、リビングにもアミィの姿はない。俺はカバンをソファーに放って部屋を見て回る。なんだか、なんだか嫌な予感がする。


 キッチン、トイレ、脱衣所に風呂、どこにもアミィは居なかった。そして、俺はまだ見ていない寝室へと向かい、ドアをゆっくり開ける。

 廊下の明かりが、寝室のドアの隙間から細く伸び、暗がりに差し込んでいく。そして、その光は、人影によって遮られた。


「!!」


 俺の心臓はその人影を見た瞬間に大きく鳴動した。その人影の正体はアミィだった。いや、それは半ば解っていたことだから驚くに値しない。


 俺が動揺したのは、目の前のアミィの異様なたたずまいを見たからだった。アミィは、寝室のカーペットの上に正座して、ただジッと何かを見ている。


 俺が急いで寝室の電灯のスイッチを入れると、電灯を入れる前より更に異様な光景が目の前に広がった。


 まず目に飛び込んで来たのは、カーペットの上に広がったガラスの破片、そして、その近くに散らばった赤い花弁と深緑の花の茎。

 更によく見ると、ワイン色のカーペットには赤黒いシミが広がっていた。この状況を見て、なにが起きたかはおおよそ解った。


 俺が寝室を見回している間も、アミィは俺に目を向けることなく、ただただ割れた花瓶を凝視する。時折まばたきを挟みながら、ただジッと。


「どうしたんだアミィ!? いや、そんなことより、大丈夫か!? 怪我はないか!?」


 そんな俺からの質問に、アミィはなにも答えず、わずかに首をコクリと下げた。ああ、よかった! アミィに怪我がなくて!


「そっか! いや~、それにしても本当にビックリしたよ。こんな真っ暗な中にアミィが座ってるなんて思わなくてさ」


 俺が帰るまでになにがあったのかも、アミィがなんでこんな様子なのかも解らないけど、それを聞くのはひとまず後回しだ。


「この状況については後で聞くから、取り敢えず、まずはガラスを片付けようか。踏んじゃったら俺もアミィも怪我しちゃう」

 

 俺は急いでキッチンから厚手のビニール袋を持ってきて、アミィの眼下に散らばっている花瓶の破片を拾おうとした。すると、アミィは俺が帰ってきてから初めて口を開く。


「叱らないんですね」


 これまで一度も聞いたことのない、ハッキリとしながらも、物悲しいアミィの声を至近距離で聞いた俺の体がピタリと硬直する。


「ご主人様、なんで、私を、叱ってくれないのですか?」 


「え?」


 突然のアミィからの質問に対して、間抜けにも俺はなにも答えられなかった。そして、アミィはそんな俺に目を合わせなないまま、更に問いかける。


「だって、おかしいじゃないですか。ご主人様のお部屋をこんなに汚してしまったのに、ご主人様のものを壊してしまったのに、なのに、なんで叱ってくれないのですか?」


 俺に問いかけるアミィの声が次第に震え始め、アミィの眼下のガラスにアミィの涙が落ち、ガラスを伝い、カーペットに新たなシミを作っていく。


「今日に限った話じゃないっ! ご主人様はなんで私を叱ってくれないのですかっ!? なんでっ!? どうしてっ!? どうしてなんですかっ!?」


 堰を切ったように押し寄せるアミィからの嗚咽混じりの訴え。その口調の乱れが、アミィの奥底に秘められた激情を物語る。


「叱ってくださいよっ! 怒ってくださいよっ! 怒鳴ってくださいよっ! でないと、私、私っ……!」


 叫びの波濤が次第に収まり、その代わりに、アミィの声がどんどんか細くなっていく。そして、アミィは体内にわずかに残ったエネルギーを絞り出すかのように、俺に言った。


「私がメイドとしてご主人様のお役にたてていないのは十分解ってます。ですから、せめて、私を目一杯、おもいっきり叱ってくださいよっ……!」


 これは、アミィが俺の元にやって来てから初めての俺へのお願いだった。そして、その消え入るような声が俺に更なるお願いを紡ぐ。


「それでもダメだったらもうこんなこと二度と言いませんから、もう少しだけ、もう少しだけ、私を貴方のメイドでいさせてください。お願いします、お願いします……」


 そう言い終えたアミィは、顔を両手で覆いながら静かに泣きじゃくり始めた。一定のリズムで刻まれるアミィの鳴き声、その様子を見て、俺はようやく気づいた。


 アミィは自分のミスを割りきって順応なんかしていなかった。アミィは今日まで、必死に自分の本音を抑え込んでいたんだ。

 俺がいいやいいやでアミィを叱らなかったもんだから、アミィも俺に合わせて自分のミスを気にしていないフリをしていたんだ。


 俺はアミィのミスをさして気にしていないし、アミィにも自分のミスを必要以上に気にして欲しくなかったから、アミィを強く叱ったりしなかった。

 でも、そんな俺のアミィへの気遣いは、メイドであるアミィからしてみればただの重荷でしかなかったんだ。


 晴れることのないミスに対する罪悪感に加え、俺からの気遣いを無下にしない為の無理な振る舞い。この二重の苦しみがアミィをここまで追い詰めてしまっていたんだ。

 アミィの訴えを聞くに、アミィは俺の気遣いを受けて『自分はもうメイドとして扱われていない、もう見限られたんだ』と解釈したんだろう。


 今思えば、俺はアミィのことをメイドの格好をした可愛らしいアンドロイドとして愛でていただけだった。

 俺はアミィの見た目や仕草の可愛らしさに目が眩んで、アミィがなんのために俺のところにやって来たのかを見失っていたんだ。

 

 その間もずっと、アミィは一人、自責の念で潰れかけていたにも関わらず。これじゃアミィがそう思ってしまうのも当然だ。

 あまつさえ、俺はアミィのミスに対して『次はなにをやらかすか楽しみだ』なんて思っていた。こんな考え、アミィに対しての侮辱以外のなんだって言うんだ。

 

 なにがメイドさんガチ勢だよ。結局、俺は漫画やアニメの中にしかいないような、メイドさんの見た目の可愛らしさや、取って付けたような甘い奉仕に憧れていただけの底の浅い人間だったんだ。


 冷静に考えれば、メイドは諸々の理由で屋敷の管理に手が回らないときに雇うものであって、決してそんな欲求を満たす為に雇うものじゃないことは解るはずなのに。


 多分『メイドは主人に奉仕するもの』という漠然とした認識が、あらゆる欲求を吸収しながら、時間と共に俺の思想を妙な方向に歪めていったんだろうな。


 とは言っても、アンドロイドに本来のメイドとしての仕事を求めている人間はごく少数で、漫画やアニメのイメージを抱いて購入する人間が大多数だろう。


 その実、俺はアミィのことを半ば愛玩の対象としか見れていなかった。そりゃそうだ、独り暮らしの家事の量なんて高が知れてるし、それ以外にアンドロイドを購入した理由もなかったんだし。


 そんなだから、俺はアミィの本意を無視して、自分の欲求を満たすために、今日まで、与えて、与えて、一方的に与え続けてきた。少し考えれば、そんな職場、居心地が悪いに決まっているのが解るのに。


 でも、俺はアミィがメイド本来の役割を全うするために俺の元にやって来ていて、それが出来ない現状に悩み、メイドとして扱われないことに対して恐怖を感じていることを知ってしまった。


 だから、もう俺にはアミィのことを昨日までのように見ることは出来ないよ。いや、そうじゃないよな、俺は今日、初めて、アミィと向き合うことが出来たんだ。


 ありがとう、アミィ。メイドとしての信念を曲げてまで、俺に主人とメイドの関係がどうあるべきなのかを教えてくれて。

 とはいえ、俺にはメイドの主人として必要なものが足りなすぎる。知識、器量、道徳、厳格さ、挙げればキリがない。


 だから、俺はこれからアミィと一緒に過ごすなかで、少しずつアミィの主人になっていくんだ。アミィは俺のことを『ご主人様』と呼んでくれるけど、今は名ばかりご主人様ってところかな。

 

 よし、そうと決まったら、こうして俺に認識を改める機会をくれたアミィにお返しをしなきゃ。もっとも、アミィが今望んでいるような答えじゃないかもしれないけど。


「アミィ、そのままでいいから、俺の話を聞いてくれないかな?」


 そんな俺からのお願いに合わせて、アミィのすすり泣く声が止む。とは言っても、依然としてアミィは両手で顔を覆ったまま。

 それでも、俺は俺なりに、急拵えではあるけど、アミィの主人としての答えを用意したんだ。後は伝えるだけだ。


「馬鹿だよな、俺。少し考えれば、アミィが自分のミスを気にしないはずないって解ったはずなのにさ。本当に、俺はアミィの気持ちを全然汲んであげられてなかったよ」


 そう、俺はアミィを気遣っている気になっていただけだったんだ。それがアミィをこんなになるまで蝕んでいたなんて、本当に、自己満足の極みだな。


「それに、正直言うと、アミィが慌ててるのを見て『可愛らしい』なんて思ってたんだ。アミィはいつでも真剣だったのに、それをそんな風に思うなんて最低だったよな、俺。本当に、ゴメンな、アミィ」


 まずは、アミィがどう受け取るかはともかく、自分の非を認めて、言葉にして、ちゃんと謝る。これは主従関係においても不変のはずだ。

 とはいえ、やっぱりというか、そんな俺の謝罪に対してアミィは両手を素早く顔から剥がして首をブンブン振りながら両手をパタパタさせる。


「い、いえ! 元はと言えば私がちゃんとお仕事をこなせなかったのが原因なので、こちらからから謝るならともかく、ご主人様が謝ることなんてありませんっ! ありませんともっ!」


「いや、アミィに自分からこんなことを言わせたことについては全面的に俺が悪かったよ。でも、アミィの仕事ぶりについてはまた別の話だよね。今更だけど、そこについてもハッキリさせとこうか」


 そう、そこが扱いの難しいところなんだ。アミィの言う通り、いくらやる気があってもアミィの仕事の精度が怪しいのは動かしようがない事実なんだよな。


 そして、俺はそんなアミィの惚れ惚れするようなメイド魂と、アミィの仕事におけるミスの多さに言い様のない違和感を持っている。

 それを踏まえて、俺はアミィの仕事振りへの正直な意見と、これからアミィに対しての処遇について述べる。


「確かに、アミィのミスがこのままずっと続くようなら俺も困るんだけど、だからって、頭ごなしにアミィを叱るのも俺は違うと思うんだ」


 よかった、俺の話をアミィは異論を挟むことなく、コクコクと頷きながら聞いてくれている。俺がアミィを叱らないと言ったらまたアミィが取り乱すかとも思ったから、ひと安心だな。


「俺としては、まずはアミィがなんでそんなにドジを踏むのかをハッキリさせるのが先だと思うんだ。まずはそこから、焦らずいこう、ね?」


 これはメイド云々というより、どんな事柄にも当てはまる話だ。原因究明を棚上げしてミスを怒鳴り散らすなんて、問題改善手法としては下の下だ。


「そう、です、よね。ちょっと考えれば当たり前のことなのに……。私も焦ってさっきはあんなことを言ってしまいました。本当に申し訳ありません」


「いや、アミィがハッキリ言ってくれなかったら、アミィがどんな気持ちで仕事に臨んでいたかずっと解らなかったかもしれないし、俺も助かったよ。それより、アミィにひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「はいっ! 私に答えられることでしたら、なんなりとお申し付けください!」


 そう、まずは俺が持っている違和感を払拭してからでないと動くに動けない。そして、この違和感はアミィ自身も感じているはず。

 質問はひとつだけ。正直あまりこんな質問はしたくないけど、これもアミィのためだ、ここは心を鬼にして……!


「それじゃあ聞くけど、アミィさ、俺になにか隠してること、ないかな?」

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