第20話 アミィのいいところ
なかなか泣き止まない私を見かねたのか、テレサさんは穏やかな声で、私に幾つかの質問を投げ掛けた。
それは、私はさっきの頭に機械をつけていたときと似たような質問。もしかしたら、さっき答えた質問と全く同じ質問もあったかもしれない。
私はこんがらがった頭でなんとか質問に答えようとしたけど、ダメだった。もちろん、頭がうまく働いてなかったってこともあるけど、それ以上にさっきまでと違うところがあったから。
テレサさんは私のお話をちゃんと相槌を打ちながら聞いてくれたし、それを聞いてテレサさんが思ったことや気になったことを、私に訊ねたりもしてくれた。
さっきまではあんなに居心地が悪かったはずなのに、やってることはあんまり変わっていないはずのに、こうしてちょっとでもお互いの気持ちを触れ合わせるだけでこんなに違うんだ。
それに、テレサさんの身の上を知ったからか、テレサさんから感じていたイヤな気持ちはしなくなっちゃった。むしろ、上辺だけでテレサさんのことを悪く思っていたさっきまでの自分が恥ずかしい。
「大分落ち着かれたようでございますね、よろしゅうございました。しかし、元を正せばアミィ様がご不快な思いをしたのは、私の判断ミスが原因でございました」
「いえいえいえっ! テレサさんはなんにも悪くないですっ! 私がテレサさんのことをなんにも解ってなかったから……」
「それは違います。本来であれば、今のように少しずつアミィ様から情報を引き出すべきだったのです。その方がより精密にデータを収集出来ますし。しかしながら、アミィ様が私の動向や表情に不快感を示されているのは明白でしたので、可能な限り早急に問診を済ませようとしたのが良くなかったのです。誠に申し訳ありませんでした」
ああ、さっきの私、テレサさんにそんな気遣いをされる程だったんだ。ううん、ご主人様からも注意されるくらいだし、そうだったんだよね。
「しかし、そうであれば、不可解なこともございまして……」
「えっ! あのっ! 私、またテレサさんになにか失礼なこと言っちゃいましたかっ!?」
「いえ、アミィ様のことではなく、私自身のことでございまして。アミィ様は、私の話の矛盾点にお気付きになりませんか?」
「テレサさん自身、の……?」
「はい。もし問診を早急に済ませたいのであれば、私は部屋から出ていこうとするアミィを呼び止めるべきではなかったのです」
「……ああっ! 確かにそうですっ! でも、もしテレサさんが私をあのとき呼び止めなかったら……」
そうだ、もしあのまま私が出ていったなら、私はテレサさんのことを『愛想の悪い冷たい看護士さん』と思ったままだっただろう。でも、こうしてちゃんとお話したら全然そんなことなくって。
「私と致しましては、患者様方の症状が快方に向かわれるのであれば、私自身がどう思われようが構いませんし、あくまでアミィ様の不快感を緩和べく、胸中を吐き出して頂く為に呼び止めただけだと思っていたのですが、何故かそれだけではない気がしているのです……」
テレサさんがなにをそんなに悩んでいるのかは解らないけど、私はテレサさんがあのとき呼び止めてくれたことを感謝している。
だったら、それをハッキリ伝えてあげたら、テレサさんの悩みも解決するかもしれないよね。
「えっと、私、今日、テレサさんと出逢えて本当によかったなって思うんです。もちろん、九喜先生と一緒にこうして私の為に色々手を尽くしてくれてるってこともあるんですけど……」
「はい、それが私の役目でございますので。それ以外にも、なにかあると?」
「私、人間の方々はご主人様や九喜先生のお二人くらいしかなくって。だから、テレサさんのさっきのお話、とても参考になりましたっ!」
「それはよろしゅうございました。しかし、あの程度のことは遅かれ早かれ身を以て知ることです。感謝される謂れはございません」
「あのっ! まだっ! まだありますっ!」
「は、はあ、そうでございますか」
どうしよう、言いたいことがうまくまとまらない。だったらいいや、もうただ思ったまま言っちゃおう。
「テレサさんは気を悪くされるかもしれませんが、ハッキリ言いますっ! テレサさんの第一印象は最悪でしたっ! ご主人様に向かってあんな冷たい態度! ご主人様がなにしたんだって思いましたっ!」
「そ、それは大変失礼致しました。ですが、なにぶんこの顔でして、私にはそのようなつもりは皆目……」
「そう、そうだったんですよね。テレサさん。私、テレサさんのことを誤解していたんですよね。だから、私、あのときテレサさんが呼び止めてくれて本当によかったって思ってます」
「それは、何故でしょうか?」
「もちろん、テレサさんが本当はとっても素敵な方だって解ったからですよっ! 仕事も出来て優しくって、テレサさんのこと大好きになりましたっ!」
「『好き』、ですか。ですが、私はアミィ様に好かれようとしたわけでは……」
「でもでも! テレサさんとこうしてお話している間、私はテレサさんに『私のことも好きになって欲しいな~』って思いながらお話してましたよ?」
「好きになって欲しい……私に、ですか?」
「はいっ! それに、私、あんなこと言っちゃったし、テレサさんと仲直りもしたくって……。やっぱり、ダメですか?」
「いえ、その件につきましては再三申し上げた通り、全く気にしておりませんので、よいのですが……」
「あっ、でも、テレサさんが私を呼び止めたときは、まだ私はテレサさんのことを誤解したまんまだったんでした……。あ~、なに言ってるんだろ、私」
ああ、これじゃあテレサさんの悩みを解決するどころか、益々悩ませちゃう。やっぱり、こういうことはちゃんと考えてから言わないとダメだったかな。
「……ありがとうございます、アミィ様。先程から今までのアミィ様を見て、ようやく私の予期せぬ行動の意味を整理出来た気がします。今までに無い思考パターンでしたので、確証はございませんが」
「えっ! そうなんですか!? 私、だだ頭に浮かんだことを喋ってただけなのですけど」
「いえ、却ってそれがよかったのではないかと。恐らく私がアミィ様を呼び止めたのは、『アミィ様のことをもっと知りたかった』からだと結論付けました」
「私のことを、ですか?」
「左様でございます。私見ではありますが、アミィ様の挙動の端々から、言葉では言い表せない
「ええっ!? なんですかそれっ!、私、そんなに騒がしいですかね!? 確かに、今日は色々あり過ぎて、興奮してるかもしれませんが……」
「いえいえ、そんなことはございません。私への敵意、もとい、響様に対しての好意から出た言葉からもですし、こうしてアミィ様と対話したほんの数十分だけでも、私はアミィ様から何か言い様の無い力を頂いたと思っております」
「えっと、私、なんにも特別なことはしてなくって、ただテレサさんと仲良くしたいなって思っただけなんですが……」
「でしたら、それがアミィ様の持つ長所なのでしょう。そんなアミィ様がいつも側にいる響様におかれましては、毎日が心踊るものであることは、私でも容易に想像できますとも」
「……あの~、もしかして、私、からかわれてますか? 私、いつもこんなだから、ご主人様にはご迷惑をかけっぱなしなんですけど……」
「とんでもございません。私は嘘偽り無く、私がアミィ様から感じた印象をただ言葉にしただけでございます。ですから、そんなアミィ様ともっと触れ合いたくて、私はアミィ様を呼び止めたのではないかと」
「そうなのですか……、そっか、そうなんだあ……、エヘヘッ♪」
「ですから、そんな響様とアミィ様の日常が、より健やかに過ごせるよう、センセと私共々、全力でサポートさせて頂きますので、今後ともよろしくお願いしますね、アミィ様」
「はいっ! あっ、あのっ、テレサさん?」
「はい、なんでごさいましょう?」
「えっと、もしテレサさんがよろしかったら、またこんな風にお話出来ませんか? 私、もっともっとテレサさんのお話、聞きたいですっ!」
「ええ、勿論。私の一存では決め兼ねますが、治療の一環としてなら問題ないでしょう。私からセンセに進言しておきます。それに、私もアミィ様からお力を頂きたいですし」
「はいっ! 私からもご主人様に時間を頂けないかお願いしてみますねっ!」
「そうですね、そうするのが得策でしょう。さて、それではそろそろ戻りましょうか。あまり遅れては響様も気が気ではないでしょうし」
「ああっ! そうでしたっ! それじゃあ、テレサさんも一緒に戻りましょうっ!」
「あの、アミィ様? そんなに強く引っ張らないでくださいませ。その、私、このような扱いには慣れておりませんので……」
ああ、よかった。こうしてテレサさんとお話し出来て、テレサさんのことを誤解したままこの部屋を出なくて、こうしてテレサさんと手を繋いでご主人様と九喜先生のところに戻れて、本当によかった。
元はといえば、私が勝手にテレサさんを冷たい方だと思っていたのが悪かったんだけど。でも、もし私が言いたいことを我慢してたら、こんな風には、なってなかったよね。
だから、ご主人様にも聞いてもらうんだ。私とテレサさんがどんな話をしたのか。そこに辿り着くまでの過程も含めて、誤魔化さずに、正直に。
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