第21話 キミが望むなら

 アミィとテレサさんが診察室に戻ってきた。あんな形で送り出したときはどうなることかと思ったけど、昔話を通じて九喜先生の人となりを知った今となっては、それももう過去の話だ。


 そんなことよりも、俺は戻ってきたアミィがテレサさんにべったりになっていたのに驚いた。何があったのかは解らないけど、アミィの顔からは診察室を出る前の刺々しさは微塵も感じない。

 そんなアミィにやや困惑した面持ちのテレサさん。いや、表情は相変わらずなんだけど、テレサさんの口調からはあきらに角が取れているのが解る。


 そして、そんな二人を見て満足そうに笑みを浮かべる九喜先生。もしかしたら、わざわざ俺とアミィを引き離した本当の理由は、この結果の為だったのかもしれないな。


 こうして、九喜先生とテレサさんによる診察が終了した。テレサさんが収集したアミィの検査結果を、九喜先生がまた別の部屋で確認、検証をしている間、診察室には俺とアミィ、そして、テレサさんの三人。


「あの、テレサさん?」


「はい、なんでございましょう、響様?」


 俺の知らないなにかを通じて、アミィとテレサさんの関係は良好になったのだろうけど、主人として、やっぱり謝っとかないとな。


「いや、さっきのアミィのことなんですけど、テレサさんには本当に失礼なことを……」


「ああ、その件につきましては、アミィ様より謝罪して頂きましたので、響様におかれましてもお気になさらず。それより、こちらからも響様に、ひとつ」


「えっ? 俺に、ですか?」


「はい、是非に」


 なんだ、テレサさんからも俺になにか言いたいことがあるのか? いきなりのことに面食らっている俺に、テレサさんはアミィを一瞥して、俺の方に向き直る。


「本日は、治療の一環としてアミィ様から様々なお話を聞かせていただきましたが、あまりにアミィ様が嬉しそうに今日までのことを私に話されるもので……」


「そ、そんなにですか? アミィ、テレサさんになにを話したのさ」


「え~っと、毎日のご飯の献立とか、私が花瓶割っちゃったこととか、ご主人様とお茶と一緒においしいクッキーを食べたこととか……ですね」


「そ、そんなことまで……」


「申し訳こざいません、響様。些細なことでもよいので話して頂くよう、私からアミィ様にお願いしたのです。やはり、プライベートについてお聞きするのはご迷惑でしたか?」


「いえ、そんなことはないんですけど、ちょっと恥ずかしいっていうか……」


「その過程で、アミィ様が響様のことを慕っておられることが私でもよく理解できました。話の内容、アミィ様の表情、その両面から、まざまざと」


「そ、そうですか? いや~、なんて言うか、ありがとう、ございます」


 そこまで言われると、嬉しいやら恥ずかしいやらで背中がムズムズするけど、誉めれて悪い気はしない。


「本来であれば、患者様のプライベートについて尋ねるのは、明らかな越権行為なのですが、アミィ様のことを見ていると、どうしても、そう、したくなりまして……」


 そう言うと、テレサさんは人差し指を噛みながらなにか考え込み始める。時間にして数秒、俺がテレサさんから感じた、感情の一端。


「アミィ様は、今の私に不足している『なにか』を持っていて、その正体を私は、知りたい……」


 テレサさんに足りないもの。それが何なのかは、一目で解るようでもあり、それが見当違いなのかもしれないとも思ったり。


「その、もしご迷惑でないのであれば、響様に私から『お願い』があるのですが……」


 初めてテレサさんと話したときのビジネスライクな様子とは違う、あくまでテレサさん個人としての『お願い』。

 

「取り敢えず、テレサさんが俺になにをして欲しいのか聞かせてもらってもいいですか?」


「はい。その、なんと言いますか……」


 そうは言っても、テレサさん、話しにくそうだ。そりゃあ、初対面の患者にいきなり個人のお願いってのは、一般的には非常識に当たるだろう。

 それでも、テレサさんがここまでするのであれば、可能な範囲でなら、俺は、是非、それを叶えてあげたい。


「私は、私に不足している『なにか』を顕在化させる為には、更なる検証が必要であると結論づけました。その為には、アミィ様のご協力が不可欠でして……」


 アンドロイドっぽい、堅苦しい言い回しではあるけれど、それは、つまり……。


「それって、要約すると『これからもアミィと話をする機会が欲しい』ってことで、いいんですかね?」


「あれっ? でもそのお話って、確か、九喜先生と相談してからするんじゃ……。あっ! お話の途中で割り込んじゃって申しありませんっ!」


「いや、それはいいんだけどさ。なんの話だい? アミィ」


 俺がテレサさんに確認したところで、アミィからの横槍が入った。俺がアミィに詳しく聞いてみようと尋ねると、テレサさんが更に割って入る。


「いえ、確かに、本来であればセンセに提言した上で、許可を頂く予定だったのですが、それでは、この願望が私の意思から出たものではなくなってしまうような気がしまして」


 言いたいことは解る。つまり、テレサさんはその願望に対する責任を、テレサさん自身が負いたいんだ。


「あのっ、ご主人様。私からもお願いします。テレサさん、私が知らなかったことを色々教えてくれたんです。私も、もっとテレサさんとお話したいんです。わがまま言ってるのは解ってます。解ってるんですけど……」


 もちろん、俺としてはなんの異論もないんだけど、ここは九喜先生の城。アミィはともかく、俺の一存ではテレサさんについて迂闊なことは言えない、さあ、どうする。

 どう言ったらいいものか俺が考えていると、図ったようなタイミングで、診察室のドアが開く。


「いよお~っし! 話は聞かせてもらったぞっ! っていうか、ちょっと前から外で聞き耳たててたんだけどねっ!」


 そう言いながら、九喜先生が大きな封筒を持って診察室に飛び込んでくる。


「いや~、ゴメンゴメン、紹介状書いて戻ってきたら、なんかテレサちゃんが僕が居たら邪魔そうな話してたもんだから、つい、ね」


「い、いえ、私、そのようなつもりは」


「いいのいいの! っていうか、僕的にはもっと普段からそうやってテレサちゃんには自己主張してもらいたいんだけどさ」


「そんな、センセの許可無しで自己主張など……」


「ん? でも、たった今してたじゃないのさ。響君に『時々アミィちゃんを貸して欲しい』ってさ」


「それは、その通りで、ございますが……」


 部屋に入って来た勢いのままの九喜先生にやり込められるテレサさん。テレサさんは反論出来ず黙ってしまう。


「でもさ、それって、そんなことも関係ないくらい、テレサちゃんが望むものだってことだよね?」


 ハッキリしつつ、穏やかな口調でそう言いながら、テレサさんの脇を抜けて、テレサさんの肩にポンと手を置いて、デスクに付く九喜先生。


「だったら、僕がそれを拒む理由なんてなにもないさ。尤も、それが叶うかは響君とアミィちゃん次第、だけどね?」


 俺とアミィに向けて、九喜先生はウインクしながらそう言った。だったら、もう障害はなにもないよなっ!


「こちらからも、是非お願いしますっ! なっ! アミィっ!」


「はいっ! テレサさんのお願いを聞いてくれてありがとうございますっ! 九喜先生っ!」


「よしよしっ、これこそが『三方よし』ってやつだ! 響君、アミィちゃん、テレサちゃん、そして僕。いや、これだと『四方よし』だね、アッハッハ!」


「またそのようなご冗談を……。いえ、今日はそれもようごさいましょう。許可を頂き、有り難うございます」


「いやいや、僕は許可なんか出しちゃいないよ。テレサちゃんの意思を尊重しただけさ。それでも、僕がキミをバックアップすることには変わりないから、今も、これからも」


「……ハイッ。有り難うございます、九喜センセ」


 九喜先生からの指摘を受けて、胸を張るテレサさん。表情はともかく、心なしか、返事の声が高鳴っているように聞こえた。


 終わってみれば、ここにいる四人全員、いい関係が築けて本当に良かったもんだ。これからも、頼りにさせてもらいます、九喜先生、テレサさん。

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