第4話 お仕事、頑張ってくださいっ!
週始めのミーティングを終え、始業から数時間経った頃、いつも通りパソコン上で図面を引いていた俺の背後から、椅子のキャスターをキュラキュラと鳴らしながら何かが近づいてくる。
「よう、恭平。いい時間だし、ちょっと小休止といこうぜ!」
こいつはこの時間帯になったらだいたい集中力を切らして俺の方にやって来る。まあ、切りもいいし、俺もちょっと休憩するか。
「ああ、そうするか。それじゃあ、コーヒーでも買って休憩スペースに行こうぜ、
そう言いながら、俺は財布をバッグから取り出し、席を立とうとする。しかし、昌也はそんな俺を制止する。
「いや、今日は恭平に聞きたいことがあってな。あそこだと俺にもお前にも少し都合が悪そうだし、このブースで我慢しようぜ。コーヒーならあっからさ」
そう言って、昌也は足元の小型冷蔵庫からコーヒー缶を二本取り出し、片方を俺に渡す。そして、お互い一口コーヒーに口をつけたところで、昌也が少し距離を詰め、ニヤつきながら言った。
「確か昨日だったんだろ? 恭平のところにメイドが来るの。ちょっと話聞かせろよ!」
ああ、確か、昌也には話してたんだっけ。というかこんな話、昌也以外にはわざわざすることもない話だ。
あと、もう何度も言ったから言う気はないけど、『メイド』じゃなくて『メイドさん』だ、『オーストリア』と『オーストラリア』くらい違うぞ。
「あ~、まあ、そうだな。ちゃんと予定通り届いたよ、だからどうって訳でもないけどさ」
気恥ずかしさからか、俺は変に素っ気ない態度を取ってしまったけど、昌也には事前に何度もこの話をしてたもんだから、そんな見栄は全くの無駄だった。
「そんな訳あるかよ、今更そんな興味なさそうな素振りしたって手遅れだって。さて、それじゃあまずはやっぱり見た目からだな。どうせもう写真撮ってるんだろ? 見せろ見せろ!」
確かに昌也の言う通り、アミィに部屋の案内をする前に、何枚か写真を取ったのは事実だ。というか、既にスマホの壁紙はアミィの写真にしている。
断る理由も特にないから、スマホのロックを解除して、そのまま画面を昌也に見せる。すると、昌也はやや呆れたような顔をしながら言った。
「個人の好みにケチをつける訳じゃないけどよ、これはちょっと子供っぽ過ぎないか? そりゃあ、恭平がロリコンだってのは知ってるけど、これは……なあ」
やっぱりそうか? そうなのか? 俺の性癖を知ってる昌也でさえこの反応なんだ、他人から見たら、俺は性犯罪者予備軍と思われても仕方ないのかもしれない。
それでも、それは俺の好みを追及した結果であって、他人にどうこう言われようが関係ない。人生は一度きり、好きなように生きないと損だ。
「いいんだよ、俺にはアミィが居ればさ。それに、お前にも少なからず解るだろ? この気持ち」
そう、昌也なら解るはずだ。なぜなら昌也は既に俺と同類だからだ。というか、なんなら昌也は俺の先輩に当たる。
実のところ、昌也は俺に先んじてメイドさん仕様のアンドロイドの所有者になっている。このメイドさんガチ勢の俺を差し置いてだ。
尤も、昌也がアンドロイドを購入するに至った遠因は、俺が長々とメイドさんの魅力について語っていたことではあるんだけど。
とはいえ、昌也が現行における最もハイクラスなアンドロイドを購入したのには驚いたもんだ。思いきったというか、無謀というか。
「そういえばさ、俺、昌也のメイドさん見たことなかったよな? こっちも見せたんだから、昌也のメイドさんも見せろよ!」
そんな俺の要求を聞いた昌也は、一瞬だけ固まったかと思ったら、頬を人差し指で掻き、目をチラチラと逸らしながら言った。
「あ、いや、悪い。キッカさん、写真撮られるのが嫌いでさ。本当は真っ先に恭平に自慢しようと思ってたんだけど、何度頼んでも断られちゃてさ……スマン」
「あ、ああ。それならいいんだ……こっちこそ悪かった……」
へえ、昌也のメイドさんはキッカさんっていうのか、なんかちょっと変わった名前だな。どんな姿なのかを見れないのはちょっと残念だけど、今日は名前を聞けただけでもよしとしておこう。
それにしても、昌也のこの様子に加えて、昌也のメイドさんに対してのややズレたスタンスは俺のメイド観とは大きく異なるな。
確かに俺は敬意と憧れを込めて『メイドさん』という風に呼称するけど、アミィをさん付けで呼んだりはしない。形式上俺がアミィの主人な訳だから、おかしくないはず。
いや、一回だけ眠そうなアミィにさん付けで呼び掛けたりもしたけど、あれはあくまで不測の事態で生じた例外、ノーカウントということで、メイド神には許して欲しい。
でも、昌也は自分のメイドを普段からさん付けで呼んでいるのは間違いないだろう。メイドさんガチ勢としては、そこはビシッと決めるのが主人としての勤めなんじゃないかなとも思う。
というか、俺の印象的にはもはや昌也はメイドの主人と言うより妻の尻に敷かれている恐妻家の類いにしか見えないけど、それもまた一種の幸せの形なのかもな。昌也、ドMだし。
「それにしても、その、キッカさんっていうか、昌也自身のことなんだけど、本当に大丈夫なのか? お節介かもしれないけどさ」
俺からの問いに、昌也は一瞬だけ真面目な顔になる。しかし、それは本当に一瞬の話、次の瞬間には、さっきまでの気さくな様子に戻る。
「ああ、今のところは大丈夫。ま、俺が自分で決めたことだから、恭平には絶対迷惑はかけねぇから」
「まあ、よくやったよ、お前も。とにかく、今日も仕事に励んで、お互い帰ったら愛しのメイドさんに癒してもらおうな」
「ああ、そうだな」
いや、大丈夫のはずはないんだけどな。俺達の収入に対して、昌也が所有しているメイドアンドロイドの価格は明らかに釣り合っていない。
ちなみに、MID型のアンドロイドは、型番の数字が大きいほど価格が高い傾向にあり、そのスペックも大きく異なる。
アミィの型番は0796番、俺みたいなサラリーマンでもローンを組んで手を出すことは十分可能だ。
でも、昌也のところのアンドロイドの型番は4961番、現行のMAXが5000番なことを考えたら超ハイスペック、ここまで来たら裕福層の趣味の領域だ。
明らかに一般家庭のアンドロイドとしては過剰、昌也は独り身だから尚更過剰だ。価格だって、低く見積もっても諭吉4桁は固いだろう。
俺だって昌也の懐事情を把握してる訳じゃないし、あんまり突っ込んだ話を出来るような事柄でもないけど、やっぱり心配は心配だ。
そんな俺の心情を察してかは解らないけど、昌也は全く別の話題を振ってきた。
「あ、そういえばさ、俺も詳しくは知らんのだけど、最近なんかこれまでと全然違うウイルスが見つかったって話、恭平は知ってたか?」
「ウイルス? ウイルスっていったら、ひと昔前に流行ったっていうインフルエンザみたいな奴か? 昔はマスク必須だったって話だけど、また同じ様なことにならないといいけどな~」
とはいえ、どんな流行病も結局は正しい知識を基に予防をすればなんとかなるもんだ。でも、昌也が言いたかったのはそんな話ではなかったようだ。
「いや、俺の言い方が悪かったな、スマン。そっちじゃなくて、コンピューターウイルスの方。俺も偶然知ったんだけど、恭平は知ってたかな~と思ってさ」
「いんや、初めて聞いたわ。まったく、なに考えてるんだろうな」
このご時世、コンピューターウイルスとは珍しい、というより、古い。例えるなら、人間で言うところの
確かにアンドロイドがなにかしらの病気に感染したなら世間への影響は甚大だろうけど、それが解っているからそんな事態への対策はもちろん十重二十重。
それこそ、直接体内に抗体を打ち込む必要がある人間なんかより、自動的かつ高頻度で最新の抗体が摂取されるアンドロイドの方がよっぽど病気に強いってもんだ。
そもそも、ここまでアンドロイドがあらゆる分野に根差した現代社会、アンドロイドに異常が起きれば困るのはウイルスを作った側の人間な訳で。
それこそ、全てのアンドロイドを支配しての世界征服や、全てのリセットなんて荒唐無稽なことを考える夢想家でもいない限り、考慮にすら値しない話だ。
「ま、そんな眉唾な話をいちいち気にしてたらキリがなかろうぜ。それよりそろそろ仕事に戻ろうや」
「まあ、そう言うなよ恭平。それよりさ、これも偶然掴んだ情報なんだけど、近々あの大物アイドルが……」
仕事に戻ろうとする俺を、なぜか引き留めようとする昌也。仕事が楽しくないのは解らなくもないけど、そろそろマズい気配がしてきたぞ。
「お前ら、少々休憩が長いのではないか? 一時も休まず仕事だけに打ち込めとまでは言わんが、オンオフの切り替えまで私が指示してやらないと駄目か? ん?」
ほらな、こういう嫌な予感は当たるもんだ。確かにちょっと無駄話が過ぎた、ここは素直に謝罪だな。
「いえ、課長のご指摘通りです。仕事に戻ります、申し訳ありませんでした」
「よろしい。時に
「ハイ、修正しておきます……」
今回はこれくらいで済んだものの、あまりおふざけが過ぎれば普通に鉄拳が飛んでくる。それだけは避けないと。
いや、もし図面にミスがあればそれですら済まないんだ、ここは気合いを入れ直して、人間が出来る仕事を確実にこなさないといけないよな。
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