二章 笑わないアンドロイド
第10話 掴んだ糸口
俺が『ノリッジ知恵袋』にアミィの症状について投稿してから数日が経った。そのなかで、俺はアンドロイドが一般的にどのような扱いをされているのかの一端を知ることになる。
その発端は、複数の匿名の回答者から『そんな状態なら、さっさとリセットしてしまえばいいじゃないか』といった回答があったことだった。
俺は『そんな簡単な選択じゃないのではないか』といった旨で、回答者達にチャットで尋ねてみたけど、その質問に明確な答えをくれる回答者は、丸一日経っても現れなかった。
それから少し間を置いて、ある一人の回答者から『たかがアンドロイド一台になにをそんなにムキになってるんだ』といった趣旨の返事はあるにはあったけど、その内容は意見というより挑発や罵倒に近く、俺には到底受け入れられなかった。
それだけならまだしも、この発言を皮切りに、この回答者の発言があるまで黙っていた他の回答者からも、それを肯定するような声まで挙がり始めた。
とは言っても、その内容は具体的な意見を述べているわけではなく『この人の言う通りだ』『俺もそう思う』といった、中身がスカスカなものだったけど。
俺を含めて、人間はアンドロイドから多大な恩恵を受けているし、それに対して、少なくとも俺は感謝をしているつもりだ。
でも、この回答者達の様に、アンドロイドをただの道具のように考えている人間はいるという事実。もちろん、他人の価値観を否定するつもりはないけど、俺には理解しがたい価値観だ。
いや、匿名とはいえ、包み隠さずこういった回答をしてくれるだけまだマシなのかもしれない。もちろん、他の回答者もこうして俺の書き込みに反応してくれたのはありがたいけど、どうせなら、俺の問いに対して、この回答者のように包み隠さず答えて欲しかった。
それでも、こうして俺からの相談に時間を割いてくれたんだ。アミィの症状の解決の糸口は掴めなかったけど、回答をしてくれたお礼はちゃんとしないと。
俺は回答者ひとりひとりに、知恵袋内で使えるポイントを添えて、協力してくれたお礼の返信をした。もちろん、件の回答者も含めてだ。
むしろ、俺に世の中に潜む現実の一端を教えてくれたんだから、この回答者には一層のお礼をしたいくらいだ。
でも、これでアミィの症状の解決策についてはまた振り出しだ、さて、明日からどうしようかな。アミィには待たせちゃって悪いけど、またイチから考え直しだな。
……………………
「あのっ、ご主人様、お休みの前に、少しよろしいですか?」
今日の家事をすべて済ませたアミィに対して、もう休むように言った俺に、アミィがなにか言いたげに指を絡ませている。
「どうしたのさ、アミィ、そんなモジモジしちゃって。もしかして、またなにかやっちゃった?」
「いえいえっ! 今日は特に何事もありませんでしたっ! ありませんでしたが、その~っ……」
アミィは両手をパタパタさせて、俺のちょっとした意地悪に対して力一杯否定したかと思えば、次第にうなだれ始め、こう呟いた。
「私もご主人様と一緒にまだ起きてます。メイドの私がご主人様より先に休ませて頂くなんて、やっぱりおかしいですから……」
この数日、俺はアミィを先に休ませてからアミィの症状の解決策を探っていたけど、アミィもさすがに黙っていられなかったか。
こうなったら、アミィは俺が寝るまで意地でも休まないだろう。仕方ない、アミィのためにも、今日のところは……。
「う~ん、それもそうか。それに、最近ちょっと寝不足だし、俺も今日はもう寝ちゃおうかな!」
「はいっ! それがよいですよっ! それでは、ご主人様がゆっくりお休み出来るよう、温かいお茶を淹れますねっ!」
俺がパソコンの電源を落とすのを確認したアミィは、その足でキッチンへと向かう。その嬉しそうな足取りに、俺の胸がチクリと痛む。
そして、アミィに淹れてもらったお茶を飲み干した俺はそのまま寝室へ向かい、ベッドに潜り込みながらアミィに言った。
「さっきアミィが淹れてくれたハーブティーのお陰で、今日はよく眠れそうだよ。それじゃあ、お休み、アミィ」
「はいっ! オヤスミなさいませ、ご主人様っ!」
俺が目を閉じるのを見届けたであろうアミィは、忍び足で寝室の外に出て、寝室の電灯のスイッチを落とし、静かにドアを閉じる。
そして、アミィは日課通りに戸締まりと火の元をチェックし、リビングを消灯したあと、充電スタンドに腰を落とす。
アミィには悪いけど、ベッドから這い出た俺は、アミィにバレないように、物陰からその様子を息を殺しながら見ていた。
一度充電スタンドに腰掛けたアミィは、タイマーで設定された時間まで起きることはないから、もう音を立てても大丈夫だろう。
「……ゴメンよ、アミィ」
俺を気遣ってくれるのは嬉しいけど、これからの時間をアミィ健やかに過ごすためには、少しでもアミィのために時間を使いたいんだ。
こうしてアミィに嘘をつくのは本当に心苦しいけど、アミィを診てくれる宛が見つかったらちゃんと謝るから。
俺は再びリビングの灯りを付けて、ノートパソコンを立ち上げる。すると、画面の端にメール受信のポップアップが表示される。
このアドレスを知っている人間はごく一部のはず。フィルターをすり抜けた迷惑メールか、それとも……。
そのメールを開くと、件名には『ノリッジ知恵袋より』と書かれていた。確かに、アカウントを登録するときに一緒にアドレスも登録したけど、知恵袋は書き込みから直接メールを送ることは出来ない仕様だ。
いや、確か『指定した専門分野に於ける、知恵袋に登録した専門家』からメールをもらえるように、特記欄にキーワードを入れたはずだ。
『アンドロイド』『病気』『記憶障害』といった、断片的なキーワードしか入れられなかったけど、それが引っ掛かったのか?
とにかく、俺はそのメールを開いてみることにした。もしかしたら、書き込みになにか規約違反があったのかもしれないし。
メールを開き、本文に目を通すと、そこには結構な長文が記載されていた。そして、その本文の冒頭は、謝罪から始まっていた。
『私は、先日、貴方の書き込みに対し、敵愾心を煽るような発言をした者です。本意ではなかったとはいえ、貴方と貴方のアンドロイドを傷付けるような発言をして、誠に、申し訳ありませんでした』
つまり、このメールの送り主はあの挑発紛いの書き込みをしてきた人間ってことか? それにしては、文面の口調があのときとかけ離れているように思う。
いや、そんなことより、今はメールの続きを読むのが先だ。俺がメールを読み進めると、あのときあんな物言いをした理由か書いてあった。
『先日は、無礼を承知の上で、他の回答者の本音を当方にて代弁させて頂きました。しっかり記録が残る都合上、あのような発言は軽々しく出来るものではありませんからね。しかし、私の発言にいくつか賛同する声があったことを鑑みれば、私の発言が概ね核心を突いていたのは間違いないでしょう』
つまり、この人は他の回答者が後から追及されるのを避けるために黙殺した本音を、敢えて自ら誇張して発言することで引き出したわけか。
更にメールを読み進めていくと、この人がなぜわざわざあんな過激な文面を用いてまでこんなことをしたのかが書いてあった。
『貴方の私以外の回答者に対するスタンスを見るに、貴方はそもそもアンドロイドのリセットという選択肢の存在を快く思っておらず、他の人もそうじゃないかと疑問に思われたのでしょう?』
正にその通り、アンドロイドの記録を所有者の一存でアッサリとリセット出来るなんて、俺は絶対におかしいと思っている。
『ですが、現実はそうではないのです。貴方のように、皆が皆、そうではないのですが、表面上はアンドロイドに対して人道的に振る舞っていても、裏に回れば、先日の私の発言のような思想を持つ人間は少なくないのですよ』
この口振りから察するに、この人はそんな思想を持つ人間をよく知っているのだろう。だからこそ、あのとき他の回答者から賛同の声を引き出すことが出来たんだ、まさに『蛇の道は蛇』って奴だな。
『ですから『このような思想の人間も居るんだ』ということを、強い言葉を用いることで貴方により深く知って欲しかったのです。重ね重ねになりますが、先日は不快な思いをさせてしまい、本当に、申し訳ありませんでした』
確かに、この人が使った言葉はどれも俺の神経を逆撫でし、その言葉の刃は俺のアミィに対する気持ちを大いに傷つけた。
でも、その傷を塞いだカサブタが、逆に俺のアミィに対する気持ちをより強くしたようにも感じている。いわゆる『スクラップ&ビルド』って奴かな?
そして、メールの本文もそろそろ終わりに差し掛かる。そこには、知恵袋に救いを求めることで、俺が一番欲しかった糸口の先端があった。
『お詫びといってはなんなのですが、もし貴方がよろしければ、一度、私のところに遊びに来ませんか? 少々胡散臭いところではありますが、貴方のお力になれるかもしれません。勿論、貴方の大事なアンドロイドも一緒に連れてきてもらえたら、貴方共々、歓迎致します。急ぎませんので、もし気が向きましたら、いつでも下記の連絡先にお返事ください』
そのメールの本文の結びには、住所とメールアドレス、電話番号、そして、このメールの差出人の名前が記載されていた。
やったぞ、アミィっ! この人なら、もしかしたら、アミィのことを治してくれるかもしれないぞ!
そうと決まれば、早速、次の土日にでも行けるようにアポイントを取っておかないと。取り敢えず、この連絡先をスマホに登録しておくかっ!
「え~っと……『九喜メンタルクリニック』の『
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