第13話 桃栗三年柿八年
「いや~っ! ちょっとでも患者さんに楽しんで貰おうかなと思って始めた事だけど、今回のは流石にやりすぎだったかなっ! ダッハッハッ!」
「いいえ、正しくは『今回のは』ではなく『今回のも』ではないかと。例に漏れず、今回の患者様方も却って警戒心を抱かれているようですので、今回を以て、いい加減この様な茶番劇は止めて下さいな、センセ」
「いえいえ、そんなことないですって! びっくりはしても、まさか警戒だなんて。な、アミィ」
「は、はいっ! そうですよね、ご主人様っ! アハッ、アハハッ……」
いや、警戒は言い過ぎだとしても、少なからず、俺が目の前で仰け反りながら笑っている人物に猜疑心を持っているのは確かだ。
アミィだって、さっきはあんなこと言ってたけど、本当はちょっと怪しいと思っているのは、今の乾いた笑いからも察せられる。
「そ~んじゃ、早速始めちゃいますか! テレサちゃん、問診票ちょうだい」
「はい、こちらです、センセ」
しかし、そんな俺とアミィが抱いた第一印象は、その人物が問診票を受け取り、少なくはない筈の記述を目で追う姿に一蹴される。
さっきまでの剽軽な態度から一変、やや痩けた頬と切れ目が覗く丸眼鏡も相まって、その人物からは熟達した知性と熱を感じずにはいられない。
「なるほどね。確かに、メールで貰ってた情報より大分新しい情報があるようだし、まずはその辺の話から……」
九喜先生は、問診票から目を外し、俺とアミィの方へと視線を向ける。そして、そのまま何も言わず、目をパチパチさせ始めた。
「ん? どうしたのさ、お二人さん」
「ですからっ! 切り替えが極端なのですよセンセは。オンオフの切り替えはもっとソフトランディングでお願い致します!」
「いや~、ゴメンって、テレサちゃん。とは言っても、僕的にはこれでも加減してるつもりなんだけどねぇ……」
テレサさんから結構キツめに窘められ、それを受けて頭を掻きながら首を捻る九喜先生。そんな様子を何も言えずに見てた俺。そんな空気を、アミィの声が弾き飛ばす。
「なんでそんな言い方するんですかっ! ご主人様も私も九喜先生の、その、人の変わり方に驚いたのは確かですけど、なにもそこまで言わなくたって……!」
「ダメだって、アミィっ!」
マズイ! 俺が思っているより、アミィがテレサさんに抱いている印象は相当悪いようだ。そんなアミィに、テレサさんはピクリとも表情を変えずにこう答えた。
「このままですと、今後の問診に差し支えると考え、私はセンセを促しただけなのですが、それが、何か?」
テレサさんの答えは『どうしてそんなことを言ったのか』ということには答えていたものの、アミィが真に聞きたかったことに対しての回答にはなっていなかった。
当然、アミィは顔を真っ赤にしながらテレサさんを睨み付けている。そんなアミィに、何を考えているか全く読めない表情のまま視線を送るテレサさん。
「ストップストップっ! そんなに怒んないでったら。テレサちゃんには全く悪気は無いんだ。お願いだから、機嫌直してよ、アミィちゃん」
「でも……」
本当は止めなきゃいけなかったんだけど、アミィの意見も一理あると思ってしまった手前、俺はアミィを止められなかった。
自分の言動に反省しつつも、納得は出来ていない様子のアミィに、九喜先生は頬を人差し指で掻きながらアミィに語りかける。
「いや、恥ずかしい話なんだけど、僕、気持ちのオンオフの切り替えが大の苦手でさ。テレサちゃんには、僕がおかしいようなら遠慮なく突っ込むようお願いしてんの。だから、そんなにテレサちゃんを嫌わないであげてよ、アミィちゃん」
アミィを諭すようでも、テレサさんを悪く言わないで欲しいという懇願でもあるような優しい語り口に、アミィは何も言わず、コクリと頷いた。
「ありがとう、アミィちゃん。さて、それじゃあ、診察の前に、改めて自己紹介でもしとこうか」
今のやりとりも含めて、俺がメールを貰ったときに持った印象と、目の前にいる人物の印象が、今、合致した。
「僕の名前は九喜 柿太郎。色々あって、今はテレサちゃんと二人でボチボチ日銭を稼ぐ、町のお医者さんやってるただのオジサンさ」
九喜先生は『オジサン』と言っているけど、白髪も無いし、長髪を束ねたヘアースタイルは、医師というより、洒落たヘアスタイリストを思わせる。
ヒョロリとした体型と痩けた頬はちょっと不健康そうにもみえるけど、血色は良さそうだし、多分、歳は三十後半くらいなんじゃないかな。
「ちなみに、初めは『桃太郎』って名前になる予定だったらしいんだけど、なんで柿太郎になったか、解るかい?」
「申し訳ありません。これ、センセ鉄板の持ちネタなんです。よろしければ、お付き合い下さいな」
やや脱線しそうになる九喜先生をすかさずフォローするテレサさん。改めて振り返ると、案外、テレサさんもノリはいい性格なのかもしれないな。
それに、こうしてユーモアを挟んで緊張をほぐすのも、落ち込み気味のアミィにはいいのかもしれない。
「う~ん、桃が柿になることに意味があるんだろうけど、ちょっと思い付かないな~。アミィはどうだい?」
俺から話を振られたアミィは、初めは気乗りしなさそうだったものの、俺と九喜先生が盛り上がっているうちに、次第に元気になっていった。
もちろん、九喜先生の狙いがそこにあったことは、俺でも容易に解ったこと。そんな俺達をテレサさんはただジッと、表情を崩さず黙って見ていた。
腕を組んで悩んだり、唸ったりしながら、俺はクイズの答えを考えるフリをする。実を言うと、答えの見当はついているけど、俺が答えたんじゃ意味がない。
「あっ! 私、解りましたっ!」
よかった、アミィも解答に辿り着いてくれたみたいだ。あまり引っ張ると、診察の時間がなくなるからな。
「おっ! それじゃあ、回答をどうぞ、アミィさん」
九喜先生に解答を促され、アミィはコホンと咳払いをし、自信満々で答える。
「九喜先生の名前の由来は、ことわざの『桃栗三年柿八年』から来ているのではないかとっ!」
よくよく考えたら、アミィはアンドロイドなんだから、クイズの類いは大得意の筈だよな。人工知能様々だ。
「お見事っ! 大正解っ! コングラッチレーションっ!」
九喜先生が大袈裟にアミィを褒め称えると同時に、脇に立っていたテレサさんの手元から軽い爆発音と共に紙の帯が放たれる。
口ではあんなこと言っていても、テレサさんもなんだかんだで九喜先生の余興に付き合う程度の茶目っ気はあるみたいだな。
俺、九喜先生、そしてテレサさんからの拍手に照れるアミィ。傍目から見たら馬鹿らしくも見えるだろうけど。
でも、九喜先生もそれを解った上で、こうしてアミィの沈んだ気持ちをなんとかしてくれようとしているからこそ、俺だって付き合うのさ。
「親父の言い分では『桃より柿の方が五年も長いなら、その分長生きするかもしれない』っていう話なんだってさ!」
「へえ、確かに、それはそうかもしれませんね」
俺が九喜先生の話に乗っかっていると、アミィが九喜先生の方を見ながらニヤニヤしている。そして、アミィは少しイタズラっぽくこう言った。
「『桃栗三年柿八年、梅は酸い酸い十三年、梨はゆるゆる十五年、柚子の大馬鹿十八年、蜜柑の間抜けは二十年』。九喜先生が柑太郎だったら、もっと長生き出来ちゃうかもしれませんねっ!」
「ちょっ、アミィ、なに、今のやつ」
「実は『桃栗三年柿八年』には続きがありまして、果物の種類も伝承や地域によって様々なのですが、私が知る限りでは蜜柑が一番長いのですっ!」
「へ、へえ、そうなんだ……」
「ハッハッハッ! そりゃあいいねえ! 早速、柑太郎とでも改名しようか。テレサちゃん、改名手続き、お願いねっ!」
「馬鹿なこと仰らずに、そろそろ診察を始めないと、本当に時間が無くなってしまいますよ、セ・ン・セ!」
「そうだった、そうだった。それじゃあ上手い具合に和んだところで、アミィちゃんの診察、始めようかっ!」
これで、俺が初対面で抱いた九喜先生への猜疑心は完全に消滅した。この人なら、間違いなくアミィのことを助けてくれる。
あわよくば、アミィがテレサさんに抱いている悪い印象を払拭出来るといいんだけど、それはさすがに高望みかな。
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