第15話 人間とアンドロイドの関係はどうあるべきなのだろうか?
「……取り乱してすみませんでした」
「いや、響君が神経質になるのも解っていた筈なのに、あんな脅かすような引き留め方をした僕の方が全面的に悪かったよ」
九喜先生いわく、診察を始めた当初は、アンドロイド同席の元でカウンセリングを行っていたらしいんだけど、それだと色々と問題があったらしい。
「いやね、響君とアミィちゃんなら大丈夫なのは解りきってるんだけどさ、患者さん達の話を同時に聞こうとすると、話が拗れることが多くって多くって! とはいえ、患者さんはみんな平等に扱わないとだから、二人にも同じ様に話を聞こうってハ・ナ・シ」
ああ、だから、九喜先生はあんな同意書にサインをさせたのか。それでも、やっぱりアミィがテレサさんに噛み付かないか心配だ。
「そうだねえ、いい機会だから、響君にも人間とアンドロイドの関係に於ける、寂しい現実を教えてあげようか」
そう言って、九喜先生はこれまで幾度も見て来たであろうリアルな実情を、大まかな診察の流れに沿って、俺に話してくれた。
「まず、僕が人間の、テレサちゃんがアンドロイドの話を個別に聞いて、その情報を擦り合わせて、患者さん達にそれを踏まえたアドバイスをする訳なんだけど……」
そこで九喜先生は軽く溜め息をつき、俺に質問を投げ掛ける。
「そこでさ、超高確率で『待った』が入るのよ、それも人間側からさ。何故だと思う? 響君」
「いや、その、俺にはちょっと……」
「うん、そうだよね。これは君とアミィちゃんの関係だと起こり得ない話だから、それも仕方ない」
九喜先生の語り口のトーンが、段々と下がっていくのが解る。そして、九喜先生はそんなテンションのまま話を続ける。
「そうだね、ニュアンスに違いはあれど、大体は『そんなことを言った覚えはない』『それは誤解、曲解だ』『自分に都合が悪いから嘘を言っている』って感じで、アンドロイドを責めるのよ」
「そんな、アンドロイドがそんなことをして、一体なんの得があるんですか? 主人の為にアドバイスをするのが役目の筈のアンドロイドがそんなこと……」
俺は九喜先生に自分が感じたままの意見を述べた。するて、九喜先生はニッと軽く囗角を上げて笑ったかと思うと、また元の沈んだ面持ちになる。
「いや、全くを以てその通り、その通りなんだよ。つまり、嘘を言っているのは九分九厘、人間の方なんだ。勿論、認識の齟齬があったりすることが無い訳じゃないけど、話を詰めていくと、ほぼ確実に人間側の言い分に矛盾が出てくる」
「それはつまり、アンドロイドの機能に障害があるんじゃなくて、問題の原因は人間の方あると?」
「ご名答、その通りだ。これまで僕が扱ってきた事例の大半はこのパターンに当てはまる。要するに、アンドロイドが理に敵っていない事柄を指摘して、それに対して人間が感情論で反発してるってことだね」
そんな、意味が解らない。それじゃあ、アンドロイドを側に置く意味が全く無いじゃないか。
「アンドロイドの思考はいつだって理詰めだよ。そこに人間様が『アンドロイドに人間の感情が解って堪るか』『もっと柔軟にものを考えろ』なんて言うもんだから、可笑しくて堪らないよ。端から聞いていたら、明らかに人間の方が無茶苦茶言ってるんだから」
九喜先生はまた軽く溜め息をつきながら、弱々しく笑う。九喜先生の話は、まだまだ続きそうだ。
「そこで、僕とテレサちゃんで、問題の解決策とアンドロイドの性質を説明しながら、患者さんを説得するんだ。そうすれば、九割がたの患者さんは『そういうもんか』って納得してくれるし、現状に正しく向き合ってくれる。でも、その残り一割が問題でさ」
九喜先生は、このままだと喋ることすら難しくなりそうな程、だだ下りのテンションで言葉を絞り出す。
「居るんだよ、『そんなことはいいから、この生意気なアンドロイドを何とかしてくれ』って言う人間がさ。自分達の落ち度は棚上げして、一方的にだよ」
「九喜先生、あの、大丈夫ですか? なんだか、顔色が……」
「あ、ああ、ゴメンゴメン、ちょっと色々思いだしちゃって、つい」
九喜先生は強引に引き吊った笑いを浮かべながら、大分曲がっていた背筋を伸ばした。そして、九喜先生は幾分シャキッとした面持ちで、俺に再び質問する。
「でもね、そんな患者さんは捨て台詞を吐いて帰ったが最後、ほぼ百パーセント二度とここに来ることは無い。かと言って、僕のところにクレームが来る訳でもない。何故だと思う?」
「いや、今の話だと、その一割の患者さんは、また何度でも来るんじゃ……」
「ところが、だ。ここで響君には言っていなかったあることが効いてくるんだよ」
なんだ、今の話の中で、特に不明な情報は無かったんじゃないかな。俺が頭の上に『?』を浮かべていると、九喜先生が答えを教えてくれた。
「実はね、患者さん達に僕が話している間、アンドロイドには口を一切挟まないようにお願いしているんだ。自分の主人が何を言おうが、一切、ね。すると、アンドロイドはそれを見て何を思うだろうか?」
新しい情報と、九喜先生の念押しを聞いた俺の頭のなかにとある考えが浮かぶ。でも、その事実は、あまりにも哀しいものだった。
「その顔を見るに、響君は自力で答えに辿り着いたみたいだね。そう、そうなんだよ。そんな主人を見たアンドロイドは、主人を見限るのさ。『この人間には、もう何を言っても無駄だ』ってね」
確かに、その理屈は解るけど、それがもう二度とここにやって来ない理由と結び付かない。
「それじゃあ、何故、その患者さんは二度とここへは来ないんですか?」
「それはね、単純な話なんだよ。主人を見限ったアンドロイドは、忠実に主人の命令をこなすようになる。と言うより、『与えられた命令しかこなさないようになる』と言った方が正しいかな。助言もしなければ諌めもしない、だだ、黙って、言われたことだけをやるのさ」
「そんな、それじゃあ、アンドロイドである必要性が全く無いっ! そんなの、一昔前の喋るだけの家電と変わらないじゃないですかっ!」
「ま、彼らはそれで満足なんだろうさ。彼らはアンドロイドに対して、今、響君が言ったように、家電に手足が付いているくらいにしか思ってないんだろうね」
そんな、そんなの、あまりにもアンドロイドが不憫だ。本当は、人間を論理的な思考を以て導いてくれる存在の筈なのに。
「哀しい話だよね、本来は人間とアンドロイドがお互いを
俺はアミィから影響を受けて、少しずつ成長しているのを実感しているし、アミィだって、それは同じな筈だ。それだけに、九喜先生の無念は理解できるつもりだ。
「人間はいいよ? 納得するにしても成長の機会を放棄するにしても、それはそれで満足なんだから。でも、それじゃあ、人間のせいで本来の役目を放棄せざるを得なかったアンドロイドはどうなるのさっ!」
九喜先生は、拳を握って机を強く叩く。その目には、決して少なくはない涙が浮かんでいた。
「あの、九喜、先生?」
あまりに九喜先生が感情を剥き出しにしたもんだから、これには驚かずにはいられなかった。俺が恐る恐る声を掛けると、九喜先生は我に返ったように眼鏡を取り、袖で涙を拭う。
「いやっ! 本当にゴメンね、こんな格好悪いとこ見せちゃって。慣れないなあ、やっぱり、こんな話するのはさっ!」
俺でも容易に解る程、今の九喜先生は空元気で何とか医師としての体裁を強引に繕っている状態だ。
そんな九喜先生に、どんな声を掛ければいいかを考えていると、九喜先生の方から、俺に話を振ってきた。
「ちょうどいいや。響君、もしよかったらなんだけどさ、少しだけ、僕の昔話を聞いてくれないかな」
この流れでこんな話をするってことは、多分、九喜先生がここまでアンドロイドの存在価値に入れ込む理由に関係する話なんだろう。
「はい、是非、聞かせてください」
「ありがとうね、響君。決して聞いてて楽しい話じゃないけど、響君なら、この話に共感してくれると思うから、そう言ってくれて本当に嬉しいよ」
アミィとテレサさんが何をしているのかも気になるけど、それと同じくらい、九喜先生の話にも興味がある。
あわよくば、これから九喜先生がする昔話の中に、アミィの為になる話があったらいいんだけどな。
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