三章 アミィの目覚め

第23話 散歩道、弾む会話

 アミィを九喜先生のところに連れていってから半月ほどが経った。でも、紹介された住所の場所にはまだ訪ねていない。


 あの日は、部屋に戻った途端にこれまでの疲れがドッと押し寄せてきたのか、せっかくデパートで買った惣菜にも手を付けずに、玄関で倒れ込んでしまったんだ。


 アミィには本当に悪いことをしたとは思うけど、それ程までに俺の疲労は限界だったらしい。最近、根を詰め過ぎていた自覚はあったけど、『アミィの為なら』と思う気持ちがそれを遥かに上回っていたんだろうな。


 そんな訳で、今日はリフレッシュがてら、アミィと一緒に近くの公園にやって来た。アミィの要望もあったし、思いきって有給を使って、今日は一日オフだ。


 思えば、こうして目的も無くアミィを外に連れ出すのは初めてだったりする。

 前に買い物を頼んだときに、軽く症状が出た日からアミィには出来る限り部屋に居てもらっていたからな。


 アミィだって、口には出さなくても外に出て羽を伸ばしたかったに違いない。現実、行き先が公園に決まったのもアミィからの要望があってのことだし。

 だったら、今日は特になにも考えずにただアミィとの時間を過ごそう。平日なだけあって、それなりに広い公園にも人の姿はまばらだし、ゆったり過ごすのにはもってこいだ。


「さて、それじゃあ、まずは適当にぶらぶら歩いてみようか、アミィ」


「あの、ご主人様?」


「ん? どうしたんだいアミィ」


「その、もし体調が優れないようでしたら、すぐに言ってくださいね? 私、疲れに効くハーブティーを持ってきましたから」


「大丈夫だって。最近はアミィが淹れてくれるお茶のお陰でゆっくり眠れてるし」


「そう……ですか?」


 俺が倒れた日から、前にも増してアミィは俺の顔色を窺うようになった。俺が目覚めときのアミィの泣き顔は、今でも脳裏に焼き付いている。


「それでも、やっぱりダメそうならちゃんと言うから。もうアミィをあんな風に泣かせたくないしね」


 前までの俺なら、『そこまで心配しないで』なんて言っていたのかもしれない。でも、それじゃ駄目なんだよな。

 アミィには、俺が無理をし過ぎないようにするストッパーになってもらわなきゃ。頼るところは頼らないとだ。


「あ、あのときは本当に心配で心配でっ! もしご主人様がこのまま目覚めなかったらと思ったらもう……!」


「ハハハ、それは大袈裟だって。そんなことより、俺が倒れたせいで、せっかく買ってきたケーキ、ダメにしちゃってゴメンね、アミィ」


「ふふっ、二回目ですよ、それ言うの。いいんですよ、ご主人様がご無事でしたら、そんなことどうだって」


 こんな会話をしながら二人で池の回りを歩いているうちに、俺にもアミィにも少し余裕が出てきたみたいだ。

 さっきまで俺の顔を心配そうに見上げていたアミィの表情が、だいぶ柔らかくなっている。その笑顔が、俺の疲労を回復する一番の特効薬だ。


 池の周りをぐるりと一周。その足で公園の中心へと向かう。道中の会話の種は、やっぱり九喜先生やテレサさんについてが主だった。


「俺、アミィがテレサさんとバチバチにやりあってるのを見て、『アミィも怒るときは怒るんだな~』って思ったよ」


「あ、あのときのことは忘れてくださいっ! あ~、私、あんなにいい方のことをあんな風に言うなんて……!」


「でも、結局は仲良くなれたんだし、結果オーライってことでいいんじゃないの? むしろ、あれが却ってよかったのかも」


「そうだったのかもしれませんね……。あっ! 確かに、テレサさんも同じようなことを仰ってましたっ!」


「そうそう、そんなもんなんだって。これからも、アミィには我慢せずにそうやって自分の気持ちに正直であって欲しいな」


「でもでも、それじゃあ、ご主人様にご迷惑をおかけしちゃうかも……」


「そこは気にしないでいいよ。どんなに俺の世間体が悪くなっても、アミィに慰めてもらうから」


「そ、そんな、ご冗談を……」


「えっ!? アミィは俺を慰めてくれないの!?」


「いえっ! そそそのようなことは、ないのですが……」


「ハハッ! ゴメンゴメン、ちょっと意地悪が過ぎたね。大丈夫、俺だって曲がりなりにもアミィの主人だから、その辺は覚悟してるさ」


「……解りましたっ! 私、思ったことは正直に言うようにしますっ! も、もちろん、常識的な範囲で、ですが……」


 アミィが非常識な物言いをするなんて微塵も思ってはいないけど、怒ったら結構喧嘩口になることは先日実証された。

 勿論、そうなったらお互いが冷静じゃない場合だってあるし、ある程度の覚悟は必要そうだ、頑張れ、俺。


「いや~、今だからこんなこと言えるけど、やっぱりあの火事の演出はやりすぎだったよな~」


「あのまま消防車呼んじゃってたら、やっぱり怒られちゃいましたよね~」


「ホントホント、俺、あのとき最後の『9』を押す直前だったからね。そこは九喜先生には大いに反省して頂きたい」


「でしたら、次に行くときに私がご主人様の代わりに九喜先生にそう言いましょうか?」


「いや、それはテレサさんに任せていいんじゃないかな。テレサさんも帰り際に『さすがにあれはやり過ぎ』って九喜先生に言ってたし」


「ですよね~、でも、あのときご主人様が私のことを庇ってくれようとして下さったの、本当に嬉しかったですよ?」


「そ、そんなことあったっけ?」


「はいっ! ご主人様、覚えていませんか?」


「いや、あのときはそんな余裕なかったから。アミィ、よく覚えてるね」


「私も一応はアンドロイドですから、ご主人様が私にしてくれたことはぜ~んぶ覚えてますよっ!」


「……そっか、そうだよな」


 そう、アミィは全部覚えてくれているんだ。これまでのことも、たぶん、これからのことも、いい思い出も、良くない思い出も、全部。

 だったら、これからアミィが記憶記録していく思い出は、全部楽しいものであって欲しい。それなら、何も言うことはない。


 でも、それは理想であって、現実はそうはいかないもんだ。楽しいこともあれば苦しいこともある。それが人生、仕方ない。

 その現実を、俺はすぐに思い知ることになる。アミィと公園で過ごす穏やかなひとときは、不意の災難で、容易く終わりを告げることになったんだ。

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あじさい色のアミィ~永久に枯れない花束を~ ゴサク @gosaku0407

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