14ページ目 キミを直視できないのは、夕焼けがまぶしいから
トサカ先輩に黒魔術をかましたあと教室へと戻ると、なにか騒がしい。
羨望のまなざしを送る男子と、嫉妬のまなざしを向ける女子生徒達の微妙な空気が漂っていた。
何ごとかと思えば、佐咲が美女と楽しそうに談笑していたのである。
うしろ姿しか確認できなかったが、あの見覚えのある金髪、峰岸アカリだった。
クラス全体が浮足立つほどの金髪美女なんて彼女以外居ない。
皆の視線が佐咲の席に集まるのはいつものことだけど、アカリにも注目が集まる。
ボクはすでにクラスで嫌われ者だが、それをさらに加速させるようなこともしたくない。
だから彼女と話すのは避けたい。
皆の視線を妨げないように、そろーっと椅子に座る。
「あれっ、キミは?」
「あぁっ?」
やばっ。びっくりして裏声が出た。しかも上目遣いでガン飛ばしてしまった。
「うっわ。なによその反応」
ドン引きした表情でボクを見るアカリ。久しぶりに彼女と目を合わせたが、やばいな見とれてしまう。その深青の瞳に魅入られて、時が止まったかのように固まってしまった。
「なに? じーっと見て」
「えぇーっと誰でしたっけ?」
「なに言ってんのよ。この前会ったでしょ!」
「イヤ? 覚えがないですよ」
もちろん覚えてますし、忘れるわけも無いんです。
だけどあなたとしゃべると目立つんです。
だから嘘ついてでも早く会話を終わらせたいんです。
「なんだアカリ、クラマのこと知ってんのか?」
「そうだよ。この間ちょっと話す機会があって。そっか、瞬くんと友達だったんだ」
「まっ、まぁな。オレは友達だと思ってたんだけど。まぁいいじゃねーか、この話は終わりだ」
佐咲の方がボクの意図に気付いちゃったよ。
しかし、あの一件があっても“友達”と思っている佐咲に少し心がチクっとした。
「ところでアカリ、来週の生徒会なんだけど」
「うん、わかってるって。インハイ予選前の最後の追い込み練習で忙しいんでしょ?」
「そうなんだよ。ウチは万年、県でベスト8止まりなんだけどさ、今年はみんなやる気で監督もすっげえ気合入ってて、どうしても抜けられないんだよ」
「それは瞬くんが入ったからだよ。1年生にしていきなりスタメンだしね。さっすが大型新人! それに比べて私なんか、レギュラーどころかベンチ入りすら……」
「アカリは部活行ってなさすぎだって。大体いろんなことに首突っ込みすぎだ。女子バスケに、茶道に、生徒会に、学級委員に、果ては体育祭実行委員ってリア充とおり越して社畜か。そのうち体壊すぞ」
「いいじゃん。どれもすっごく楽しいんだもん。日本の高校生活ってホント楽しい!」
「アカリがそれなら別にいいけど」
佐咲もバスケ部と生徒会と学級委員を掛け持ちですごいと思っていたけど、アカリも超人レベルですごいな。
「じゃあアカリ、悪いけど」
「うん、わかった。瞬くんの分も代わりにやっとく!」
佐咲と会話が弾むアカリ。悔しいが、はたから見ても美男美女・才子才女の完璧カップルでお似合いだった。
二人は付き合っているという噂が学年中に広まっていることも知っていた。
「ホントスマン。この埋め合わせは必ずする!」
「うん、じゃあ楽しみにしてます! それじゃあ、そろそろ次の授業だし私行くね!」
「あぁ」
「あと、瞬くんと話し出した途端、たぬき寝入りした後ろの人も、一応またね」
気付かれていたか。始業のチャイムが鳴りだしたため、小走りに自分の教室に帰るアカリ。揺れる金色の髪は、高級な絹糸のように艶やかだった。
「高嶺の花、か」
つい口から出てしまった。
ボクみたいにパッとしない人間は、女の子と少し縁が出来ただけで、すぐに舞い上がる。恋愛耐性のない証拠だ。
授業開始の礼を行いながら、少しばかりの無力感を抱いた。
――*――
魔術解除による連日連夜の疲れが出たせいか、帰りのHRで居眠りをしてしまったらしく目覚めた時には教室にボク一人だった。
窓越しに夕暮れがボクの目に映り込み、しまったなと思いつつ教室を出る。眠い目をこすりながら廊下を歩き、階段に差し掛かったところで、ある人物と鉢合わせた。
「キミぃっ! ちょっと待ったぁ!」
声のする方向、1階と2階の階段の踊り場を見上げたところ、仁王立ちして腕組みをするアカリが居た。
「あー……」
「ポカンと口を開けっぱなしにするな!」
「何してるの?」
「私も今から帰ろうとしてたの! そしたら目の前に、今日、私を他人扱いしたタヌキクンが居るじゃない! だから待てって言ったの!」
「はぁ。階段のうえで仁王立ちなんて」
よく見えるなぁ。ピンクかぁ。思わず拝みたくなる。
「絶景だなぁ」
「なにわけわかんないこと言ってんのよ。そうじゃなくて、今日は何で無視したのかって聞いてるの!」
「あぁそれね。ゴメン悪かったよ」
「えっ、あっさりね?」
「そりゃ誰だって無視されるのは気分悪いでしょ。ボクにも経験あるし」
「なんか肩すかし。まぁ素直に謝るなら、許すけど」
「学園一のアイドルに許してもらえて幸せです」
「ふふっ」
「なに? 急に笑いだして」
「キミっていっつもとぼけてるよね、まるで猫みたい。小さな黒猫。マイペースで気分屋で近寄ると逃げて、だけど素直で。あっ、知ってる? イギリスでは黒猫は、幸運の象徴なんだよ」
「いろいろ言いたいことあるけど、小さな猫って、ボクに対する当てつけ?」
「ああ、ごめんごめん。話は戻るけど、じゃあ、なぜ無視したのよ?」
「目立つから。峰岸さんてどうしても注目を引くだろう。ボクは出来れば注目されずに過ごしたい」
「ええっ、なんでなんで!? 注目される方がいいんじゃないの? 今の時代、目立ったもの勝ちじゃん!」
うぅっ、陽キャオーラが見える。溶けそうだ。
「ボクみたいにちっちゃい奴は、目立たずコソコソと生きるのが処世術になるんだよ。こと背が低い人間は目立つと叩かれやすいし、下手するといじめのターゲットになりやすい。波風立てず穏便に生きる方が、コスパがいいし楽なの」
「何それ? そんな不当な圧力が降りかかったら、正々堂々と戦えばいいじゃない!」
「そんな簡単にいうなよ」
お国柄の違いか、自分というものをちゃんと持っていて、それを害されると戦う姿勢なんだな。うらやましいけど、気の弱い日本人であるボクはさっさと逃げる方向に向かう。もしくは卑怯な方法を使って復讐する。
「ところでキミのクラス、なんか雰囲気変じゃなかった?」
アカリは話題を変えた。
話題の内容が内容だけにボクはドキッとした。
「そっ、そうかな?」
「まぁ、いっか。キミは変わって無さそうだし」
他のクラスから見ても違和感に気付くほどなのか。ちょっと黒魔術を控えたほうがいいかな。
「そう言えば瞬くんの後ろの席だったんだねキミ。何度か瞬くんのクラスに行ったことあるけど、一回も見たことなかったし、知らなかったよ」
当然である。ボクは休み時間は校内のボッチ散歩に勤しんでいるからね。休み時間に教室で見かけたらレアですよ。
「瞬くんと仲良くしてあげてね。あんな風に見えても彼、自分に自信が無いから」
しかし、ここで佐咲の話か。なんか親しげな感じで、複雑な気分だ。
「峰岸さん、あのさ……」
(佐咲と付き合っているのか?)と、本当は聞きたかった。けど、
「うん? 何?」
夕焼けをバックに髪をかき上げながら、キラキラした瞳でこちらを見るアカリ。まぶしくて、ふと目を背けてしまった。
「すぐそうやって目を逸らして。本当に猫みたいだね」
夕焼けのせいで、クスクス笑う彼女の顔がよく見えない。
「じゃあ、またね」
「ああ、また明日」
階段を降りる彼女にすれ違いざまに掛けられた「またね」の言葉。
今度はちゃんと返すことが出来た。
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