11ページ目 ハラグロ魔術書による魔術解説
「ただいま」
「あら、今日はやけに早いじゃない。まだ12時前よ? もしかしてサボり?」
母は専業主婦のため、こんなまっ昼間に帰っても出迎えてくる。ボクは学校をサボったため、バツが悪かった。
「サボりじゃない。頭痛がするから早退してきただけだ」
「ふーん。その割には顔色よさそうだけどねー。まっ、表情は暗いから頭痛ってことにしといてあげる」
さすが母だ。ボクの考えを見透かしている。
「言及しないのかよ」
「あらっ、ツッコんで聞いてほしいの? でも私、これから「お昼なんです」を見るから、あんまり相手してられないのよー」
「息子より情報番組かよ……」
あっけらかんとした母の対応に肩透かしを食らったが、これが母の通常運転だ。
ボクもいつもどおり土蔵にこもることにした。
「あれぇ? 今日は早いですね。そして、いつにも増してシけたツラして」
いつもどおりの辛辣なコメント。
すべてクシャクシャに丸めて、無視させていただきます。
「しけてるのは、お前の中身だろ」
「おっ、ムキになって怒らず、含みのある嫌味が吐けるようになりましたね。エライエライ!」
ノミコはボクが成長したと勘違いしているようだが、それは違う。ノミコの言葉に構う気分ではなかっただけだ。頭の中は、安原やクラスメイトへの復讐心だけが渦巻いていた。
「それより、すぐ作業に取り掛かりたいんだけど」
「なんだか張り切ってますねぇ」
「そうだ。ボクには明確な目標が出来た」
「ほぅ、目標とは?」
「復讐だ! ボクを蔑む奴らを全員黙らせてやるんだ!」
「うっわ、バカな目標ですねー。復讐は何も生みませんよー。と月並みなことを申しておきましょうか」
そう言いながら、やくざなネェちゃんが服を脱ぎ、タトゥーが入った体をさらけ出すように、自らページを開くノミコであった、
「でも、そういうどストレートな黒い感情はワタシ大好物なんで、今日も注入お願いしますね」
「わかったから黙って受けろよ」
「ああああぁぁぁん! こんな快楽に決して屈しないんだからっ!」
ノミコの悶絶する声が土蔵に響き渡った。
「はぁはぁ……」
「ふぅふぅ……」
「よっ、良かったですよ……。アナタ」
カバーを仰向けに、ぜぇぜぇと息を漏らしながら感想を語るノミコ。完全にピロートークだ。虚しすぎる。
「悲しくなるんで黙ってろ……」
「それにしても、今日のあなたの魔力は良い感触でしたよ」
「はっ? 魔力に味とかあるのかよ?」
「イメージの問題ですよ。今日のあなた、すごく荒々しかった。例えると、プレーンヨーグルトに砂糖を加えると、粒が溶け切らずに“ジャリッ”とした感触が舌に残るでしょ。そんな感じです」
コイツの例えはいつも独特だ。
息が整ったのか、ノミコはボクをなめ回すかのように、頭上をフワフワと一周するのであった。
「このペースだと、あと2日で封印が解除できますね」
「ホント!? 昨日は『あと1週間』って言ってたじゃん」
「予想以上にアナタが頑張ったので早まりましたよ。ワタシの目に狂いはなかったです」
「そうかぁ。あと2日かぁ。そうだ、そろそろどんな魔法が使えるか教えてくれ。火とか氷とか派手に出るタイプがいいな。かっこいいし!」
「あれっ? あなたのいだく黒魔術のイメージって、かなり直接的でファンタジーな感じだったんですね。ハッキリ言いますが、そんなこと出来ませんよ?」
「えっ?」
「だって危ないでしょ! 風ならともかく、火の玉が出たり、水が大量に放出するような術だったら、ワタシ自身が燃えるし、ふやけるじゃないですか。わざわざ自分の尻に火をつけるようなバカなことはしませんよ」
「えぇっ……」
出会った時から、コイツの妙に世知辛いところにはガッカリだったが、今回はさすがに心が折れそうだ。
「じゃあ、黒魔術ってなにが出来んだよ……」
「相手の気持ちを“どんより”させることが出来ます」
「はいっ?」
「だーかーらー、みんなをダウナーな気分にさせられます」
「あー……うん……それはスゴイね……」
地味だ……。
一か月間、満身創痍でがんばってきたのに……。
ただのデバフかよ。
「わっかりやすいですねー。期待ハズレだって顔してますよ」
「そりゃ、こんだけ頑張って、相手の気持ちを暗くさせるだけだろ。そんなもん鬱映画見させれば誰でも出来るよ」
「やれやれ。体だけでなく、心もガキそのものですね」
「なんだとっ!?」
「こんな挑発も流せないからガキなんですよ。いいですか? ワタシのマインドコントロールは催眠術やメンタリズムといった、そんなチャチな代物では無いんですよ」
ノミコはたまにドス黒い雰囲気を纏うことがある。その時は場の空気が支配されるような息苦しさを感じる。
その時が今だった。
たいていはノミコがおチャラけて一瞬で過ぎ去っていたが、今回はいつもと違っていた。
「私の黒魔術は精神に影響を与えるんです。対象が喜んでいようが、怒っていようが、哀しんでいようが、楽しんでいようが、それらすべてをすっ飛ばして、立派な虚無主義者や厭世家を誕生させられるんです」
静かに、ゆっくりと、諭すように、しかし、ほんのわずかな慈悲も与えない、暗い口調だった。
「『死ねっ!』と言われて本当に死ぬ人なんて、ふつう居ないですよね。だけど私の力を使えば出来るんですよ。人の意思を、まるで木の枝を折るように“ペキッ“と……。それはそれは簡単なことですよ」
淡々としゃべり続けるノミコに、初めて“恐怖”という感情が沸き起こった。
「いま降りるのは別に構いませんが、それではこれまでと何も変わりませんよ」
黒いモヤと底知れぬ異様さが辺りを包み込む。コイツが人知を超えた魔術書だということを再認識した瞬間だった。
「見返したいんでしょ? あなたをあざ笑う愚か者たちを」
心の中を見透かすように語りかける。
「復習したいんでしょう? いいんですよ気の済むまでやれば……」
「こっ、こいつ……」
「さぁ、ワタシを受け入れますか? 引き返すなら今ですよ?」
あきらかにボクを焚きつけている舐めた口調だった。
これ以上、コイツに関わると危険だと感じた。引き返すなら今だとわかっているのだけど……。
だが、それだと中学のときと一緒だ。佐咲にこき使われる生活が待っている。
暗くみじめな三年間……。
ボクは無言のまま、首を縦に振った。
「それは「了解」と捉えていいですね」
終始、不気味なノミコに圧倒されてしまった。
「そうそう。あなたはワタシを解放する以外、幸せになれる道なんて無いんですよ」
ボクは、1か月間ノミコと生活を続けて、ほんのすこしだけ友情のようなものを感じていた。毎日漫才のようにバカを言いあって、共通の目的をもって力を合わせる。歪な関係ながらも、この駄本を相棒のように感じつつあった。
「せいぜい、ワタシのためにも封印を解いてください。まぁ損はさせませんので、期待しててください」
しかし、実際はコイツも自分を利用しようとしている奴だった。
そうか、信じられるのは自分だけか……。
そんな気持ちでいっぱいになり悔しかった。その悔しさを復讐への原動力に、解呪作業の続きを行う
――そして2日後、とある魔術が解禁された。
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