12ページ目 シロウトでもできる黒魔術

黒魔術が解放された日の翌日。



「あっ、クラマ……」



「……」



 佐咲に逆ギレして以来、お互いヨソヨソしくなっていた。


 この数日間でつくづく実感したんだが、ボクの学校内での立場や平穏は仮初めだったらしい。佐咲がボクに構っているから、皆がボクにお情けで話しかけてくれたのだ。ということを思い知った。


 今は疎外感にも似た孤独を満喫している。皆もボクをあからさまに避けている。佐咲を気遣っているんだろう。


 たいてい、こういう時は周りがあれやこれやとおせっかいを回すものだ。



「うぃーす! 瞬、今日も暑いなぁ!」



「おお、安原。おはよー」



「うわっ、椎音も居た。チビすぎて存在感無くて気づかんかったわ!」



 ほら、その証拠がこれだ。ボクが寝ている(フリ)をいいことに、安原がボクに対する罵詈雑言を堂々と吐いてきた。



「おはよー瞬。今日も元気ぃ?」



「おす、新山。もしかしてイメチェンした? 髪型違う気がすんだけど」



「あっ、わかるぅ? ちょっとパーマ掛けて、レイヤー入れて、全体にカール入れてボリュームある感じにしたんだぁ。可愛い?」



「あー似合ってる似合ってる」



「ありがとぉー」



 新山よ。佐咲はお前の言ったこだわりを絶対にわかってないと思うぞ。



「あっ、そういえば後ろのヤツ、謝ってきたぁ? もう3日経つんだけど?」



「いや、別にケンカしている訳じゃ……」



「あんなの、どう見ても椎音が因縁つけてきただけじゃん! あたしも『ちゃんと謝れ』ってメッセージ入れたのに信じられない! 瞬も優しすぎっ! 聖人かよ!」



「あぁ、心配かけてごめんな。まぁ、俺と鞍馬の問題だからよ。ありがとな」



 佐咲はそう言うと、トイレだと言って逃げるように教室を去った。


 


 ……なんだこの茶番劇。またしても新山のダシにされてしまった。(瞬のためを思って正論を言ったあたし。ちょーけなげ。これで瞬の好感度をゲットだぜ!)と、彼女はしたり顔をしていた。


 


 このように朝からボクの癪に障ることが多い。


 そうだ、まずはこの二人を黒魔術の餌食にするか。


 トリガーになる呪文を唱えるだけで、魔術が発動する仕組みだとノミコから教わった。



「呪縛の枷に縛られ陰鬱なる闇の世界に浸れ。ネクラになぁれ!」



 実は「呪縛の(以下略)浸れ」までは不要だ。


 ただ「ネクラになぁれ!」と唱えるだけで良いんだが、バカッぽいから少しでもカッコよくしたかった。



「アイアイサー!」



 呪文を唱えたことで、カバンに入れていたノミコが答えた。


 本から魔力が溢れだし、やがて黒い雨雲のような瘴気が広がり、安原と新山の全身を覆った。



「おぃ、これって本当に他人には見えないんだろうな……」



 ボクはノミコに小声で確認した。



「だぁいじょうぶですって。魔法も私の声も一般人には聞こえない仕様になっていますので、ご安心を。それより二人の様子見て下さいよ!」



 ノミコにうながされ視線を移した。



「あぁ……っ、うぅっ……、おぉっ……」



「エェっ……、エヒヒヒヒッ……ッ、アアア」



 二人の様子が見る見るおかしくなっていった。


 視線もどこか虚ろで、ヨダレを垂れ流すありさまである。



「はい。いっちょ上がり!」



 ノミコの魔術が完了したようだ。


 黒い雲は晴れ、今度は二人の体から黒いオーラが発せられていた。


 どうやら成功した……のかな?



 それと同時に佐咲が教室に戻ってきた。



「わりぃな。途中抜けちゃって……って、おい、お前らどうした?」



 佐咲も二人を見るや否や様子がおかしいことに気付いたようだ。



「ウルサイ……話しかけんな……」



「えぇっ、耳障りね……」



「どっ、どうしたんだ!?」



「佐咲さんみたいな高貴な偉いお方には、俺たち日陰者の気持ちなんてわからないんだよ……なぁ?」



「そうね……。クラスの頂点に君臨する佐咲さんは、私達みたいに必死に頑張ってもがいて、今の地位にしがみついている私たち虫けらの気持ちなんてわからないでしょうし」



「おっ……おい! お前ら!?」



 取り乱す佐咲を見るのは新鮮だった。


 いつも犬みたいにシッポを振って佐咲にすり寄る二人が、ここまで手の平を返すなんて。


 クラスのみんなも二人の変わりように驚きを隠せず、どよめいていた。



「オレが居ないときに何があった? おかしくなったのか?」



「おかしいって……俺達いっつも劣等感を感じてたよなぁ?」



「そうよね……私も、陽キャとかホントは趣味じゃないんだけど? あんたに合わせないとみんなからハブられるからさー」



「佐咲ってさ、俺たちのことナチュラルに見下してるよねぇ?」



「アッ、わかるぅ。なんかさぁ『俺は人気者だから相手してあげてます』ていうオーラ出してるよねー。何様だっての! あっ、オレ様か。ハハハハッ」



「ッ……。オマエラ、そんなこと思ってたのかよ!」



 アララッ……佐咲、教室出ていっちゃったよ。やりすぎたか?



 アイツもさ、挫折感を味わわないといけないと思うんだよね。


 それがアイツのためでもあるし、今のボクのためにもなる。「Win-Win」の関係だ。


 とはいえ、クラス中大混乱だな……。寝たふりを止め、クラスをぐるーっと見回す。


 佐咲が出て行ったあと、自席に戻った安原と新山の周りには、親しい友人たちが心配や説得する陰で、その他のクラスメイト達はひそひそと噂話をしている。


 しかし、安原と新山は友人達の忠告もどこ吹く風だった。


 普段の二人には絶対に無い反応だ。



「お前、すごいな」



「だから言ったでしょう。『精神へと強制的に介入する』って」



「ところで、あの状態は何時間持つんだ?」



「半日ってところです。しかし、あなた次第で持続時間や範囲効果は変わっていきますよ」



「どういうこと?」



「簡単に言えば、効果と時間と範囲は、トレードオフの関係です。例えばクラス全員をネクラにしたいと思っても、今のあなたではせいぜい2、3分が限度でしょう」



 なるほどね。



「逆に、誰か1人に対して人生を投げ出したくなるような挫折感を与える、ということも可能です。しかし、効果時間も短いですし、すぐにケロッとするんで、周囲の人間からは、気が触れたか道化を演じていたか程度にしか思われませんが……」



「いやいや、普通みんなドン引きしますよ」



「そうですかぁ? 案外、大丈夫ですよ。その人の汚点にはなりますが、周囲の人間は面白おかしく茶化すだけですから」



「さらっと、一生のトラウマになりそうなことを」



「そうですね。その人にとって黒歴史になる可能性は高いですね。だけど、これをあなたに言ったのは、自覚して欲しかったからなんですよ」



「何をだ?」



「ワタシを持つことがどれほど恐ろしいかということを。どうでしたか? 初めてのく・ろ・ま・じゅ・つ」



「うん……えげつないよ、まじで。だけど、おまえ本当に腹黒いな」



「あん! もっと言ってください!」



 ダメだ。皮肉を言ってもノミコを喜ばせるだけだった。


 いずれにせよ、第一の復讐は遂げた。あの二人が正気に戻った時が楽しみだ……。


 罪悪感も無いわけでは無いが「清々した」という想いの方がボクの中で勝っていた。



 ボクも外道に堕ちたな。



 ノミコを使う本当の代価は、これだったのかもしれない。



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