19ページ目 アカリちゃん爆誕!

 そう、どこぞの名探偵の逆バージョン。

「体は大人、頭脳は子供」のアカリちゃんが爆誕したのであった。


「おい、どうすんのどうすんの?」


「おっ、落ち着いてください。ネクラ魔法は一時的なものだから、必ず効力が消えるはずです」


「それはいつだよ!」


「わかりませんよ。こんな事態初めてなんですから」


 ボクらは軽いパニックに陥った。


「あー、本が浮いてるー。もしかして本がしゃべってるの? アカリともお話ししてー」


「ノミコ。アカリちゃんがお前をご所望だぞ」


「えぇっ? 嫌ですよ。何が悲しくて、にっくき白魔術士の相手をしないといけないんですか」


「そこを何とか頼むよ」


「い・や・で・す!」


「……今夜も楽しませるから」


「もぅ。仕方ありませんねぇ」


 しぶしぶながらも、精神だけ幼児化したアカリ改めアカリちゃんに、ちょうちょのように空中浮遊を見せるノミコ。


「ほら、これで満足ですか」


「わぁ、すごいすごぉい! お魚さんみたいに泳いでるー。ねぇどうなってるのー?」


「いだっ! いだだだだだっ! 急に掴まないで!」


 頭の周りをぷかぷか浮遊するノミコに興味が湧いたのか、おもちゃにするアカリ。

「いたい、いたい。叩かないで。引っ張らないでぇ」


 すまん、ノミコ。この埋め合わせは必ずするから。


「ねぇ、アカリちゃん」


「なに? ろりこんのおにいちゃん」


「うっ……。ボクは、ロリコンじゃないよぉ?」


「そうなの? あっ、そうかぁ。お兄ちゃんもちっちゃいもんね。アカリとおない年?」


「うーん……。ボクの方が少し年上だと思うよぉ? ところでアカリちゃんは、今いくつなのかな?」


「アカリ? アカリは7さいなのー」


「ボクは7才児と一緒か!」


 しまった、つい大声でツッコんでしまった。

 だって7才児って。いくら身長が低いからって!


「ふぇっ!? うぅ……うえぇぇっ……」


「ああぁ、ごめん! 泣かないでアカリちゃん」


「うぇぇぇぇん!」


「ど、どうしたら」


「あーぁ泣ーかせたー」


「そこ茶化さない。泣き止んで。ね? そうだ!」


 ボクは昼食後に飲もうとしていたイチゴ・オレをポケットから取り出した。


「ほらっ、これ上げるから、許して。ねっ?」


「うん……」


 おとなしくイチゴ・オレをチュルチュルと飲むアカリちゃん。

 ほほえましい光景だけど、今後のことを考えると頭が痛い。

 ここで、ほっとくわけにもいかないし。


〈ぐきゅるるるるうううっ〉


 今度は轟音が体育館裏に響いた。

 この音は腹の虫か? 発信源はボクではないと言うことは――


「おなかすいた……」


 アカリちゃんでしたか。


「おなかすいたおなかすいたおなかすいたあ! ごはんごはん!」


 ほんと、どうしたもんか。


 ――*――


 ダダをこねるアカリちゃんをなだめつつ、ボクは自宅へと戻った。

 ノミコには先に土蔵に戻ってもらうことにした。

 アイツが居ると絶対面倒ごとへと発展するからな。


「ただいま」


「はいはいお帰り。今日はどんな病気? 青春を謳歌しろとは言ったけど、不良になれとまでは言ってな――」


「じぃー……」


 アカリちゃんは警戒してか、ボクの後ろに隠れていた。


「きゃあああ! クラマが女の子連れてきたあああっ! しかもすんごい美人の! もしかして彼女?」


「違うわい!」


「おばちゃんだぁれ?」


「このおばさんが、おいしいご飯を作ってくれるからねぇ。もうちょっとの我慢だよぉ」


「なんなのその話し方? どう見ても高校生なのに幼稚園児に語りかけるみたいに。もしかしてクラマ、もうその年で幼児プレイをっ?」


「だから違うって!」


「そうなの。じゃあ彼女でもない子を自宅に呼び込んで、あんた何をする気なの?」


「いろいろと事情があるんだよ。それより母さん。この子のために飯作ってくんない? 理由は後で話すから」


「やぶから棒にどうしたの?」


「この通り!」


 ボクの必死のお願いに、いぶかしげな顔をしつつもキッチンへと向かう母。

 アカリちゃんを居間に上げ、適当な子供向けアニメを見せると、彼女はテレビにくぎ付けになった。

 少しほっとして、母の様子を見に行くと、食事の下ごしらえをしているところであった。


「それで我が息子は、あの子とどういう関係なの?」


 包丁で食材を切りながら、とても答えにくい質問をボクに投げかけた。

 彼女との関係っていったいなんだ?

 運命の相手か?

 いや宿命の敵が正しいのか?


「あの子は峰岸アカリさんと言って同級生だよ。今日、体育館裏で盛大に転んで頭撃ったみたいで、記憶が混乱してあんな子供っぽい性格に。それでたまたま、彼女と顔見知りだったボクがその流れで介抱をしたんだよ」


「それ、一大事じゃないの! 病院は?」


「病院は行ってないよ」


「このボンクラ息子は何してんのまったく! ほらさっさと救急車を呼んで。親御さんにも連絡を!」


「あー待って待って大丈夫。大丈夫だから。幸い外傷も無かったし、保健室の先生には見せたけど、記憶が混乱しているだけで一時的なものだから、そのうち治る。って言ってたから!」


 もちろん全部嘘だ。保健室になんて運んでいない。


「ほんとにぃ?」


 眉間にしわを寄せ、疑リ深くボクを見る母。


「あぁ。ホントホント! 嘘じゃないって」


「そう。それならいいけど。でっ、なんで家までお持ち帰りしたの?」


「急におなか空いたって言うもんでさ。ボクも手持ちのお金が無かったし、彼女、両親と離れて一人暮らしのようで、そんな子をそのまま帰すわけにもいかないと思ったんだよ」


 そりゃあ彼女の家なんて知らないし、両親の連絡先も知るよしもないし、何よりも幼児退行している原因が原因だけに人に見せるのはまずいと思ったんだよな。

 そんなことを母に言えるわけもなく、ボクはとっさにそれらしい嘘をついた。


「あぁ、なるほどね。だから私が今ご飯を作っていると」


「そうなんだ。頼むよ、母さんのごはん絶品だし」


「ふーん。うれしいこと言ってくれるじゃない。どこまでホントのこと言っているかはさておき、今日はそういうことにしといてあげる。だけど、ご飯を食べたら、やっぱり病院にだけは行きましょ」

 

 何から何まで見透かされてるようだ。ホント母にはかなわない。


 ――*――


「おいしー。おばちゃんのハンバーグ、チョーおいしー」

 

 口元にソースをいっぱいつけて満面の笑みを浮かべるアカリ。


「ほんと? うれしいわ。まだまだあるからいっぱい食べてね」


「うん!」


 ティッシュでアカリの口元を拭く母。

 いびつな光景だが、本当の母子のようでとても微笑ましい。


「アカリちゃんは何が好きなの?」


「アカリはねぇ、ローストビーフとバタフライケーキとスパゲッティがすきー。だけど、ママがいちばんすき!」


「そう。アカリちゃんのママは、どんな人?」


「アカリのママはねぇ、りょうりがじょうずで、きれいで、とってもやさしかったの! パパもママのことがだいすきだったの。だけど」


「だけど?」


「ママ、アカリが5さいのときに、どこかいなくなっちゃったの。パパは『お空の上のてんごくってところにいったんだよ』って」


 母親を連想させるフレーズにアカリが過敏に反応していた理由は、そういうことだったのか。

 普段の彼女は人に囲まれて、寂しそうな姿を見せないから悩みなんて無縁だと思っていた。

 もしかして、彼女自身、努めて明るく振る舞おうとしていたのかもしれない。

 そう言えば最初のときも、ボクが出ていこうとすると必死に引き留めていたな。


「そう……。今日はおばちゃんをママの変わりだと思って、存分に甘えていいわよ」


「うん! でもおばちゃんはママみたいにびじんじゃないけど」


「ぶふふふっ! ははははっ!」


「何がおかしいのかな、クラマくん? お小遣いをカットされてもいいのかなぁ?」


「すいません調子乗ってました」

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