20ページ目 峰岸アカリ 黒歴史を1ページ刻む

 食事のあと、これまで満たされなかった愛情を補給するかのように、アカリはずっと母にベッタリだった。

 母も娘が出来たみたいで、とても楽しそうだった。


「ママぁ……」


「あらあら、すっかり眠っちゃったわね」


「母さん。ありがとう」


「なに? 改まって」


「いや、ボク1人だと何も出来なかったから」


「こんなことでよろしければ」


「うぅーん……」


「あらあら、ごめんなさい」


 サラサラとした金髪を優しく撫でる母。眠りつつもどこか嬉しそうに受け入れるアカリちゃん。


「この子、よっぽど疲れてたんでしょうね」


「なんでわかる?」


「女子高生の割に肌が荒れてて、ハリが無いのよ。どちらかと言うとコケてるわね。あんまりご飯食べてなかったんじゃない? 過度なダイエットでもしてるのかしら」


「そういえば、よく貧血で保健室で休んでいたって聞いたことがある」


「そう。こんなかわいい子が苦労してるのねぇ。それに比べてうちのドラ息子は部屋にこもりっきりで毎晩シコシコとナニやってんだか」


「おい。誤解を招く発言やめろって」


「ふああああぁっ」


 大きいあくびをしたかと思ったら、アカリが目を覚ました。


「あらっ、おはよう」


「えっ? あっ、はい……オハヨウゴザイマス」


 目を大きく見開き、じっと母を見つめるアカリ。どうやら元に戻ったようだ。


「あのっ……ここはどこで、あなたはどちら様ですか?」


 7歳児のアカリちゃんの記憶が飛んで、この状況を理解していないようでもある。


「ここはボクの家で、その人はボクの母親だよ」


「そうなの。って、キミの家!? なんで!?」


「体育館裏で倒れたから、ここまで連れてきたんだよ」


「そういえば。よくもあたしに黒魔術を!」


「黒魔術?」


「あぁーなんでもない! ちょっと来て峰岸さん!」


 いまだ状況を理解していないアカリを連れて、二階の部屋へ移動した。


「ちょっとどういうこと! ちゃんと説明して!」


「はいはい。ボクとノミコは、峰岸さんとの魔術勝負で勝利した。峰岸さんは黒魔術の影響で幼児退行を起こして精神だけ7才児になった。子供の峰岸さんが、おなかが空いたって言うもんだから、自宅まで連れて行って母の手料理をふるまった。ここまでわかった?」


「うん、大体わかった。つまりあたしはキミに完全に負けちゃったんだね。悔しい……」


「そこなんだ」


 幼児退行を起こしたことの方がよっぽどショックだと思うのだが。


「それ以外に何か重要なことってあるの? あたしは悪に屈したの。先祖代々続く白魔術の家系が、貴方みたいな魔術のマの字も知らないような素人相手に。魔術勝負に負けた者は、勝者に下るか死ぬかが習わし。望みはなに? あたしは何も言えないわ」


「うーん……。いや別にいいよ」


「はぁっ?」


「ボク自身、正義や悪のために戦っているとか、そんな大層な主義は無いし、何かを支配したいなんて考えてもいないし。それに『黒魔術は自分を守るためだけに使う』って言ったはずだけど?」


「そんな綺麗ごと!」


「綺麗ごとって。あっ、それじゃあ、峰岸さんがボクに魔術の使い方を教えてよ。ノミコって教え方が適当すぎて全然わからないんだよね。そうすれば、峰岸さんもボクを監視することが出来るし、ボクが暴走したときに峰岸さんが止めてくれればいい」


「それ、本気で言ってるの?」


「本気だよ。でも、出来ればあの精神を浄化する魔術は勘弁してほしいな。キラッキラした気持ちって、ボクに合わないし、どちらかと言えば日陰で佇んでいたいタイプだから」


「はぁ、何だろう。この脱力感……」


「そうそう、もっと力を抜いて軽ーく考えてよ」


「それにしてもキミって変ね。人気者より日陰者が良い? 隠者ハーミット気取りなの? それともただ枯れているだけ?」


「最近の高校生は省エネなの。日々を自分らしく過ごすことが一番。それと母さんは魔術とか何も知らないから、他言無用で」


「なんで? 魔術が使えるってことは、そういう家系なんだよ? だから魔術って家族公認が当然なんだけど」


「そうなのか? 初めて聞いた」


「あきれた。そんな初歩の初歩まで知らないなんて」


 ため息をついて、アカリは視線をそらした。何か考えているようだ。


「まぁいいわ。ところで、幼児退行したあたしは、キミに何か迷惑かけなかった?」


「あぁ、それは……」


 ボクは彼女にこれまでのやり取りを全て伝えた。

 彼女はフルフルと肩を震わせて涙をこらえていた。きっと羞恥心を必死で我慢していていたのだろう。


「つまり……わたしは、あなたのお母さんに『おねしょをして怒られた話』とか『裸で庭を駆け回っていたこと』とか『ハイドアンドシークの時に誰も見つけてくれなくて、わんわん泣いてたこと』などを赤裸々に暴露したわけね……。それをあなたも聞いていた……と」


「子供の頃の話なんだから気にしなくても」


「するわよ!」


「ちょっとぉ、アカリちゃん大丈夫なの?」


 長時間2階に居たため、1階に居る母から声を掛けられた。


「とにかく、そういうことで、母には口裏を合わせて」


「わかった……」


 ――*――


「本当に病院に行かなくても大丈夫?」


「えぇ、大丈夫です。今日はいろいろとご迷惑をおかけしました」


「いいのよ。それよりまた来てちょうだい。今度はアカリちゃんの好きなものを用意して待ってるから」


「ありがとうございます。おかずもこんなに貰っちゃって。タッパーは洗って必ず返します」


 礼儀正しくお礼を言い、家をあとにするアカリ。母は少し名残惜しそうだった。


「アカリちゃん記憶が戻っても、とっても良い子だったわ。あんた本気で狙ってみたら?」


「なっ、何言ってんだよ!?」


 母の仰天な提案に、ボクは動揺を隠せなかった。何を言ってるんだこのおばさんは。アカリは高根の花で学園のアイドルでスタイル良くて寝顔がかわいくて寂しがり屋で直情的で危なっかしくて佐咲の彼女かもしれなくて。


「えぇーいいじゃん。私があんたに『青春を謳歌しろ』って言ったのには、こういうことも含まれているのです」


「あの子、学園の人気者だよ? 彼氏の1人ぐらい居るって」


「そう。残念ねぇ、お似合いだと思ったのに」


 母はボクのどこをどう見て、アカリとお似合いだと言ったのだろうか。

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