3ページ目 駄本降臨!
「うぅっ、なんだ!?」
驚くのも束の間。
部屋中を照らした光は、ろうそくが消えたかのようにふぅっと、闇へと戻っていった。
なんだったんだ?
出来ればそっとしておきたい……けど、見なければいけない気がした。それが使命だと思った。なんの使命かは不明だが。
ページを1枚めくる。
すると今度は、先ほどの拳銃や大金など初めから無かったかのように、大量の文字とまれに挿絵が印字された紙が何百枚も重なり、パラパラとめくれるようになっていた。
つまり、ただの1冊の本になっていた。
「あれ? あれ?」
何度も表紙を開いたり閉じたり、ページをひと通りめくるものの、何の変哲もない本だ。いや、魔法陣や悪魔が描かれている時点で、普通の書物ではないのだが……。
さらに付け加えると落丁と落書きがひどく、文字はほとんど読めたものではなかった。それでも「これは本だ」と言える。
本を開けるたびに中身が変わる現象に、これは幻覚か白昼夢か? と疑わざるを得なかった。
ホントどうなってんだ。仕掛けでもあるのか?
本のカラクリを調べるため、表紙をバンバンと叩いたり、背表紙をもってバサバサと本を揺らした。
最後は、本をバンバンと机に叩きつけた。
「やっ、やめてっ! 私、Mだけど、そんなハードなのは望んでないのっ!」
甲高い鳴き声の鳥のような少女の声が、土蔵に響き渡る。
「ったく! 初対面からドSプレイかまします? 普通」
「へぁっ?」
予想外の事態に、間の抜けた声が出てしまった。
「ボケ―ッとした顔して。きっと死ぬまで無為にダラダラと過ごすんでしょうね」
「だっ、誰だっ!?」
「反応がまるっきりザコのセリフですね。さっきから目の前に居るでしょうが」
「目の前……って、もしかして……この本から!?」
「どこまでも小者が言いそうなセリフですね。もしかしなくても本が喋っているんです」
ボクはとっさに本を放り投げた。
薄気味悪いどころの話ではない。本が喋るなんて、ホラーだ。怪奇現象だ。祟りだ。歴史ある土蔵だから、もしかして曰くつきのシロモノや幽霊が出るかもとは思っていたが、まさか人語を語る本は想定していなかった。これは付喪神のたぐいか?
「何しやがりますです!」
放り投げられた先で、本は声を発していた。
だがボクはその声を無視し、家に戻ろうとしていた。
「ちょちょちょ! なに帰ろうとしてるんです! もっと相手をしなさい! 高貴な書物様が、わざわざ相手してあげているんだから。もっと近づいてもいいのよ?」
なんか必死に引き留めようとしているが、変わらず無視した。
「あー! 帰らないでおねがい! 私あなたが居ないと死んじゃうのー!」
恋愛ドラマに出てきそうなセリフで必死に懇願してきた。
「キミ、このまま帰っても問題は解決しないですよ! 私を閉じ込めても土蔵に来ればまた会うんだから意味ないでしょ! それとも一生、土蔵には立ち寄らないつもりですか?」
足がピタッと止まった。たしかにこの本の言うとおりだ。
「まずはお互いを知ることから始めましょう。その足りない頭にどこまで入るかわかりませんが、無知よりかはましです」
よく煽る本だ。
「それじゃあ、一つ聞いていいかな?」
「人間ごときが、私に質問など分不相応ですが……いいでしょう許します」
さっきと言ってることが違う。あと、なんでそんなに尊大なんだ。
「じゃあ、オマエはいったい何なんだ?」
「ふふふっ、そう来ると予想していましたよ。命中率120%です」
あっ、なんか嬉しそうな声だ。
「よくお聞きなさい。我こそは、万緑叢中紅一点、誰が作者かいざ知らず! 不生にして不滅の存在!」
口上がスラスラと出てくるあたり、準備してたな。
「唯一無二の絶対書物! 【ネクラノミコン】とはっ、あっしのことでいッ! その名、とくと心に刻みつけやがれぇい!」
べらんめぇ口調なのが気になるが、それよりも声と連動して、本が開いたり閉じたり生き物のように動いている……。
やはりポルターガイストか?
「キミは、ホントに本なのか?」
「あのぅ。さっきの口上無視ですか? しかもホントに本かって、プフフゥ。バカじゃないの? あっ、もしかして耳にパンでもツッコんでるんですか? それで聞こえなかったとか?」
「耳にパンもツッコんでいないし、ちゃんと口上も聞こえていたうえで聞いて――」
言っている途中でボクは、ハッと気づいた。
なんで、この可能性を考えていなかったんだ!
「そうか! これは夢だ! ボクは明晰夢を見ている。だからこんな非現実なことが起きている! そうだ、そうに違いないッ」
「てェィ!」
突如、本が姿を消したかと思ったら、奇声とともに頭上に大きな痛みが走った。
「イッてええええええええ!」
突然の衝撃とあまりの痛みでボクはうずくまった。
「脳天ダイブのお味はいかがですか。ユメジャナイヨ?」
「くぅぅ……いきなり何すんだ!」
「いえ、妄想の世界に引きこもろうとするあなたに現実を教えただけですよ」
「あのなぁ! 本はしゃべらない! 意志も持たない! テレポートも出来ない! だからこれは夢なの!」
その本は、まるで僕の気持ちなんか気にも留めていない様子で、蝶が羽ばたくように物理法則を無視し、パタパタと宙を遊泳していた。
空をぷかぷかと舞う本相手に、ボクは夢だと必死に反論した。
「でもアナタ、すんごく痛そうですよ?」
だがこの身に宿った痛みを指摘されてしまった。
「痛くないッ……痛くなんか……」
「涙目で頭抱えている時点で説得力皆無ですね。おーよちよち、痛かったでちゅか?」
一言で論破されたうえに、子ども扱いされる屈辱。
「それにしても嘆かわしいですね。人間の想像力はこんなにも退化したんですか。貴方のような化石よりも凝り固まった頭脳では、ワタシの魅力は伝わりませんよね」
「お前なんか三流小説以下の駄本だ」
「やれやれ……また食らいたいですか? まぁ、アナタのように宝石の価値もわからないような愚民に何を言われても何とも思いませんが」
舌戦でも主導権を取られっぱなしだ。
「しかし不思議ですねぇ? 私の封印を解くにはそれなりの魔力が必要ですけどねぇ。あなた何者? 名前は?」
「誰が教えるか!」
だいたいこういうパターンだと、名前を教えた時点で『契約完了』とか言って、命や魂を代価とする契約を結ばされるのが“お決まり”なんだ。
「はいはい。椎音……これは鞍馬と読むんですかね?」
「おぃぃぃッ。勝手に生徒手帳を見るなぁ」
自動で生徒手帳が開かれていく。
完全にホラーだが、ボクも感覚がマヒしてきたらしく、この現象に何とも思わなくなっていた。
「大丈夫ですよ。犯罪には使いませんから。まっ、本に罪なんて概念無いんですけど。それにしても珍しい苗字ですね。どこかで聞いたような……」
軟体動物のようにクネクネと本が動いた。ホント生き物のようだ。
本は、ページの隅を中央に折り返し、ロダンの「考える人」のようなポーズで思案しだした。
「椎音鞍馬……。しいねくらま……。しい……ねくら……ま。しいね……ねくら……。あっ! 思い出しました!」
本は大声を上げたと思いきや、ボクに対してこう言った。
「あなた、蔵三の関係者ですね!」
「え? なんでじいちゃんの名前を? たしかに椎音蔵三は、僕の祖父だけど」
「なんと孫となっ!? じゃあ蔵三は? あいつ、今どこで何をしているんですか?」
「じいちゃんなら3年前に亡くなったよ」
「なっ……亡くなった……ですって……。あのゴキブリのようにしぶとかった蔵三が……?」
本から発する言葉が震えていた。もしかして動揺しているのか?
「じいちゃんは害虫扱いか」
「死因は? あいつ何でくたばったんですか!?」
やたら馴れ馴れしく話すということは、じいちゃんと面識があったのか? 何か因縁でもあったのだろうか。
「たしか……夏の暑い時期なのに、この土蔵で探し物をしている途中で熱中症で倒れて、熱中症から脱水症状そして心筋梗塞のコンボで、ポックリと」
「あぁっ……なんと。高齢者によくある普通の死因で……」
蔵三じいちゃんの死因にも大きなショックを受けたらしく、本は力を失ったように宙からゆっくりと地面へと着地した。
「あの蔵三が……そんな……」
すすり泣くような声が聞こえる。
本がじいちゃんの死を受け入れるのが辛そうに見えた。
「殺しても死なないようなアイツが……なぜ先に逝ってしまったんですか……なんで……」
よほど深い仲だったんだろう。
声を出すのもツラそうで、つい同情してしまった。
「……あのさ。じいちゃんはもう生き返らないけど、在りし日の想い出は、きっとキミの中にも残るから……」
永い眠りから目覚めたら、会いたい人はすでに亡くなっていた……。
本の心境を察すると、こんな中身の薄い慰め、何の足しにならないことも分かってる。
だが、少しでもこの本が満足するならとも思った。
きっと、コイツはじいちゃんにずっと会いたくて意志を持ったに違いない。
「ワタシは……」
「うん……」
「ワタシはッ!」
「うんうん……」
お前の言葉、聞いてやる。
じいちゃんを失ったお前の悲しみは、孫であるボクが受け止める!
「どうやって、あのバカに復讐すればいいんですかああああっ!」
「…………へっ?」
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