2ページ目 鞍馬の脳内会議
それから、金ノコギリで慎重に鎖と格闘すること30分。
ボクは、鎖を断ち切り(なんかかっこいい表現だ)ようやく本が開ける状態となった。
ご開帳の前に、さっとホコリを掃う。
このとき、初めて本のタイトルを知った。
【ネクラノミコン ~ボクが深淵を覗いてみた件について~】
『ネクラノミコン』って、あれか?
読むと精神が崩壊する本で有名な、ネクロノミコンをもじったものか?
だが、サブタイがラノベ調だ。
装丁の様子からして洋書だと思っていたのに、タイトルはガッツリ日本語。もし魔術書や呪いの書であれば、外国語もしくは古語で書かれているだろう。
ちょっとガッカリだった。これを開けば何かが変わるかもと期待していたわけじゃないけど。
だが、それでもここまで頑張ったんだ。少しでも自分を盛り上げなければ!
「気を取り直して……それでは……オープンッ!」
厚い本をボクは、勢いよく開いた。
「……」
そっと本を閉じた……。
やばいやばいやばいやばいヤバいヤバいヤバいヤバイ‼ 何てモノが入ってんだ!
「チャチャチャチャ……チャカ(拳銃)じゃ! チャカ(拳銃)が入っとるんじゃ! なんじゃこりゃあ!!」
思わず、太陽ではなく天井に向かって吠えてしまった。
本は中の紙面がくり抜かれ、リボルバー式の拳銃が仕舞われていた。
犯罪? 事件の匂い? 隠された真実? いやいやいやまてまてまてそんなはずはない。ありえない。落ち着け自分。冷静になって考えよう。
ボクは、本気の深呼吸を2回行った。
やはり本物の拳銃? しかし家族に拳銃を扱う人が居たか? いや、我が血筋なら系譜をたどれば居そうなんだよな。ちょっと変な人が多いからな、うちの家族。何かで使用してそのまま? そもそも“何”に使ったというんだ?
そういえば拳銃って警察に届出が居るんだよな。そうなると今の状態は銃刀法違反……。
様々な憶測が頭を駆け巡り、ボクの心の中に存在するもう1人の自分が反論するのであった。
いわゆる【天使と悪魔】の自分だ。
その二人が脳内で舌戦を繰り広げる展開になろうとしていたのだが……。
「あれは本物ではなく、モデルガンかもしれないぜ、ブラザー!」
『そんなもの、なぜ本をくり抜く偽装までして厳重に保管していたんだ、兄弟?』
「HAHAHA! あれはレア物なのさ。だから、盗まれないように仕舞いこんでいたんだぜ、ブラザー!」
「しかし、重厚な質感と言い、鈍い鉄の輝きと言い、まるで本物だった。それにあの辞書、鉄アレイのように重いように思えたんだ、兄弟?」
……ちょっと待て。いったん止めようか。
普通、こういう脳内会議は、善良な天使の自分と誘惑する悪魔の自分が対となって、論戦が展開されるはずなんだけど?
それがなぜ、ポンチョを羽織り、メキシカンハットをかぶった陽気なアミーゴブラザーになるんだ?
背景にはサボテン生えてたし、マラカスを振ってたし、ギタージャンジャカ鳴らしてたし。
ボクは必死に天使と悪魔の対立となるよう、軌道修正を試みた。
「それは所有感を満たすためだぜ。材質も本物そっくりにこだわった匠の一品ってやつだぜ、ブラザー」
「疑問はそれだけじゃないぞ。じゃあ、なぜ鎖で厳重に保管されていたんだ、兄弟?」
「盗難防止のためだぜ。ブラザー」
「拳銃の横に銃弾が転がっていた。しかも薬莢まで転がってて。」
「おっとこれ以上の議論は野暮だぜ、ブラザー!」
「最初から本物だとわかっていたんだろ、兄弟?」
「…………」
「…………」
ちょっ!? 脳内のボクたち、黙るなよおぉぉ!
……落ち着こう。つまりは、ボクの脳内には能天気なおバカ共しか居ないってことだな?
ボクは恐る恐る、再度本を開けることとした。
そして――また、そっと、閉じた。
「うっ……おおおおぉぉぉぉ。お金ええええ! それも大金っ!」
またもボクは発狂した。
なんと、今度は本の中に100万円の札束が入っていたのだ。それも1束ではなく、軽く10束ぐらい。約1千万円分だ!
このわけのわからない状況でまた頭がグルグルしだした。再度、脳内会議が開かれようとしている。あの無意味な会議が。
「なんなんだこれは。さっきは、この本にリボルバーが入っていたはずだ、兄弟?」
「おいおい、いつまで過去を引きずっているんだぜ、ブラザー」
「過去もなにも1分前の話だ、兄弟?」
「真実か。さっきの光景を真実だと言うならこの光景も真実だぜ、ブラザー」
「意味深な発言だな。どういうことだ、兄弟?」
「『シュレディンガーの猫』という話があるんだぜ、ブラザー」
「猫より犬の方が好きだ、兄弟?」
「犬か猫かの話じゃないぜ。『シュレディンガーの猫』とは、こことは違う世界、つまり平行世界があることを示唆する思考実験だぜ。つまりこの現象は、本の中に拳銃がある世界と、本の中に札束がある世界、両方の世界を見てしまったということだぜ、ブラザー!」
「そうか! 並行世界の扉が開かれたということか。最高にクールだな兄弟!」
あああああぁぁ! なんと無意味な脳内会議だ!
ボクの脳細胞は灰色のように知能的な色ではなく、金色とか水色とかピンク色のようなケバケバしい色に違いない!
軽く自己嫌悪になった……。ボクはやっぱり疲れている。
最近、肌荒れがひどい気がするし背もあんまり伸びないし。たぶん夜更かしのせいだが。
ボクは藪をつついて蛇を出す行動を止めた。
本を目の届かないところに隠そうと考えていた。
その瞬間――本が煌々と光りだした。
そして、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順に変色していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます