6ページ目 不満爆発!



 ネクラノミコンとの出会いから、1か月が過ぎようとしていた。


 その間、ボクは1日も欠かさず解呪作業(消しゴム掛け)を行っていた。


 作業後は本当にオ○ニーを5回繰り返したような解放感と倦怠感と激しい後悔が襲った。


 最初の頃は、この不可思議な儀式を終えると同時に意識を失い、翌日遅刻することもあった。


 だが、今では解呪作業を終えた後にベッドにたどり着くまでの体力と、遅刻せずに起きられるまでには耐性が付いた。


 


「ふわぁぁぁぁぁっ」



「クラマ、最近やけに眠そうじゃねぇか」



「あっ、佐咲くんか。最近、夜遅くまで勉強してて眠いんだ」



「ふーん。お前、そんなに勉強熱心だったか?」



 佐咲の言葉を無視するように、ボクはすぐに机に突っ伏した。


 熟睡姿勢に入ったせいか、奴はそれ以上、言及してこなかった。


 


 解呪作業は順調そのもの。


 あと1週間もすれば黒魔術の封印が1つ解けると、あの本は言っていた。


 少しの達成感にニンマリしつつも、寝入ろうとしていたんだが。



「椎音、ちょっと席開けてくんなーい?」



 粘着質で耳障りな声が、ボクの睡眠を阻害した。


 チャラくてウザい佐咲の取り巻きの一人、安原の声だ。



「えっ……なんで?」



 当然ながらボクは領土の主権を主張した。



「なんでって、オマエ休み時間いっつもどっか行ってるじゃん。オレ、瞬と話があるから座りたいんだよね」



 なんて身勝手な奴だ。


 そもそも休み時間席を外しているのは、お前ら取り巻きのせいだっ!



「だけどここ、ボクの席……」



「えっ、だから? それが、なに!?」



「わかったよ」



 しかし、そんなことを言えるはずなく、しぶしぶ席を立ち教室を出た。


 去り際、安原は小さい声で「いつも瞬に話しかけられるからって調子こいてんじゃねぇよ」とつぶやく声が聞こえた。



「くそっ!」



 誰も居ないトイレの個室で叫んだ。


 なんで、やっかみを受けなきゃいけないんだ。ボクだって迷惑しているのに……。


 なんで運動部ってだけで、同級生なのに偉そうに命令されなきゃならないんだ。


 なんで、


 なんでボクは、


 素直に席を譲ってしまったんだ。


 わずかばかりのプライドを自ら放棄したことを悔やんだ。あのまま寝入っておけばよかった。


「お前の都合なんて知るかよ」と突っぱねればよかった。


 その日は一日中、怒りと情けなさにさいなまれ、何も手が付かなかった。



 ――*――



 下校後、ボクはいつものように土蔵にこもった。



「ただいま……」



「おんやぁ? 負け犬のような顔をしていますね。ほらキャインキャインと鳴いてみなさい」



 すかさず、人を小バカにした返事が聞こえた。



「おーまーえーはー。はぁ……」



「あら、今日はいつも以上に情けないですね」



「うるさいノミコ。ボクが負け犬なら、お前は誰彼かまわず噛み付くバカ犬だ」



 ボクは、この本のことを『ノミコ』と呼ぶようになっていた。


 はじめは『ノミ』という名前を提案したのだが、「私は虫けらですか!」と全力で拒否されてしまった。


 『ミコ』も「巫女を連想させて紛らわしいうえ、私は神なんぞに仕える気はさらさらありませんよ!」という理由で却下。


 そんな経緯もあり『ノミコ』という名に落ち着いたのである。


 幸い、彼女? も気に入ってくれたようである。



「おーおー遠吠えですか。アナタただでさえチビなんだから、しょぼくれてると三割増しで小さくなりますよ」



 辛辣なコメントに、いつもなら「チビチビ言うな!」と言い返すところだが、今日は安原の言葉がずっと頭から離れなかったせいか、反応する気も起きなかった。



「わかったから、さっさと始めよう」



「あれ? 珍しく殊勝な心掛けですね」



「ノミコにとっても、そっちの方が都合良いだろ?」



 ノミコの言動に気分を害しつつも、いま解呪に取り掛かっているページを開いた。


 解呪作業はノミコの言った通り、ただ落書きを消すだけなら魔力を消費しない。


 例えば、本文が無い空白部分のラクガキを消すだけなら、ただの消しゴム掛けで、なにも疲れない。


 しかし――



「うおおおぉぉぉっ、ああああぁぁぁぁっ!」



 文字を1字ごと解放するたびに、力が吸い取られるような感覚。


 ノミコは、オ○ニー5回分と言っていたが、それ以上の疲れを感じる。


 さらに、脱力する要素がボクを襲う。



「ああぁぁん! そんな強引にぃぃぃ! イイぃぃぃ! そこぉっ! そこだめぇ! 感じる! 感じちゃううううう!!」



 艶めかしい声を上げるノミコ。


 こいつ、声だけは悪くないんだよな……。アニメ声というかキャラ声というか。


 やましいことをしている訳ではないが、ボクもイケナイことをしている気分になる。


 しかし、賢者タイムが常に襲ってくるためか、本にあえぎ声を出させるボクって何だろう……。と冷静に考えてしまう。すごく空しい。



「ノミコ。いつも言ってるけど、あえぎ声やめて……」



「はぁ、はぁ。いやっ、力が流れ込んでね、全身にキちゃうんですよぉ。だから、ついワタシの意思とは別に、声が勝手に出力されてしまうんです」



「気が抜けるので、出来れば控えてほしい」



「ぜぇ、ぜぇ、ぜっ、善処します!」



 と、毎夜毎晩こんなやり取りをしている。



「はぁはぁ……」



 ボクも正直、疲労困ぱいだ。



「しかし、今日は乱暴でしたね。強引なのは嫌いじゃないけど」



「ピロートークを述べるな」とツッコむ気すら出ない。



「あと、ちょっとで1ページ解放されますね」



「ホントに長かった。これだけの疲労に見合う価値があるのか、お前?」



「誰に向かって言ってるんですか。魔術の深淵を見せてあげますよ」



「すごい自信だな。じゃあ、もう少し頑張るか?」



「やめた方がいいですって。かなり疲弊していますし、魔力も底をつきそうですよ」



「大丈夫だ、このぐらい」



 ボクは焦っていた。


 このままだと高校3年間、佐咲に子分のように扱われ、その取り巻きにはパシリにされて終わってしまう。


 ワラにもすがる思いで、黒魔術のような曖昧なものに期待している自分を嘲りつつも、そこに希望を見出すしかなかった。



「はぁ、どうなっても知りませんからね」



 その後、悶絶するノミコの声に脱力しながら解呪作業を続けるも、魔力切れで精根尽き果ててしまい、意識を失った。


 


 ――*――



「ねむい……」



 翌日、母さんの怒りのモーニングコールで目が覚めたボクは、急いで登校したものの、1時限目の授業はずっと爆睡する始末だった。1時限目は現代文。つまり「寝てヨシダ」の授業だった。



「クラマぁ、お前が起きてなきゃ俺がノート写せねぇじゃんか。しかも2人そろって怒られるしよぉ」



 佐咲もいつも通り寝ていたようだった。図々しさもいつも通りだ。



「じゃあ他の人に頼めばいいよ。佐咲くんって、ボク以外からノート借りないよね。なんで?」



 ちょっと不機嫌だったボクは、噛みつくように聞いた。



「それは……お前が一番頼みやすいからだよ」



「なんだそれ。佐咲くんが頼めば、みんなも貸してくれるだろ」



「うるせーなぁ。後ろの席なんだからいいだろそれぐらい」



「いや、ボクの成績なんてキミより下なんだから、佐咲くんのレベルと同じ人から借りた方がいいんじゃない?」



 これは完全に皮肉だ。そして遠回りな拒絶だ。



「いいじゃねえか。ノートなんて誰から借りても一緒だし」



「じゃあ、ボク以外から借りればいいだろ」



 だめだ、イラ立ってきた。


 コイツ、自分の言っていることが矛盾しているって気付かないのか?



「なんでそんなに突っかかんだよ。俺達、幼なじみで“親友”だろぉ?」



「なに?」



 先ほどから怒りを我慢していたボクは、“親友”という言葉にカチンと来てしまった。


 親友だって? 笑わせる。それはお前が勝手に思っているだけだ。


 親友とは本来お互いを尊重し合うものだ。ノートを借りるだけの存在でも、取り巻きに席を譲る存在でも、ましてやパシらせる存在でもない。



「なにが親友だっ! 佐咲はボクのこと、ただの奴隷だと思ってるんだろ!」



 教室内の熱気が一気に冷えこんだ気がした。


 みんな金縛りにあったかのように、こちらを向いて固まっている。


 


 あぁ、やってしまった……。

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