9ページ目 ゲザー初体験の相手は美少女でした



「キミ……何してるの?」



 眠り姫の峰岸アカリが目を覚ましてしまった。


 怪訝そうな声でボクに質問をしてきた。



「へっ?」



 声に反応し振り向くと、吸い込まれそうな深青の瞳がボクを睨んでいた。


 峰岸アカリは、ベッドから上体を起こし、じぃーっと疑いのまなざしをボクに向けていた。



「うわああっ!」



「『うわああっ!』は、こっちのセリフよ。えっ、なんで? なんで知らない人が、あたしのベッド近くに居るの? しかも小学生が!?」



「ボクは高校生だ!」



「そうなの? って、そんなことどっちでもいいのよ。キミ、もしかしてあたしに見惚れて、あわよくば寝込みを襲おうとしていたの? やめて、ケダモノ!」



「違う! ボクが寝ているベッドに、峰岸さんが入りこんできたんだ!」



「ウソ言わないで! あたしが男子が寝ているベッドに入りこむなんて、そんな痴女みたいなことするわけない!」



「ウソじゃないって!」



「絶対ちがう!」



「抱き枕のようにボクを抱え込んで『あったかぁい』って言ってたんだ!」



「口から出まかせばかり言って!」



「本当のことだって!」



「アタシ、そんな子供じみたこと言わない!」



「いやいや『ママぁ』とか甘えた声で呟いてたよ!」



「違う違う違うちがーう! 絶対、ぜぇーったい。言わない! キミが悪いの。早く謝って!」



 まるで子供の喧嘩だった。


 アカリの反論が、支離滅裂かつ感情的なものになっていき、同時に彼女の日本人離れした白い肌がみるみる紅潮していった。



「ボクがなんで謝るんだよ!」



「アタシをバカにしたからよ!」



「してないだろ! 言ってることが無茶苦茶だ!」



「アタシは『ママぁ』なんて! ママ……なんて……言わない。早く……はやくあやまりなさいよぉ」



 アカリは手で顔をおおい、シクシク泣き出してしまった。


 いきなり逆切れして、今度は泣き出すなんて情緒不安定すぎる。



「はぁ、泣くのは反則だろう。わかった謝るよ。ごめん。悪かった」



 ボクはもう面倒だった。謝って済むなら、それでもういいやと思っていた。



「……」



「この通りです。すみません」



「……」



 アカリからの反応がない。聞こえてないのか?



「あのぅ?」



「土下座……」



「へっ?」



 ボクは言葉の意味をすぐに理解できなかった。



「土下座、しなさいよ……。日本で謝罪と言えば、それでしょう」



「あ、の、なぁ」



 この要求は、かなりイラっとした。いくら美人だからと言って何でも願いが通ると思うなよ!


 なんでも願いが……。



「なによぉ」



 チラッとアカリを見つめると、桃色の目尻に涙をためた顔が艶っぽかった。



「わかった……。わかりましたよ、土下座します! ほらっ、ごめんなさい! 申し訳ありませんでした!」



 半ばヤケクソ気味に正座し、床におでこをつけた瞬間――



〈パシャッ!〉



 シャッター音が保健室内に響いた。



「へぇ、これが『熱した鉄板の上でもやる』っていうジャパニーズドゲザかぁ。ドラマやアニメで見たことあるけど、生で見られて感激! 保存、保存と!」



「あのっ……ちょっといい?」



 床に平伏したまま彼女に質問した。



「なに?」



「さっきの音、なに?」



「えっ? スマホのカメラ音だよ?」



 やっぱり。



「もしかして撮ったの?」



「うん、そうだよ」


 


「もしかして、いや、もしかしなくても、今ボクは致命的なぐらいに屈辱的で恥辱的な状態かな?」



「うん」



「『うん』って……。キミがやらせたんだけど」



 おずおずと彼女を見上げる。


 彼女はスマホをいじりながら、すでに興味を無くしたように答えた。



「そうね。まさか、本当にやるとは」



 いじっていたスマホをグッと握り、キリッとした表情で答える色白の天使。いや悪魔か?



「あんた罪悪感って無いのか!」



「いいじゃない。減るもんじゃないし」



「ボクのプライドはガリガリ削られてるって!」



「そうなの? でも、これでチャラにしてあげる。とは言え、キミはもうアタシに逆らえないけどね?」



 これ見よがしにスマホを見せびらかすアカリ。



「マジで言ってる? そんなことしたら寝言で『ママぁ』とつぶやいてたことを言い触らす!」



「なっ!? また蒸し返すつもり?」



 アカリは驚いた様子だったが、すぐさま対応を切り替え反論してきた。



「ふふーん。脅しても無駄ですよー。あたしは品行方正、容姿端麗、才色兼備で通っているから人望厚いもん。あたしが誤解だと言えば、キミの戯言なんて誰も聞かないわよ」



 勝ち誇った顔で、ボクを見下げた。



「ぐぐっ、我がウィークポイントである人望で勝負してくるとは」



 悲しいが、ボクと峰岸アカリが人気対決をしたところで、勝敗は明らかである。



「わかったよ。ボクが悪いってことでいいから。だから写真は悪用しないでくれ。峰岸さんも『なんでそんな写真を持っているんだ?』って聞かれたら、答えられないだろ?」



「まっ、それもそうね」



 一応クギを刺したつもりだが、真剣に聞いてるようには思えない。



「じゃあ、この件はこれで終わり。それでミカン先生はどこに?」



「えっと。それは……知らない……」



 歯切れが悪いな。


 どうせ、ボクが渡したイチゴ・オレを持って、嬉しそうにサボりに出かけたんだろうな。


 そりゃ教頭に怒られもするよ、ミカン先生。



「もひとつ質問。峰岸さんは何の用で保健室に来たの?」



「アタシは貧血で体がフラフラするから、ベッドで休ませてもらおうと思ったのよ」



「なぜ一番手前のベッドではなく、ボクが寝ていた奥のベッドで?」



「いいじゃない。奥のベッドで休みたい気分だったのよ。いわゆるフィーリング」



 フィーリング? なんだそれ? 女心はよくわからないな。



「だから、キミがベッドに居たかどうかなんて、ボーッとしてたから分からなかったの」



「ふーん」



 言い訳のようにも聞こえて腑に落ちないが、説明はつく。



「じゃあ今は大丈夫? ミカン先生呼んでくるけど?」



「大丈夫よ。こんなこと、よくあるから」



「『よくある』って……よくあっちゃダメだろ。もう少し寝てたほうがいいよ」



「嫌よ。また襲われるかもしれないじゃない」



「だから誤解だって」



「どうだか?」



「はぁ。じゃあボクが出ていくから、それならいいだろ?」



「あっ……ちょっと待って!」



 ボクが保健室を出ようとしたとき、アカリに呼び止められた。これ以上話すことは無いんだが。



「なんであっさりと引き下がるのよ。キミも具合が悪くて保健室に来たんでしょ」



 何を言ってるんだ? いま保健室に居る方がもっと具合が悪くなりそうなんだ。とノド元まで出かかった。



「さっきキミが言ったんじゃないか。ボクと居ると襲われるかもしれないって」



「あっ、うん。そうだけど、ね?」



 峰岸アカリはもじもじとボクを見つめる。



「何かボクに言いたいことでもあるの?」



「えっ!? 別に、そういう、わけでも、無いん、だけど……」



 歯に何か詰まったような言い方をするなぁ。ボクもそこまで暇じゃないんだ。


 ボクはそもそも佐咲とケンカ別れして、教室に居づらくなったから保健室に来た。だけど、まだ2限目の授業も終わってなさそうだし、今からどこで時間を潰すかを考えないといけない。



「なに? 相談か頼みごと?」



「あー……。うん、そうね。ちょっとおしゃべりしない?」



「はっ?」



 変な女だ。男が寝てるベッドに潜るわ。それでギャーギャーわめくわ。土下座させるわ。一緒に居たくないと言うわ。と思ったら、おしゃべりしたいと言うわ。


 ホント意味がわからん。



「もしかして峰岸さん、保健室に一人で居るのが寂しいの?」



「えっ!? あっ! なっ、なんでアタシが寂しいって思うのよ!」



 いや、その態度バレバレだって。


 まぁ、わからないでもない。風邪ひいたときや体調が悪い時って、なぜか無性に人恋しくなるもんな。


 学校にいる間ずっと人に囲まれているアカリの場合だと、一人でいるのは余計さみしいのかもな。



「わかった、いいよ。話し相手でも何でも。どうせボクも保健室を出ていっても行く当てなくてどうしようかと思っていたし」



「えっ、そうなの? なら見栄なんて張らずに早く言いなさいよ!」



 言葉とは裏腹に、うれしそうにベッドの横にある椅子をポンポンと叩き、手招きするアカリ。


 これがきっかけか、お互いの警戒心が薄れていった。



「峰岸さんって、イギリス人とのハーフだって聞いたけど、ずっと日本暮らしなの?」



 ボクは峰岸アカリに何気ない質問をした。


 彼女はその質問に「待ってました」とばかりに答えてくれたのだが、彼女は中学生までイギリスに暮らしていのだが、昔、母親から聞いた日本の高校生活に憧れて、家族の反対を押し切って単身で転校を踏み切ったらしい。



「今は、祖母の家に居候しているんだ」



「峰岸さん立派だな。普通そこまで踏ん切りがつかないよ。やっぱり海外の生活って自立的な思考になるのかな?」



「だけど転校当初はいろいろと注目されたし、知り合いも居ないし文化も違うしで、ホームシックにかかることもあって大変だったのよ」



「そりゃ、その顔と髪だと日本では目立つでしょ」



 これだけのルックスだ。


 アイドルのように崇拝する奴も居るし、告白して玉砕した男子生徒の噂もよく聞く。


 正直、ボクとしては華やかなところが佐咲とダブるから苦手なタイプに分類されるが……。



「それなら、なんで帰国しなかったの?」



「『こんなことで負けてたまるかー!』ってそれをバネにして克服した」



 なんとなく予想はしてたけど、この娘、完全な少年ジャン〇気質だな。好きな言葉は友情・努力・勝利に違いない。



「さすがだな。はぁ……」



「なに? 会話中にため息ついて」



「うらやましいと思っただけさ。ボクにはそこまでの気概は無いよ」



「そっかなー。あたしは『エイヤッ!』ってやりたいことに飛び込んだだけ。あとは度胸だけだよ」



「そんな度胸なんて無いよ。ボクはいわゆる“ネクラ”だから」



「『ネクラ』って?」



「根が暗い人間を略して“ネクラ”って言ってたんだよ昔。ようは“陰キャ”だよ」



「じゃあじゃあ、あたしみたいなタイプは?」



「根が明るいから略して“ネアカ”。今は“陽キャ”って言うけどね」



「そうなんだ。“ネアカ”かぁ……あっ! あたしの名前、峰岸アカリも略すと“ネアカ”だ! キミの椎根鞍馬も略すと“ネクラ”だ! なんかあたし達、正反対だね!」



 確かにそうだ。


 背が高い峰岸アカリと背が低いボク。金髪で活発な陽キャと、ネクラでインドアな陰キャ。


 ボクたちはまるで対照的。お互いが交わる部分が一つもない。


 


 他愛ないことを考えていると、ミカン先生が満足そうな顔をして戻ってきた。

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