8ページ目 眠りのヒロイン登場
どれだけ時間が経っただろう。
ゴソゴソと物音がして目が覚めた。
それにおかしい。
横向きの姿勢で寝ていたのだが、ボクの背中に生あたたかく柔らかい感触がある。
これは……そう。子供のころに母親に添い寝してもらった感覚に似ていた。
さすがに変だと思い、フクロウのように、首を可動域限界まで回転させた。
「うぅん……」
おいっ、可愛らしい女性がしがみついて寝息を漏らしているではないか。
寝ている間に、ラッキースケべな異世界に飛ばされたのか?
姿勢が姿勢だけに見えづらいが、チラ見しただけでわかるほど、日本人離れした容姿をしていた。
具体的には金色の髪に純白の肌だった。長く太いまつげと美しく形が整ったマユなど黄金比で配置された顔のパーツ。鼻筋も通っておりキレイな顔立ちながらも、顔の輪郭は大人一歩手前の高校生らしい丸いラインを残している。
化粧はほんのりしているが、そもそもの素材が極上なのは僕にもわかる。
寝姿だけでこれなら、起きた姿はどれほどの美人なのか想像もつかないな。
だが、冷静になって考えてみると、この娘はボクが居るにもかかわらず、なぜベッドに入ってきたのか? そもそもミカン先生が止めるはずだ。
「うん……?」
彼女が不快そうな声をあげたため、心臓が飛び出そうになった。目覚めてしまったか?
「おーい……」
小さく声を掛ける。
「えへへぇ。ママぁ」
しかし、トンチンカンな反応を示す彼女。
だめだ夢の世界を堪能していらっしゃる。嬉しそうにむにゃむにゃと寝言を言う彼女は、お世辞抜きで天使のような顔だ。
うーん、この顔どこか見覚えがある。
そうだ。【峰岸アカリ】だ!
ボクと同じ神崎学園の1年生で、イギリス人ハーフの帰国子女。佐咲と双璧をなす学園の超有名人。つまり、ボクとは対極に位置する生物。
そんなことを思い出していると、
「ママぁ、あったかぁい」
と、ボクは抱き枕のように全身をすっぽりと彼女の身体に包まれた。
体を密着させ足を絡められたうえに、彼女のよく育った胸に、ボクの頭をギューッと押し付けられた。
ボクは突然だったことと、首がねじれたタオルの様な体勢だったため、うれしさと血流が脳に回らない合わせ技で、意識と理性が吹っ飛びそうだった。
落ち着けぇ、落ち着かなければならない。
冷静に、努めて冷静に対処しろ、椎根鞍馬よ。
……それにしてもオッパイ大きいなぁ。感触からしてDカップ以上かなぁ? 太モモはすべすべしていて弾力があってとても心地よく、なんだかくすぐったい。あと、あまい花の香りが彼女からしているんだが。これは柔軟剤の香りか? 柔軟剤の香りの後、ほのかに高級そうな石鹸の香りが追いかけてくる。
男としてのボクのSAGAが目覚めてしまいそうだ。
「はわっ!」
峰岸さんがさらに力を込めて抱きしめたため、たわわな果実が顔にさらにめり込み、声が出てしまった。
なんなんだ、この素敵なアリ地獄は。このままでは地獄行きだが、この状態は紛れもなく天国だ!
「うぅ……ん」
と、峰岸さんがまた吐息を漏らし、ハッと我に返る。
いかん意識が飛んでいた。今度こそ状況を把握せねば。
まず峰岸アカリは、ボクを“何か”と間違えている。これは確定だ。じゃないと学校で男と同衾する理由がない。
次に、ミカン先生はいま保健室に居ない。さすがのミカン先生も、わざわざ先約が居るベッドに入っていいとは言わないだろうし、そもそもミカン先生どころか保健室に人の気配を感じない。
そして、ボクの予想では、今スヤスヤと寝ている峰岸さんにバレるのが一番まずい。なぜならば、まず彼女に叫ばれる。次に叫び声を聞いた先生にバレ、ボクは必死に弁明するが無視される。そして先生の話をどこかの生徒がキャッチして尾ひれはひれをつけて面白おかしく言いふらす。
最後に、ボクは女のベッドに侵入して無理やり襲った最低クソ童貞野郎として、犬以下のムシケラ同然の扱いを受け続ける高校生活を過ごす。
おぉぅ……想像しただけで血の気が引いた。やはりすぐに脱出しなければ。
「起きてますかぁ?」
と小声で問いかけたが、すやすやと寝息を立てていた。カワイイ。
「ちょぉっと、失礼しますよぉ」
だが見惚れているヒマはなく、ボクは彼女を起こさないよう、慎重にそろぉっとベッドから脱出を試みた。
だきついた腕をゆっくりほどき、絡まっていた魅惑の太モモをそっとどける。名残惜しいがオッパイから顔を離し、ゆっくりゆーっくりと芋虫のように体をスライドさせる。
「うぅーん?」
安眠を妨害されて嫌そうな声をあげる峰岸さん。
待って、もう少しそのままのキミでいてくれ。
あっ、ヤバイ、勃起してきた。じゃなかった、くしゃみが出そうだ。
「はぁ、はぁっ、ハッ!」
すんでのところでくしゃみは収まった。
彼女はといえば――どうやら目覚めてはいないようだ。
息を殺して気配を殺して、モゾモゾとベッドを這い出る。慎重に慎重に。
そして、ついに蠱惑的なベッドから脱出できた。
ボクは「フウゥッ」と膝に手を当て、お腹から息を吐き出した。その時だった。
〈カタッ〉
プラスチックが落下する音が保健室に響いた。
音の正体は、胸ポケットから滑り落ちたボクのスマホだった。
やってしまったぁぁ! これ起きたよね!? 完璧に目覚めちゃったよね!?
ボクは、平穏な高校生活の終焉を覚悟し、おそるおそる彼女の様子を確認した。
「すぅっ、すぅっ。うーん、すぅっ……」
彼女は眼をこすりながら、口をもごもごさせ睡眠していた。ふぅ、セーフだ。
しかし相当疲れているのだろうか? 人が寝ている布団に入るぐらいなのだから。
美人は美人で他人には言えない苦労があるのだろう。と勝手な推測をした。
しかし長居は無用だ。すぐさまスマホを拾おうとした。
〈ヴーン、ヴーン、ヴーン〉
しかし、SNSアプリの通知を告げるバイブレーションが床を小刻みに叩く。
生活音とはかけ離れたバイブの音は、静寂な保健室では異質で目立つ音であった。
慌ててスマホを拾うと、ふとメッセージ画面が目に入った。
『新着メッセージがあります。新山ゆう子』
「みんなから聞いたんだけど、瞬にキレたんだって!? マジありえなくない? 瞬って誰にでもチョー優しいのになんで!? アンタみたいな奴でも面倒見てくれてんだから感謝するのが筋じゃん。とっとと謝りなよ!」
この女ぁぁぁぁぁ!
何なんだっ! こんな時だけ佐咲のポイントを稼ごうとボクを利用しやがって! お前が佐咲の前だけネコ被っているところをボクは知ってるんだからな! 絶対化けの皮を剥いでやる!
「佐咲に近寄る女を蹴落とすために、お前がいろいろと悪口触れ回ってたのも知ってるんだからな!」
このメッセージの内容にはさすがに腹に据えかねた。怒りの声は心の中だけに留まらず、外にまで漏れていることにボクは気づかなかった。そして、いま最も優先すべき眠り姫に対する注意を失念していたことも……。
「キミ、何してるの?」
眠れる姫の目覚めの一言に、ボクは戦慄した。
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