26ページ目 ハイグレードな黒魔術

「魔力がすごい充満している。椎音くん、大丈夫?」


「あぁ、何とか」


 一般人が見てもわからないだろうが、ボクとアカリには2階建ての部室棟全体が黒い雲で覆われているように見えた。

 ボクの黒魔術とは範囲も濃度も段違いだった。


「あそこ! 一番霧が濃いところ!」


 そこは、バスケ部の部室だった。

 ボク達はその場所を目指して走った。


「観念しなさい!」


「ちょ、ちょっと待って!」


 ボクの話を聞かず言葉とともにドアを勢いよく開くアカリ。

 彼女に遅れてボクも部室に飛び込んだ。

 縦長に作られた広い部屋の左右にはロッカーが並び、中央はガランとしていた。

 男子高生の部室特有の汗臭い匂いと、様々な制汗スプレーの匂いが混ざり合い、部屋に入った当初は匂いが鼻についたが、すぐに慣れた。

 部屋の奥には、黒い雲のような縄で体を縛られてうなだれている黒崎さんと、大男が一人。

 ノミコを右手に持ち退屈そうな顔で、パイプ椅子に座り、待ち構えていた。

 

 佐咲瞬だった。


「遅かったなクラマ、アカリ」


「佐咲くん!?」


「瞬くん……」


「もしかして、これはキミがやったのか?」


「だからお前はトロいんだよ。どうしてこの状況で俺がと思えるんだ?」


「前言撤回。キミがこの騒動の犯人でいいかな?」


 驚いてばかりもいられない。

 コイツの真意を問い正したうえで止めなくては。


「厳密にはちょっと違うがな。俺ではなく“コイツ”の魔力で発動した黒魔術だ」

 

 と、黒崎さんをまるでモノのように粗末に叩く佐咲。


「コイツ、どうやら俺のことが好きらしくてさぁ。それでちょっと利用したんだよ。黒魔術を使える奴ってなかなか居ないからな。ラッキーだったぜ」


「黒崎さん!」


 ボクの声は届いていないようだ。目もとろんとしており、何かに意識を乗っ取られているようだった。


「3日前、屋上から変なものが飛んでいくのが見えて、コイツをたまたま拾った時はラッキーって思ってたんだけど、俺には全然使えなくて困ってたんだよ。俺も魔術師の端くれだけど黒魔術の才能が無いんだな」


「佐咲くんが、魔術師の端くれ?」


「瞬くんは、もともと魔術師の家系でイギリスに住んでいたこともあるの。魔術師つながりで瞬くんとはたまに会うことがあって、彼のことは昔から知っていたの」


 改めて驚いた。佐咲が魔術師だったとは。コイツのキャラとはもっとも縁遠いイメージだ。

 そもそも小中高と佐咲がそういった怪しい行動をしていたことなど一度も無い。

 アカリが佐咲と仲良く話していたのも、そういうことなのか。


「そうだ。俺は魅了魔術、つまりチャームが使えてな。こうやって人を惑わし、かどわかすことだって出来る」


「瞬くんの魔術はパッシブスキル。常にチャームを放っている状態なの」


「そう、アカリの言う通りだ。俺はこの魅了魔術が昔から大嫌いでなぁ。いつもいつも俺の周りには人が集まるんだよ。飯食う時でも、トイレに行く時でも、先公に呼出しを食らった時でも。正直うんざりしてたんだよ」


 こいつの周りに人が集まるのはそういうことだったのか。

 そのカリスマ性と人心掌握術はいつも魔法のようだと思っていたけど、本当に魔法だったのか。


「そんなことのために、この騒動を起こしたの!?」


「確かに“そんなこと”だろうな。だけどアカリよぉ、お前も本当はうんざりしてたんだろ。みんなの前で明るく優等生を演じてさぁ。そんなことしてて楽しいかぁ? イギリスに居たお前ならわかるだろぉ? この日本の学校がいかに閉塞的であるかを。言いたいことも言えない。傷つきたくないから喧嘩も出来ない。誰かに決めてもらわないと動けないくせに、誰かに決めてもらわったことにはすぐ反抗して批判する。こんなもの、悪しき村社会の縮図だ。同調圧力と場の空気を読むことばかりに長けて、自分では何もしない。そんな奴らと同じ空間に居るのがホトホト嫌になったんだよ。それに……」


 佐咲はボクを睨んだ。


「そんなことしても、その魔術は5分で効力が無くなる。そしたら元通りだ」


「わかってねぇなクラマ。おい、ノミコ!」


「はいはい。確かにネクラ魔術では、このような広範囲だと5分だけをダウナーな気分にさせることが出来ると陰キャ童貞のクラマくんには説明しました。だけど、それはクラマくんの場合であって、このメガネっ子の場合は、その時間を何倍も増やせるんですよねー。まっ、これも才能の差ってやつです。ザコ乙!」


「そういうことだクラマ。残念だったな」


 くそ。やっぱり佐咲からノミコを取り戻すしか方法は無いのか。しかし、正直に言って佐咲からノミコを奪えるビジョンがわかない。

 だけど時間が過ぎれば過ぎるほど、学園内のカオスが増し、みんながパニックになる。トサカ先輩のように自殺を実行する者も出るかもしれない。

 考える時間なんて無い。


「俺は、お前たちを蹴散らして俺の望みを叶える!」


 部室を重たい空気が取り巻く。


「来るわよ!」


 アカリの言葉にボクは身構えた。


「ネクラになれ!」


 佐咲の言葉で、直径50㎝ぐらいの小さな黒い雲のかたまりがボクたち襲う。


「精霊よ! 我を守護せよ!」


 アカリが白い防護壁を展開した。


「そんなバリアなんてアカリよぉ!」


 佐咲は想定済のようだった。


「ノミコ! あれを蝕め!」


「はいはい。メルトスモッグ!」


 なっ、なんだその術!? 聞いたこと無いぞ。

 黒い雲と白魔術の膜が混ざって溶けて消えていく。


「そんな技があるなんてズルイぞ、ノミコ! そういうこと出来るなら、峰岸さんと戦った時に使えよな!」


「クラマくんが、ショボかったせいですよ! このメガネっ子の魔力すごいんです。あなたの軽く10倍はあります! クラマくんの魔力不足のせいで出来なかったことがいっぱい出来ますし、このように白魔術すら問題にならない。わたしも体が軽い軽い」


「嬉しそうに言うな!」


 言ってるそばから、障壁がどんどん虫食いのように破られていく。

 このままではネクラ魔術の餌食になる!


「こんのぉっ!」


 障壁が無くなる前に決着を付けようと、佐咲に飛びかかり、拳を繰り出すアカリだったが、


「そんなんじゃ傷一つ付けらんねーよ」


 と佐咲の前方が厚い雲の結界で覆われ《ジジジジッ!》と、火花が散り、手を弾かれるアカリだった。


「くっ!」


 強い反動で吹き飛ばされるも、上手に着地するアカリ。


「無駄だよアカリ。お前が優秀な白魔術師でも、魔術に長年浸かった俺がコントロールして、黒崎が豊富な魔力を供給するシフトには勝てねぇよ。クラマのような魔術初心者とはレベルが違うんだからよ」


「ネクラになれ!」


 そう言って再度、ネクラ魔法を放つ佐咲。


「避けて!」


 ボクにそう指示し、自分も避けるアカリだったが、黒い雲に当たってしまった。


「きゃああああっ!」


 悲鳴を上げ、倒れるアカリ。


「峰岸さん!」


「し……椎音君ごめん……。ミスった……」


 倒れた彼女に近づき上体を起こすも、虫の息だった。

 ボクの顔を見上げ、力なくつぶやき、そしてボクの左腕を掴み「うぅ……」と何か話そうとして、腕の力が無くなり、だらんと腕を落として目を閉じた。

 ごめん……ボクが役立たずなばかりに、いっつもキミには迷惑をかけてしまう。


 ボクは立ち上がり、佐咲とノミコに向かい合うことにした。

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