25ページ目 G・T・O ~グレー・ティーチャー・お子様先生~

 屋上には、ミカン先生がボクたちの到来を待ち構えていた。


「とうとう見つかってしまいましたね。あかりちゃん、クラマくん」


「ミカン先生……」


 ミカン先生の雰囲気はどこか大人っぽかった。

 アンニュイな表情のまま風にたなびく髪をかき上げ、ボク達を見つめる先生の瞳は、ボクの知っている小さくて子供っぽい先生のものとは違った。

 ミカン先生をことさら慕っていたアカリは心中複雑だろう。


「せんせーを追ってここまで来たのでしょ? ホント……ご苦労なことです」


「なんで? 先生はそんなことする人じゃないと思っていたのに!」



「教職者と言っても、せんせーにだって感情はあります。それにあれくらいのこと、騒ぐようなものでは無いと思うんですが?」


「ミカン先生、最低だな!」


「そうよ! どれだけ人の迷惑になるかわからないの!?」


「ふふふっ。彼らが困っている姿ですか。それはそれはとても滑稽でしょうね。右往左往する姿を、ぜひこの目で拝見したかったです」


「本当にサイテー。見損なったわ」


「ボクも同感だ」


 無邪気な顔から及びもつかない言葉をポンポンと繰り出され、ボク達はショックを受けていた。

 先生に裏切られた気分だ。


「あなた達も大人になればわかりますよ。いつまでも純粋なままではいられないと。世の中、綺麗ごとだけで済むような単純なものでは無いんですよぉ」


 全てを知っているかのような澄ました顔で、ボクたち若人を諭すミカン先生。

 しかし壊滅的にサマになってない。


「それじゃあ茶番は終わりにしますか」


「望むところだ!」


「そうよ! かかってきなさい!」


「……」


 屋上に一陣の風が流れ、緊張が走る。


「あのっ……」


「なんだ!」


「なによっ!」


「なぜ、そんなにも殺気立ってるんですか?」


「この期に及んで弁明でもしようって言うの? 決まってるじゃない! これから戦うんだから!」


「はてっ? なんでせんせーがお二人と対立しなければならないんです? たかだか職員会議をサボったぐらいで?」


「「へっ?」」


 屋上に、初夏とは思えない冷たい風が流れた……。


「せんせーは臨時の職員会議が昼休みに開催されるから、それがイヤでイヤで、保健室から脱走して屋上でサボっていただけんですが……」


「えっ? だって『みんなが困惑するところが見てみたい』って」


「そりゃあ職員会議は全員参加が原則ですから、せんせーが欠けたら会議が始められなくて困るでしょうね」


「でも『いつまでも純粋なままではいられない』とか『綺麗ごとだけでは済まない』ってワケありなことを言ってたじゃないですか」


「せんせーだって赴任当初は、職員会議にちゃんと出席して熱心に意見具申をしましたよぉ。だけど時間だけ浪費して何も決めないうえに、せんせーの意見を『若い』って理由だけでハナから聞こうともしない人達なんですよ。それって何言っても無駄と同じじゃないですかぁ、やってられませんよぉ!」


 ぷりぷりと不満を吐き散らすミカン先生。


「それに昼休みに開催されちゃ、ご飯も食べられないし、たまったもんじゃないですよぉ。教師だってお腹は空くんですよ!」


「じゃあ『終わりにする』って言うのは……」


「生徒まで使って呼び出しに来たので、観念して職員会議に行きますか……と言う意味ですが?」


 どうやらボク達は、若気の至りゆえの壮大なミスリードをしたようだ。

 アカリの猪突猛進が感染うつったかな?


「さぁ二人も早く教室に戻ってください。屋上は本来、立入禁止なんですからね」


「あの、ミカン先生」


 ボクたちとすれ違いざまに背中をポンと叩いて、屋上から退去するよう促すミカン先生に、念のため、ある質問をぶつけた。


「黒魔術って知ってる? しゃべる魔術書とか精神操作とか」


「クラマくん……。想像力豊かなのは結構ですけど、そんな妄想ばっかりしていると、みんなに愛想尽かされますよ? クラスメイトや隣のあかりちゃんに嫌われたくないでしょう?」


「えっ、あぁ。そう……ですね」


 ミカン先生は呆れたような憐れむような目でボクを諭した。

 いつもの生意気な子供のようで、ちょっとイラっときた。

 どうやらいつものミカン先生に戻ったようだ。

 いや、そもそもいつも通りだったのか……。


 ――*――


 屋上から階段を下りる途中、ボクとアカリは何とも言えない気分だった。


「どうやらフリダシに戻っちゃったね」


「そうだね」


「でもあたし、ミカン先生と対決せずに済んで、ホッとしてる」


 ボクも同感だ。

 ミカン先生にはいろいろと恩義があるから戦いたくなかった。

 でも待てよ?

 そうすると、なぜ黒崎さんはミカン先生を見たと言ったんだ?


「考えたくないけど、実は黒崎さんが嘘をついていたという可能性は……」


「無きにしもあらず。かも」


「もしそうなら、なぜそんなウソを?」


「こういうのって、あたし達の目をどこかに反らしたかったと言うのが定石よね」


「それはどうして?」


「決まってるじゃない。その間に時間を稼いで何らかの魔術や儀式を……って! 椎音くん、保健室に戻りましょう!」


 アカリが何かに気付き、保健室に向かおうと駆け出した時だった。

 大きな黒い霧が校舎の上空に発生し、急速に拡大していき校内を覆い尽くした。


「峰岸さん、これって!」


「黒魔術ね。それも特大の」


 ボクは何があってもいいように、アカリに白魔術のバリアを張ってもらい、魔術の影響を受けないように準備を整えた。


「これ、黒崎さんの魔力だわ! 倒れていたときに見た黒いモヤと魔力の気配がそっくり!」


 アカリは黒い霧を見て驚いていた。

 どうやら魔力や術にも個性があり、誰のものなのか判別が可能らしい。


「そうか……しまったぁ。あれは黒魔術を受けた残滓じゃなくて彼女自身の魔力だったのね……」


 頭を抱えて大げさに振り乱すアカリ。

 やっぱりちょっとウッカリさんだよな、この子。

 

「これ、ノミコが言っていた、全員をネクラにする代わりに効果時間が5分しか持続しない黒魔術だと思う。だからそこまで慌てなくても」


「なに言ってるの椎音くん! 時間が解決してくれると言ってもヤバイのに変わりないわよ! 学園中がパニックを起こして、ちょっとした暴動や乱闘が発生するわよ!」


「じゃあ、どうすれば?」


「あの駄本をとっちめて、黒魔術を止めるのよ!」


「でも、黒崎さんが今も保健室に居るとは……」


 と言葉を交えながら保健室に着いたが、やっぱり黒崎さんの姿は見当たらなかった。

 やはり逃げたか。どこに行ったんだ。次に彼女が行きそうな場所……。


「いいえ、そんなアプローチより、もっと単純に考えましょう。この黒い霧は場所によって、濃度が違っていた。だったら霧が濃い場所にその発生源があると考えるのが妥当じゃない?」


 めずらしく理にかなった分析をするアカリの意見に賛同し、ボク達は霧で漂う校舎内を走り回った。


『今の彼氏……ノリで告ったはいいけど、よく見たら、好きなタイプじゃなかったわ……』


『勉強とかしても無駄だよ……バカは一生バカのマンマなんだよ……』


『不良とか……今どきはやんねぇよ……。引っ込みがつかなくて続けてただけだし……』


『あぁ、神よ、悪魔よ……我の元に集いたまえ……魂の解放を我に……』


『ヒャーハッハッハッ! ヘッドバットは最高だぜ! これぞロックだ!』


 ヤバい。学園中の生徒が、ネガティブになっている。

 あるクラスでは全員お通夜のように静まり返って黒ミサのような儀式が始まっていたり、あるクラスでは、一人の男が机の上に立ち「俺がキングだ!」と言いだして他の生徒たちも、らんちき騒ぎをしていた。

 授業崩壊どころではない。

 学園崩壊のような混乱だった。

 彼ら一人一人を正気に戻しても、発生の原因を叩かないと結局は元の木阿弥になるため、ボクとアカリは原因を探ることに集中した。


「椎音くんこっち! こっちからすごい魔力を感じるわ!」


 アカリが魔力の発生源とおぼしき場所を見つけた。

 彼女が示した方角は、体育館の隣にある部室棟だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る