27ページ目 黒魔術師クラマ 最後の切り札!

「アカリ撃破――と。クラマ、あとはお前だけだ」


 佐咲はイスから立ち、ボクの方へと近づいて来た。

 絶体絶命だった。


 敵側の戦力は、

 魔術のコントロールに長けた身体能力の高いチャラ男。

 圧倒的な魔力を保持しているメガネっ子。

 真の力を取り戻したクソ駄本。


 対するこちらの戦力は、

 ネクラでひ弱な凡人。

 頼りの協力者アカリは戦闘不能。

 孤軍奮闘で黒魔術も使えない。と来ている。

 戦力差を冷静に分析したが、勝ち目は少ない。

 いや、無いと断言していい。


「そうだね。これじゃあ、どう見ても勝てないや……」


「やけに物分かりがいいじゃねぇか」


「一つ聞いていいか?」


「あぁ、いいぞ。オレ、だからな」


「キミがノミコを手に入れてまでしたかったことは、こんなことなのか?」


「皆を混乱させることか? こんなもの、お前とアカリをおびき寄せるためのただの余興だ。本当にやりたいことは別にある」


「だけど、ノミコの能力なんて、せいぜい周りの人達を短時間ネガティブにさせて、黒歴史を量産するぐらいだぞ。そんなこと、佐咲くんには必要ないだろ」


「わかってねぇなクラマ。おい、ノミコ!」


「はいはーい。ネクラ童貞クソ野郎のクラマ君にもわかるように説明しますね」


 ノミコは佐咲の左手の上で、くねくねしながら話しかけた。


「わたしの力は、人の心を操作することが出来るんですね。そしてそれは、使う人によっては永続的な効果をもたらします」 


「そう言うことだ。クラマ、お前この本の術式解除に夢中で、コイツがどういった特性を持った魔術書で、解放した術式がどんなものかって、勉強してこなかっただろう」


「そんなの、人に干渉して精神感応を引き起こすんじゃないのか? 黒魔術はデバフ系で、ネクラ魔法は人の感情を暗くさせて……」


 ボクはぶっきらぼうに答えた。

 ノミコのことを知ろうなんて考えたことがなかった。

 コイツはボクをいつもバカにするし、何考えているかわからないし、言動も行動も不可解で分かり合えることなんてないと思っていた。

 だけど、佐咲はたった2~3日で、コイツの特性を把握したというのか?


「それは表面的な部分を言っているだけで、何も知らないのと同じだ。コイツは“人の感情を奪う”ことが出来るんだよ。ネクラ魔法は“期待”や“友情”、“希望”といった感情を奪っていたんだよ。だが、あいまいで複合的な感情だから効果はすぐ切れるがな」


「感情を奪う?」


「そう。人間が通常持っている喜怒哀楽。それを感じなくさせることが出来るんだよ。ほんとに恐ろしい魔術書だ。コイツにちょっと念じれば、嬉しい時に嬉しいと思わせず、悲しい時に悲しいと思えないように感情を奪ってしまう。それがコイツの真の能力だ」


「怒りや悲しみが消えるなら、それはそれでいいと思うんだけど……」


 ボクは考えなしに、感情が消えることに対してそのような感想を述べた。

 だが、この答えを聞いた佐咲は少し落胆しているようだった。


「バカですねー。ほんとバカ。この意味がどういうことか全然わかっていない。人間から怒りを取ってみなさい。きっと人は退化するでしょう。かつて人間は不快や不便による憤りを原動力に、ここまで文明を発達させました。怒りというのは人間活動の原動力でもあるのです。悲しみの感情だって、悲しみがあるからこそ、人は誰かや何かを慈しみ、大切にすることが出来る。わたしはどっちが無くなっても構いませんよ。所詮、ヒトごとなんで」


 ボクは言葉に詰まった。


「あと、みんなと楽しい時間を共有したり、一つのことをやり遂げた達成感すら奪えるということですよ。わたしの力を使えば、今まで好きだった人に何の感情も抱かなくすることも出来る。それって人間って言えるんですかねー?」


「それは……」


 まさかノミコに説教される日が来るとは。ボクなんかよりこの駄本の方がよっぽど人生の真理を得ているのかもしれない。


「安心しろよクラマ。オレはそういう根本の感情は奪わねぇよ。オレが奪う感情、それは“あこがれ”だ」


 あこがれ? ずいぶんと具体的な感情だな。


「オレは皆から“あこがれ”という感情を奪って、普通の人と同じように生きる! この女の豊富な魔力と奪う感情をピンポイントに限定すれば、高校3年間は持つだろうからな。これで誰からも尊敬や嫉妬をされなくて済む」


 コイツが何を言っているのか全然理解できない。

 だって佐咲はいつも自信たっぷりで、皆の中心にいてちやほやされて、輝いていて、それのどこに不満があるんだ。

 日陰者の自分には全くわからない、贅沢な悩みだ。


「佐咲くんは皆の人気者に不満は無かったんじゃないのか?」


「そんなわけないだろっ! オレに寄ってくる奴らは、全員オレに目を付けられないように必死で友達を演じていただけだ! 一人としてオレと同じ目線で話してくれる奴なんか居なかった……」


 安原と新山のことだ。ボクがネクラ魔法をかけた最初の二人。


「部活でもそうだ! オレが1年でレギュラー入りした途端、先輩の態度が変わった。先輩のくせにオレにすり寄ってきたり、嫉妬で執拗に嫌がらせを仕掛けてきて、挙句の果てには『来年キャプテンになったら、自分をレギュラーにしてくれ』と、懇願してくる奴も出てくる始末だった」


 佐咲は、バスケ部のトサカ先輩あらため小坂先輩が自殺未遂をしたのは、自分が彼からレギュラーのポジションを奪ったからであると告白した。

 小坂先輩は、レギュラーを外れてからは、毎日のように脅しや嫌がらせをしてきたらしい。

 しかし佐咲が屈しなかったため、今度は泣き落としでレギュラーを交代してほしいと懇願してきたそうだ。

 だが先輩の悪事は、他の部員に見つかり顧問に告げ口されて潰えたらしい。そして強制退部からの自殺という流れだそうだ。


「オレと小坂先輩の実力はほぼ同じだった。小坂先輩、素行は悪かったけど、バスケへの情熱は本物だった。だから本当は先輩が選ばれるべきだった。だけどオレの魅了魔術チャームのせいで、顧問やチームメイトはオレを選んだ。オレも必死に訴えたさ。『小坂先輩は3年生で、最後の試合だから彼をレギュラーにしてくれ』って。だけど誰もオレを憐れむばかりで、オレの言うことを聞いちゃくれなかった」


 佐咲は、黒崎さんの顔を挟むようにグイッと掴み、話し続けた。


「コイツだってそうだ。オレのことなんか何もわかっちゃいない。オレに告白してくる女は、オレの内面なんか見ちゃいない。オレの魅了魔法チャームによる影響と、佐咲の彼氏というステータスが好きなだけだ。どんな女も気まぐれで少し親切にしただけで、コロッと落ちやがる。それが、魔術によるものだと知らずにな」

 

 佐咲の言葉に気圧されて、ボクはただ黙って聞くしかなかった。


「クラマ、お前だけだったんだよ。オレの魅了魔術チャームの干渉も受けず対等に接してくれる奴は。そんなお前にも裏切られ、オレはもうすべてが嫌になった。こんな能力完全に消してやりたい、だけど、そんなことは無理だ。だから、黒魔術を使って、憧れや憧憬というものを消してやるんだよ!」


 佐咲は少し泣いていた。

 そうか……。ボクは黒魔術の適性があるから、佐咲の影響を受けなかったのか。

 ボクが佐咲のことを嫉妬したり、イラついたりすることは、コイツにとって救いだったのか。

 ちっとも知らなかった……。

 いつも注目の的だったことが、そんなにも重荷だったとは……。


 

 だけど……

 だからこそ、ボクは佐咲瞬を止めなければいけない! 

「お前の考えは間違っている」と指摘できるのは、お前を止められるのは、小中高と幼なじみで腐れ縁で、黒魔術師である、椎根鞍馬だけなんだ!



「さぁ、話は終わりだ……ノミコ!」


「アイアイ!」


 佐咲はノミコの呪文が書かれているページを開き、術を唱えようとしていた。


「ちょっと待った!」


 彼らのタイミングを削ぐようにボクは大声を上げた。


「あのさ、見逃してくれない?」


「はぁ? お前本気で言ってんのか?」


「本気さ。キミの願いは切実だし、ボクも黒魔術を喰らったことがあるけど、とてつもなく辛くて苦しくて。あんな体験は二度とごめんだ。だから降参……」


「お前、最低な奴だな。アカリはどうするんだよ?」


「好きにすればいいよ。以前ノミコが言ってたように、ひん剥いて、男子更衣室にでも放置すればいいし、黒魔術の実験台に利用すればいいんじゃないの?」


「見損なったぜクラマ。お前そんな奴だったのか!」


「そうだよ。ボクの本性なんてこんなものだ。キミとは正反対なのに、いつもキミの友達みたいに扱われて本当は辟易していたんだ」


「クラマっ! テメェー!」


 来るか? と思って身構えた。


「……なんて言うと思ったか?」


 ちっ、気づいていたか。


「お前、アカリに白魔術の力を分けてもらっただろう。白魔術を体のどこかにコーティングしてもらったってところだな。そして、オレが来た時に一か八かのカウンターを狙って。ってのが筋書だろ?」


「よく……分かったな」


 ボクの作戦が読まれていた。


「椎音鞍馬という男は、相手に油断させといて卑怯な手で陥れるってワタシが入れ知恵しました! ホメテホメテ!」


 お前ふざけんなよ! というか、なんで佐咲には素直で従順なんだよ!


「ネタばらしするなよ! ノミコ!」


「えー? わたしの愛を拒絶したのは、クラマキュンじゃないっすかー。ワタシは稀代の黒魔術書ですよ。やっぱり魔術を使って面白おかしい展開にした方が楽しいし、それがワタシの存在意義でもあるんです。それに、かたや黒魔術をちゃんと理解して使ってくれる浅黒イケメンと、膨大な魔力をくれるメガネっ子。かたや地味でチビで無能な童貞ヤロウと、ピーピーうるさい小憎たらしいバカ女と比較すれば、誰だってイケメン君とメガネちゃんを取りますよ」


「このぉ……強いモノに巻かれやがって。ふざけるなこの駄本!」


「何とでも言ってください。この後あなたにも最大級の黒魔術をかけて、永遠の中二病にして、さしあげますよ」


「この鬼畜! 魔術書の面汚し! 身体なかみ真っ黒の汚い中古買取不能品が!」


「あぁん……。クラマきゅんのその罵倒だけは一級品ですね……。ゾクゾク来ますぅ」


 ノミコはどう見ても愉快犯的な発想をするから、コイツを説得しても大して意味が無いことは重々承知していた。

 だからこその会話だ。少し時間を稼げた。


「さぁどうする? クラマ」


「どうするもこうするも、ボクのとっておきの策が見破られれば、取れる手段は一つじゃないか……」


 そう。ノミコとの会話は、ボクに視線を集めることがそもそもの狙い。


「チェックだっ!!」


「くぅらええええ!!」


 即座にアカリが佐咲に飛び蹴りを仕掛けた。

 そう、彼女は黒魔術にやられたんじゃない。

 この奇襲のためにわざとオーバーに術を受けたフリをしたんだ。


「ちっ! このペテン師が!」


 あわてて黒魔術の壁を作る佐咲。


 〈バチン!〉と白魔術と黒魔術が削り合って、火花が飛び交った!


「ぐぅぅぅぅ!」


 佐咲は黒魔術を展開するのが遅れたのか、押され気味だった。


「はああああ!」


 アカリも脚部に全身全霊の魔力を込めてぶつけていた。

 二人の力はほぼ拮抗していた。


「やああああ!」


 ボクも非力ながらパンチで加勢するが、佐咲に片手で止められてしまった。


「くっそおおおぉ。ぐううううう!」


 ボクも必死に力を入れて一矢報いようとするが、アカリにコーティングしてもらった白魔術が少しずつ剥がれ、佐咲の黒魔術の壁に侵食されるのも時間の問題だった。


「椎音くん! 離れて!」


「よそ見すんなよ! アカリぃ!」


 一瞬のスキを突き、黒い雲の壁がさらに分厚くなる!


「ぐぅうっ! 負ぁけるものかあああ!」


 アカリも渾身の力で、黒い雲を必死に蹴り破ろうとしている。


「があああっ! 闇が、暗黒がぁ!」


 だが先に根を上げたのはボクだった。

 黒魔術に本格的に侵食されてきたのだ。

 それでも、あることだけに集中し、両手を伸ばす。


「椎音くん、もう限界よ! やめて!」


「だからッ! よそ見すんなって言っただろっ、アカリィッ!」


「えっ? きゃああああ!」


 ここぞとばかりに魔力を一気に込めた佐咲。

 ついに力の均衡が崩れ、黒い雲の壁に勢いよく弾かれてしまうアカリ。

 ロッカーが歪むほどの衝撃でぶち当たり、今度こそ意識を失ったようだった。

 ありがとう。白魔術師としての責任感だけで、ここまで自分に付き合ってくれて。

 キミは本当に優しくて真っ直ぐな良い子だ。


 だから少し休んでいて。


「ふぅ、やれやれ……さて、今度こそ本当に終わりだ」


「そうだな」


 もはや、これまで――いや……今度こそ!


「チェックメイトだ!」


 ボクはノミコをこの手に取り戻していた。正真正銘、これがボクの最後の手だった。


「ちっ、いつの間に。まぁ、いい。どうせその本は、お前の言うことなんてもう聞かない。あるじを鞍替えしたんだからな」


「そうですよ! ワタシを捨てておいて、今さらワタシが必要だって言われてもなびかないんだからね! ワタシ、そんなに尻が軽い魔術書じゃないの! クラマくんのために働くなんて、まっぴらゴメンですからね!」


「そうだろうね。ボクも悪かったけど、お前も薄情だから、そう言うと思っていた。だからこうするんだ!」


 ボクは約1か月かけて必死に封印解除したページ部分をおもむろに開いた。


「なっ、何するんです!? あなたの命令では動きませんよ!」


 さて、この胸ポケットから取りいだしたるモノ。それは黒いボールペンが1本。

 三〇鉛筆の加圧ボールペン0.7㎜黒色芯。通称パ〇ータンク。

 圧縮空気によってインクを常に押し出すことによって、ペン先からの水の侵入を防ぐだけでなく、紙が雨にぬれても描ける優れもの。

 お値段税込み189円(近所の文具屋調べ)


「ノミコちゃん、これなーんだ?」


「もっ、もしや……いや……ヤメテ……」


 ノミコの声が恐怖で震えていた。

 これから降りかかる惨劇に身を震わせているようだった。

 だが、残念ながらノミコは瞬間移動逃げ出すことが出来ない。

 なぜなら、ボクの手は白魔術でコーティングされているからだ。

 さっきの黒魔術の結界に手を入れたことで、多少ボロボロではあるが、ノミコの逃走ぐらいは阻止できるようだ。


「察しがいいなノミコちゃんは。もちろん……イヤと言われて止めるわけ無いだろ!!」


「いやあああああああっっ!!」


 乙女? の悲鳴が部室内にこだました。

 ボクは文具の試し書きコーナーにあるメモ帳のごとく、ノミコの本文が記載されている箇所をぐちゃぐちゃに書きなぐった。

 グルグルと渦巻きを書いたり、波線を書いたりと、出来るだけすべてを埋め尽くすように書いて書いて、書きたくり、書きなぐった。


「おっ、おい。何してるんだ」


 呆然とする佐咲。

 無理もない。はたから見れば、ボクは気が触れたとしか思えない行動をしているんだから。


「いやああああ! なにするんですかああああ!」


「お前を再度封印しているに決まっているだろ! じいちゃんがやったように! そうしないと、またこの騒動は起きる! だから災いを根元から絶つ!」


「ぎゃああああ! 人類の叡知の結晶が! 集合知がぁ!」


「ただの黒歴史だろうが!!」


 そして、ボクの全身全霊の落書きによって、黒魔術は再度封印された。


 さらば、オ〇ニー155.5発分……。

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