22ページ目 黒の同志と白の素顔

「ないっ、ないっ!」


 放課後、やっぱり気になって、アカリと二人でノミコを探した。


「おーい、ノミコー。さっきは悪かった。謝るから出てきてくれ!」


 ノミコが落ちた校舎裏の茂みで声を掛けるも、反応が無かった。


「駄本ー。燃やされたくなかったら出てきなさーい」


 鳥と蝉の鳴き声しか聞こえない。

 この状況から察するに、答えは一つだった。


「ヤバイ……。無くしちゃった……」


 じわぁっと、気持ち悪い汗が背中から流れた。


「困ったわね」

 

 アカリが追い打ちをかけるように不安を煽る。


「やっぱりヤバいよね……」


「あの駄本、もう誰かの手に渡っている可能性があるわ。非常にまずいわね……」


「それは黒魔術が悪用されるかもしれないから?」


「いや、あの駄本があたしの醜態を言いふらすかもしれないから」


「そっちかい!」


「そりゃあ黒魔術が悪用されることは緊急事態だけど、あたしにとっては黒歴史を暴露されるほうが大問題なのよ!」


「ボクと対峙したとき、あれだけ『黒魔術は悪だ』って怒りに燃えていたあなたはどこ行った?」


「だってだってぇ! 幼児返りしたあたしがあんなバカっぽいなんてみんなびっくりするわよ! あぁ……これまで積み上げてきたあたしの知的なイメージが……」


 アカリが子供の頃はアホガキだったようで、毎日おねしょしたり、スッポンポンで走り回ったり、イタズラ好きで周囲を困らせてばかりだったらしい。

 すべて(幼少のころの)本人談だから間違いない。


「峰岸さん、自分のイメージ大事にするタイプだったんだね。天然キャラだと思ってた」


「なに言ってるのよ! それもこれもキミが黒魔術をかけたせいよ! 打算とかあざとい自覚なんて、これっぽちも無かったのに、黒魔術を受けて以来、あまのじゃくな考え方しちゃうようになったのよ!」


 そうか。やっぱり黒魔術の影響か……。

 ……いや待て、それは無い。

 ボクが土下座したときは悪魔かと思うほど打算的だったぞ。


「仮に、あの駄本が誰かの手に渡っても、魔術士としての素質が無いと使えないから悪用される心配は少ないけど、それでも他人の手に渡るのはまずいわね。とにかく校舎内を探してみましょう。怪しい人や魔力の気配を感じたら一人で対処せずにあたしを必ず呼ぶこと。じゃあ捜索開始!」


 ――*――


「おーい、ノミコぉ」


 夕日が差し込んだ校舎に、ボクの声だけがむなしく響く。

 ボクは今、校舎と文化棟をつなぐわたり廊下に居て、これから文化棟を探すつもりだ。

 神崎学園を真上から見下ろすと、ちょうどアルファベットのHのカタチをしている。

 Hの左タテ棒が本校舎、右タテ棒が文化棟だった。

 つまり、わたり廊下から文化棟へとまっすぐ歩くと、このまま行くとT字路のつきあたりに当たる。

 ボクは、ノミコの名前を呼びながら、視線をキョロキョロ彷徨わせて歩いていた。

 

「投げ捨てて悪かった。だから出て来いよ」


「きゃっ!」


 案の定、出会い頭に誰かとぶつかった。

 ノミコの捜索に集中していて、人の気配に気付かなかった。

 女の子は、散乱する本のうえに尻もちをついたため、ボクは慌てて声を掛けた。


「ごめん! 大丈夫?」


「こっ、こっちこそごめんなさい」


 女の子は、ボサボサの長い黒髪と丈の長いスカートのせいか非常に地味な印象を受けた。

 だが、よく見ると童顔系の可愛らしい顔をしていた。

 彼女は赤いアンダーリムのメガネと、服の上からでもわかる隠し切れない胸のふくらみが特徴的だった。


「立てる? 大丈夫?」


「あっ、ありがとうございます」


「ごめん。別のこと考えてた。本拾うの手伝うよ」


「あっ、わたしも……前見えてなくて、すみません」


 男の人と会話するのに慣れていないのだろうか?

 ボソボソと声が小さくて聞き取りづらい。

 だが声色は丸みを帯びた癒し系の声だった。


「きみは図書委員?」


「あっ、いえ違います。吉田先生に言われて本を図書室に持っていく途中だったんです」


「へぇ。そうなんだ」


 図書室は文化棟の2階にある。

 ボクは図書室の常連だけど、この子は見たことが無かった。

 これは国語教師の吉田に上手いこと使われたケースか。

 あのおっさん。本当に生徒使いが荒いな。

 この子は、ある意味ボクと同じ、あの中年オヤジの犠牲者か。

 

 床に散乱した本を一緒に拾ううちに、一つの本が目に留まった。


「あっ、これ『陰陽狂いのサト子ちゃん。異世界を征く』の第4巻だ。たしか明日発売だったはずじゃ?」


「えっ!? あっ、それはたまたま書店で見かけて。フライングで販売してたから買っちゃいました」


「ということは、これ、きみの?」


「はい、私のです」


「これ好きなの?」


「はい!」


 同志だ。こんなところで同志が居るとは。


「もしかしてご存じなんですか?」


「うん。ボクもこのシリーズが好きで。クライマックスでせっかく穏便に事が運びそうだったのに、サト子が一日4回が限度の陰陽術を、いっつもポカして5回使ってしまい陰陽術が暴走して、全部台無しにしちゃうシーンが好きなんだ」


「あっ、私もそのくだり大好きです。だけど私はサト子ちゃんがいつもけなげに頑張る姿が可愛くて好きなんです」


「わかる。なんか応援したくなるよねー」


 同志だからなのか、背丈が同じぐらいだからなのか、なんか親近感が湧いてしゃべりやすいな、この子。


「ついでだから図書室まで運ぶよ。重そうだし」


「あっ、本を拾ってくれただけで十分ですので……」


「まぁまぁ、そんなこと言わずに手伝わせてよ」


 図書室に向かう途中、ボクたちはラノベ談義に花を咲かせた。

 彼女のラノベの趣味はボクと似通っていて、どこかテンプレから外れた変わり種のラノベを好んで読んでいた。


 ――*――


 図書室に着いたボクたちは


「それじゃあ、ボクは行くよ」


「おかげさまで助かりました。えっと……」


「ボクは1年4組の椎音鞍馬です」


「ありがとうございます椎根くん。あっ、あの私は1年2組の黒崎橙央子とおこって言います」


「じゃあ黒崎さん。また」


「はい。ではまた」


 黒崎さんと別れ、少し浮ついた気持ちのままノミコの探索を続けるも、まったく成果なしだった。


 ――*――


「結局見つからなかったわね。どこいったのかしら、あの駄本」


 空が暗くなり始めたころにアカリと合流したが、彼女も空振りだったようで若干疲れた顔をしていた。


「もう18時か。あたし今日は用事があるから、先帰るね」


「ありがとう。ボクはもうちょっと探してから帰るよ」


 アカリと別れて、一人で夜の校舎を探し続けるものの、ノミコは見つからなかった。

 結局、今日の成果と言えば同じ趣味の同志と出会えたことだ。


 ――*――


 帰宅部のボクにしては夜遅くに帰るなんて久しぶりだ。

 スマホで時刻を確認すると、ちょうど19時を指していた。

 家まで歩いて約30分かかるから、19時30分には家に着く。


 歩き始めて10分ほど経ち、登下校時にいつも横断する片側二車線の道幅の大きい幹線道路に差し掛かった。

 ここは常に渋滞しており、夜も車のライトで煌々としていた。

 渋滞の理由は、3か月前から1車線ずつ舗装工事をしているためであった。

 その幹線道路で信号待ちをしていると、つい先ほど……具体的には2時間前に見た顔が作業服を着て、黄色のヘルメットをかぶり、ビームサーベルみたいな棒を振って、工事車両の誘導と交通整理をしていた。


「オーライオーライ! ハイストーップ!」


 金色にたなびく髪は、車の煙ですすけ、透き通る白い顔は、油か土か判別できない泥で黒ずんでいた。


「あのぉ?」

 

「信号変わりましたー。早めにお渡りください。ご迷惑をおかけしております。気を付けてお通りくださいー」


「峰岸さん、ですか?」


 こういう時、本当は声を掛けない方がいいんだろう。

 十中八九、込み入った事情があるはず。

 だけど、ボクはそう言った事情も織り込んで声を掛けた。

 いや……違う。そんな難しいこと考えていない。

 ボクは、アカリだから声を掛けたんだと思う。


「はい、峰岸はワタシです。あっ、苦情ならすみません! 工事監督を呼びますので、そちらに……って、椎音くん!?」


「何やってんの?」


 学校に居るときの華やかな彼女からは想像もつかない飾り気のない地味な姿だった。

 彼女が白魔術師だったことよりも衝撃的だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る