23ページ目 清廉潔白ではない白魔術師

 夜の工事現場でアルバイトをしていたアカリを偶然発見したボク。

 彼女が働いている理由を探るために、休憩時間まで待つことにした。

 その間、特にやることも無かったため、彼女の仕事ぶりを観察していた。

 アカリはノミコの捜索で疲れているはずなのに、ソツなく笑顔を絶やさずにテキパキと仕事をこなし、正直かっこいいと思った。


 1時間後、やっと休憩になったようで一息つくアカリの接近に成功した。


「お疲れさま。はいこれっ」


 アカリにペットボトルの紅茶を差し入れした。

 アカリはボクが手渡したペットボトル飲料を左手で受け取り、立ち仕事で足が疲れていたためか右手でふくらはぎをマッサージしていた。


「峰岸さんはなんでアルバイトを? 校則では確か――」


「校則違反だね……。幻滅した? 学校でのイメージと違うもんね……」


「校則で禁止されているアルバイトをしていたのは意外だった。規則を破るタイプじゃないと思っていたから」


「あははっ……そうね。あたしも校則違反はちょっと心苦しい……かな」


「何か事情があるんだろうな。とも思ったけど」


「そうね。あたしの場合、事情と言うより『意地』かな?」


「意地? もしよかったら理由を教えてくれない?」


「うん……」


 アカリはそう言った後、排気ガスと工事現場の土煙で汚れた空を見上げながら、ゆっくり独白しだした。


「あたしね、家出同然で日本に来たんだ。日本の留学にパパは反対だった。だけど、どうしてもママの居た国で学生生活を謳歌したかったの。ママは日本のハイスクールの話をするとき『友達に・部活に・学校行事に・恋に……高校生活の思い出は、ずっと色褪せなくこの胸に残っている』って、いつも楽しそうに満たされた顔で話してくれたことをずっと覚えていた」


 アカリも、母親の話をするときは、とても嬉しそうで満たされている表情をしているのに気づいていないだろうな。

 そして少し悲しそうでもある。


「たとえ一人でも留学するって言ったら、パパすっごく怒っちゃった。ママのおばあちゃんが口添えしてくれて、何とか留学出来たんだけど『学費・生活費その他自分で何とかする』って宣言しちゃって。おばあちゃん家に居候すれば、生活費は何とかなるし、少し貯金もあったから、ちょっとバイトすれば楽勝。って思ってたんだけど……」


 猪突猛進で向こう見ずな性格は昔からだったか。

 あれこれ考えて動かないよりよっぽどましだが。


「おばあちゃんね、これ幸いとあたしが居候を始めたその日に、世界一周クルーズ旅行に出かけたちゃったのよ!」


 間違いなく、その人はアカリと血がつながっているな。

 アカリの性格は家系か。


「『じゃあ、この家、好きに使っていいから』って生活費も渡さずによっ!? そのうえ、水道光熱費だけじゃなく、町内会費や税金まで孫に支払わせるのよ! 信じられる!?」


 どんどん声がヒートアップしていく。


「おかげで貯金もすぐ底をつき、アルバイトも掛け持ちでやらないと、とても生活できない状況。だから、こうやってアルバイトで必死に食い扶持を稼いでいる。これが真相。笑っちゃうでしょ?」


 いろいろ諦めた顔で自虐的に笑うアカリだった。


「笑わないよ。むしろすごいだろう。少なくともボクには真似できない」


「大げさよ。体力があれば誰だって出来るわよ」


「その体力が常人には無いんだって。……ん、待てよ? もしかして峰岸さんの貧血の原因って……」


「そう、ただの過労と栄養不足。疲労困憊こんぱいなうえに、食事もロクにしていなければ、そうなるわよね」


 なるほど。貧血で保健室に頻繁に通っていた理由も、幼児退行したアカリちゃんが豪快に腹の虫を鳴らしたのも、これで合点がいった。

 まぁ、水道光熱費だけでも手一杯なのに、税金まで払わされたらすぐに金欠になるわな。


 ボクも何か手助け出来るといいんだけど、学生が大したこと出来るわけ……。

 あっ、一つだけあるかも。


「峰岸さんに提案があるんだけど。金欠で食事もままならないなら、夕食だけでもボクの家に食べに来ない? ボクの家、いま父さんが単身赴任中だから母さんと二人だけなんだ」


 何気なく提案したけど、よくよく考えれば同じ学校の男子生徒の家に、女子生徒が入り浸るところを誰かが見たら悪い噂が流れるだけだ。

 さすがに無茶な提案だったかな?


「えっ……?」


 ほら引いてる。やっぱりダメか。


「それって、椎音くんのお母さんが困らない? あたし結構食べちゃう方だけど」


 即答で断られると思ったが意外な反応だった。


「きっと母さん小踊りして喜ぶと思う。ボクが少食だから料理作っても張り合いが無いんだって。以前、峰岸さんがご飯を美味しそうに食べる姿を見て久々に嬉しくなったとか言ってたよ。だからどう?」


「椎音くんのお母さんの手料理かぁ。美味しかったなぁ……。うーん。いやいや一人で頑張るって決めたんだから、甘えてはダメよアカリ。でも……」


 頭を抱えたかと思いきや、腕組みをするかと思うと『考える人』みたく拳を口に当て思案したり、コロコロとポーズを変え、ぶつぶつ独り言をつぶやいている。

 どうやら彼女の脳内に住まう天使と悪魔が闘っているようだ。

 何ともうらやましい限りだ。

 ちゃんと対立構造になっている。

 ボクの脳内には陽気でアホなアミーゴブラザーズしか居ないから漫才始まっちゃうんだよ。


「いますぐに答えを出さなくていいから。考えておいてよ。母さんも喜ぶから」


「えっ? あっ……。あぁ、そう。うん、考えておく」


「それじゃあ帰るよ。バイト頑張ってね」


「うん。飲み物ありがとう。それとバイトの件は……」


「ボクは今日、みんなのために汗水流して働いている交通誘導員の姿に感動して、飲み物を差し入れただけだ」


「えっ……?」


 少々キザったらしく言ってみたものの、何とも気恥ずかしく、逃げるようにその場を去った。

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