17ページ目 クラマくんには決して屈しないんだから!
貧血で倒れたアカリをそのままにしておくことも出来ず、ボクは保健室まで彼女を運んだ。
アカリは見た目以上に軽かった。出るところは出ているのに不思議だ。
幸か不幸か保健室にはミカン先生も誰も居なかった。
「いやぁ、助かりましたね」
「助かりましたって、のんきなこと言ってるけど、次はどうするんだ?」
「そうですね。彼女の記憶を消しましょうか」
「唐突だな。ノミコ、そんなこと出来んの?」
「消すぐらいなら、ちょちょいのチョイですよ。この女もあなたに対してやろうとしていたじゃないですか」
ページをヒラヒラたなびかせ、宙を浮遊しながら語るノミコ。
「だけどお前が言っていた、魔力の奔流がー。ってのに対する解決にはならないんじゃないか?」
「えぇ、だから記憶を封印するんですよ」
「ますますわからない。記憶を封印すると彼女の力も無くすことが出来るのか?」
「魔力そのものはなくなりませんが、記憶を消すことで、白魔術の概念や白魔術の使い方を忘れさせれば、この女が因縁をつけて、また決闘するようなことは無くなります」
「ふーん。ただ戦わなければ丸く収まる気がするんだけど、なぜそこまで徹底するんだ?」
「黒魔術と白魔術を交互に掛け合うのがマズいので、白魔術側には舞台から退場してもらう方があれこれ考えなくて済みます。それに白魔術師っていうのは何とも面倒なヤツラで――」
ノミコの話に耳を傾けていたため、またしてもボクは“彼女”の存在を忘れていた。
「キミたち。敵が近くに居るのに、よくベラベラと警戒心もなく喋れるわね」
「「うわっ!」」
つい、ノミコとハモってしまった。
「いつ目覚めたんだ!」
「『私の記憶を消そう』ってところから」
「おはようございます。クソ金髪クソ眠り姫。黒魔術に敗北した気分はいかがですか? ねーねーどんな気分?」
早速ケンカを吹っ掛ける駄本だった。
「とっても最悪な気分よ……」
頭を抱えてボクたちを睨むアカリ。とても不機嫌そうだ。
「それでは無理なさらずに、一生目覚めないでもらえると好都合なんですがねぇ」
「ふざけないで!」
ノミコとはすでに一触即発の雰囲気が漂っていた。
「あんたたち、あたしをこれからどうするつもり?」
「どうするもこうするも、まずはオマエの記憶を消すんですよぉ。そして拘束して丸裸にして『好きにお使いください』と書いて、性欲ムラムラの野獣どもが居る汗臭い部室に放り込んで、後は若い者たちで、ヒッヒッヒッ……」
「はいはい。ノミコは黙っててくれ。言っておくがボク自身は危害を加えるつもりはない。ノミコは峰岸さんの記憶を消そうと提案しているが、ボクは賛成していない」
ノミコに話の主導権を与えると進むものも進まない。
ボクは割って入るように自分の意見を述べた。
「じゃあ、早く解放しなさいよ!」
「まぁまぁ、ボクの話を聞いてよ。ボクはこの力が手放せない。この力があるから、ボクをバカにする奴、コケにする奴、利用する奴、そんな奴らからやっと解放されたんだ。悪いことには使うつもりはない。だから」
「『だから、ボクの邪魔をしないでほしい』とでも言いたいの? そんなこと許可するわけないじゃない! 黒魔術は悪魔と契約して行使する魔術よ! そんなものを野放しにして、悪いことが何も起こらないはずがない。あたしは白魔術師として、そんな危険な能力を見過ごすわけにはいかないの!」
「やっぱり、この女ひんむいちゃいましょうよ。ワタシ、コイツ嫌いです。暑っ苦しい正義感振りかざして、自分のやっていることは絶対正しいって思い込んでる顔ですもん。こっちの都合なんて聴く耳持たない、いかにも独善的な感じがいけすかねぇです」
「なんですって!? そっちこそ古本屋で買取不能って言われて、溶解処理されなさいよ!」
「かあああぁぁぁ、ムカつく女ですね! この女、立場ってものが分かってませんね? オマエの生殺与奪権はこちら側にあるんですよ! あなたの記憶を消すことも、一生消えないトラウマを与えることも、こっちの自由自在なんですからね!」
「やれるもんならやってみなさい! あたしは黒魔術になんて決して屈しないんだから!」
そのセリフは「快楽堕ち」フラグなんだが……。
オークにやられる女騎士を想起した。
しかし二人ともギャンギャンうるさい。女同士の言い争いってこんな感じなのか?
「あの」
「「なにっ!」」
一人と一冊が、ボクの言葉に食い気味に反応する。
「話を聞いてほしいんだけど」
「「今、取り込み中!!」」
この二人、実は性格が似ていてるのでは?
「いいから二人ともボクの話を聞いてくれ!」
普段出したことが無い大声で、二人の痴話喧嘩を遮った。
「ボクは、峰岸さんが想像するような『黒魔術を悪事に使おう』とか『この学園を混乱に陥れよう』なんてこと、ちっとも考えていない。ただ、弱いモノが強いものに淘汰されないように知恵を使うのは悪いこと? 言われのないやっかみや不当な圧力や暴力から己を守るために、この力を使うことがそんなに悪いことなのか?」
「悪い!」
「そうそう悪いに決まっている……って、オイ!」
「何よ?」
「少しは考えこんだり、こっちの心情を察してくれてもいいんじゃないか?」
「そんなことに迎合するわけないじゃない! 魔術に関わった時から、その本が見えた時から、あなたは普通の欲望を持った人間じゃない! そんな人が我が身を守るためだけに魔術を行使するわけがない! そのうちキミは、欲望に支配され自分に都合の良い環境を作りだす! そうなる前に白魔術師の私が止めるの!」
「ねっ? クラマくん何言っても無駄ですよ。白魔術師は『己が正義だ』と信じ込むような、ヴァカが多いんです」
「正義感が強いの!」
「うるさい単細胞!」
「あいったぁ!」
ノミコのダイレクトアタックが脳天に直撃し、うずくまるアカリ。
あれ、すっごく痛いよな。
「さぁ迷うことはありません。とっととこの女の記憶を消しましょう。遠慮することはありません。命まで奪うわけじゃないし」
机の落書きを消しゴムで消すような気軽さで記憶の消去を提案してくるノミコ。
しかし、そう簡単に割り切れるほどボクは出来た人間じゃない。
「記憶を消すって、どこまで消すんだ?」
「白魔術に関する記憶とあなたがコイツと関わってからの記憶を消去します。そして、我々との間に二度と接点が起きないようにします。つまりギャルゲーで言う“フラグ”を消すってことですね」
フラグを消す。つまり記憶を封印すれば、彼女との関係も消えてなくなるのか。
「いったぁい……」
涙目でボクたちを見つめるアカリ。
「なぁ、ノミコ。白魔術と共存する方法って無いのか?」
「何を言ってるんですか! そんなものは無いですよ。白魔術はこの世から消えてなくなるべきです!」
「そう言うなって。稀代の魔術書のお前ならそんなこと朝飯前だろ?」
「おだててもダメです」
ヒラリと背を向けるように表紙側を見せるノミコ。意志は固そうだ。
「そんなこと言うなよ。そんな分からず屋には……」
ボクは懐に隠し持っていた消しゴムを取り出した。
「こうだ!」
と黒塗りで封印されていた呪文の一部分を一気に解放した! 文字数にして10文字ほどだった。つまりは、いつもの解呪作業なのだが。
「あああああぁぁぁぁん! そんな急にぃぃぃぃい! くるっ! キちゃうのおおお!!」
人前でしかも一気に魔力を注ぎ込まれ、彼女? は悶絶したみたいだ。
「不意に魔力を注ぎ込まれて気持ちいいだろう?」
「えっ? なっ、なにをしているの二人とも?」
アカリが戸惑っている。だがここでやめるわけにはいかなかった。
「どうだノミコ? お前が忌み嫌い、さっきまでバカにしていた白魔術師の前で、醜態を晒している状況は?」
「そんな……そんなこと言わないでェ。見ないでぇ。ワタシをみないでぇ!」
「そんなこと言って! 見られて本当はすごく感じてるんだろうが!」
「そ、それは……」
「ホラ、気持ちいいですって言えよ!」
「イ……イイっ。とっても気持ちいいですううぅぅ!」
「お前は、見られてヨガる変態だな。こんなシチュエーションが好きだと思ってたんだよ、このドMが。ほらもっと犬のように鳴いてみろよ!」
「ああああぁぁぁぁんんん!」
さらに10文字分の解呪にかかる。
もちろんボクも魔力消費が激しく相当消耗していた。
だがここは、この場面だけは、ボクが絶対に主導権を握らないといけない。
今日ボクは、ノミコを屈服させる!
「ほらほらどうする!? ボクの言うことを聞くか? 聞くならご褒美をくれてやる!」
「そっ、それは!」
「素直になれよ。本当は欲しくてたまらないんだろ?」
「ああああっ、きっ、聞きますっ。聞きますから、ちょうだい!」
「じゃあ『峰岸アカリの記憶を封印せずに、白魔術師と共存する方法を模索する』でいいな?」
「うぐっ、くっ!」
「どうなんだ!」
「あぁん! そんな乱暴に魔力を込めないでぇ」
「じゃあ『共存する』でいいんだな」
「はっ、はい。わかりましたぁ。だっ、だから!」
「あぁ、わかって、る……っよ!」
フィニッシュとばかりに、最後の10文字にボクの全魔力を注ぎ込んで、文章1行分の解呪作業を終えた。
「ああああああぁぁぁぁぁ!」
「はぁ……はぁ……」
「くっ、悔しい……たかが人間ごときに……」
かっ、勝った。初めてこの魔術書を屈服させた。
しかし、ボクは彼女の存在を忘れてしまっていた。でも今回は仕方ないと思うんだ。
「あっ、アナタたち! 何をしているの!?」
真っ赤な顔を必死に隠すアカリ。
「もしかして、キミは黒魔術を使い続けた影響で、精神が壊れて本に欲情するようになったの!?」
「誤解だ! 消しゴム掛けをしていただけだ。魔術解放の儀式みたいなものだ」
「とてもそんなふうには見えないわよ! あんな言葉攻めまでして。黒魔術師ってやっぱり変態で
とっさのスキを突いて、保健室から脱出を図るアカリ。
「あっ!」
誤解を解くためにアカリを追いかけようとしたのだが、先ほどの解呪作業で精根尽き果てていたボクは、彼女に追いつく体力もなく保健室にただ取り残されるのみだった。
「はぁはぁ……クラマキュンの荒々しい魔力には勝てなかったよぉ……」
快楽堕ちしたのはノミコの方だった。あれは、ノミコのフラグだったか。
「あのっ。泣きそうになるんで、ほんとヤメてください……」
椎音鞍馬は駄本からの好感度が上昇した。
だが、ヒトとしての何かを失った。
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