第5話 大阪もんに舌鼓

「へぇー、大阪ブランドってこんなにいろいろあるんや」


「ほんまやねぇ。お祖母ちゃんも知らんもんたくさんあるわぁ。食べるんが楽しみやねぇ」


「お祖母ちゃん何食べたい?」


「そうやねぇ」


 そうして注文してからしばらく後、ふたりの前には数々の大阪もんが届けられた。


 まずはふかした八尾やおえだまめと水茄子の塩昆布漬け。枝豆はただでさえ止まらない一品だが、さやにぱんぱんに詰まった身はぷっくりと大きくて、ほっくりとしていて甘い。塩加減もちょうど良い。


 水茄子は漬けてあるとは思えないほどさくさくとした歯ごたえで、たっぷりと水分を含んでいて爽やかだ。塩昆布の塩味がちょうど良く、水茄子の甘みと風味を引き出している。


 お次は泉だこのぶつ切り。わさびと刺身醤油をちょこっと付けていただく。たこ独特の磯の風味と甘味が強く、何より柔らかくてさくっと簡単に噛み切れてしまう。


 さわらのお造りは程よい脂のりがちょうど良く、さっぱりといただける。新鮮さがわかる一品だ。


 次にはさかい小松菜のくるみ和え。ほんの少しばかりある小松菜のくせは爽やかで、香ばしくて甘いくるみの和え衣がとても良く合っている。しゃきしゃきとした歯ごたえが良い食べ応えだ。


 そして大阪ウメビーフのたたきと犬鳴豚いぬなきぶたの角煮。


 ウメビーフのたたきは切り付ける前に表面を焼き付けてある様で、その香ばしさはもちろんのこと、柔らかくてお肉そのものの旨みがしっかりと感じられる。程よく差し込まれている脂がしつこく無いのが嬉しい。


 犬鳴豚の角煮は、長くことことと煮込んでいるのか、とろっとろで柔らかい。お醤油などの味付けは最小限にされていて、犬鳴豚のあっさりとした甘味が感じられる。


 最後に泉州せんしゅうたまねぎのグリル、そしてお待ちかね、がっちょの天ぷらだ。


 しっかりと焦げ目の付いた泉州たまねぎは香ばしく、火を通してあるのでとろりとしていて甘味がすごい。香ばしさと甘味が互いを引き立て合っている。


 削り節が掛かっていて、出してくれた大将さんは「お好みで醤油掛けてな」と言っていたが、無くても充分に旨味を感じられた。


 そしてがっちょの天ぷら。一口大で尾が付いたままの魚だ。薄い衣をまとってからっと揚げられている。これがお祖父ちゃんが好んで良く食べていたもの。リリコは期待感いっぱいで口に入れた。


 さくっとした歯ごたえに、リリコは「ん」と目をしばたかせる。がっちょそのものが小振りなので魚のふわふわ感よりはさくさく感の方が勝る気がする。だががっちょの甘い旨味は失われていない。


「美味しいわねぇ。リリちゃん、これとてもビールに合うわぁ」


 お祖母ちゃんはそう言って、がっちょをぱくぱくと口に運んでいる。確かにこれはお酒が進んでしまう一品だ。お酒好きだったお祖父ちゃんが好きだったことが頷ける。


「ほんまやなぁ。こういう時にビール飲めたらなぁって思うわ」


「ふふ。いつかの時の楽しみにしとき」


「うん。楽しみやわぁ」


 リリコは満面の笑顔になって、がっちょを頬張った。




 会計の時、対応してくれたのは若大将さんだった。リリコはお金を払いながら言う。少しばかり興奮していた。


「どれもとても美味しかったです。大阪もんがこんなにたくさんあるって知らんかったです」


「大阪もん、どれも美味しいでしょ。お気に召してくれた様で良かったですわ。良かったらまた来たってください」


 若大将さんは嬉しそうに言ってにっと歯を見せる。爽やかな笑顔が眩しい。


「はい。また来ます」


 リリコも笑顔で返す。お祖母ちゃんもご機嫌で「ほんまに美味しかったわぁ」と言う。


「次来る時には今日食べられへんかったもん食べたいねぇ」


「せやな」


「ぜひそうしたってください。次は野菜もたくさん食べたってくださいね」


 リリコとお祖母ちゃんはつい顔を見合わせて、「あはは」「ふふ」と笑う。


「お肉やお魚があまりにも美味しそうやったから、つい」


「そやねぇ。私も久しぶりにお肉たくさんいただいた気がするわぁ」


 リリコとお祖母ちゃんは、忙しく動く大将さんにも「ごちそうさまでした」と声を掛けて、若大将さんに見送られて「いちょう食堂」を出た。


 ふたりは閑散かんさんとしつつある通りをゆっくりと歩きながら、上機嫌で家路に着く。陽がすっかりと落ちて、少しばかり過ごしやすい気温になっていた。


「ええお店やったなぁ、お祖母ちゃん。お値段も手頃やったし」


「そうやねぇ。リリちゃん、ごちそうしてくれてありがとうねぇ」


「どういたしまして。なんや明日仕事なんがもったいない気がするわぁ。お酒そんな飲んでへんけど、明日ゆっくり寝たいーって感じがしてまうわぁ」


「ふふ。今度は金曜日か土曜日に行こうねぇ」


「うん」


 リリコはにっこり笑って、お祖母ちゃんと並んで足取り軽く家に向かった。




 その週の土曜日。見事な晴天で、外を歩けばぎらぎらの太陽に照り付けられ、動かなくても汗が滲む。


 そんな中、午前中に所長さんと平野ひらのさんがリリコたちの家まで来てくれた。家の建て替えの打ち合わせである。


「いつもリリちゃんがお世話になって、ほんまにありがとうねぇ」


 お祖母ちゃんが玄関先で膝を付いて丁寧に頭を下げると、所長さんは「いやとんでも無いですわ」と恐縮する。


「リリコちゃんにはいつもほんまに助けてもろうて。こちらこそありがとうございます」


 そう言って腰を折る所長さんの横で、平野さんも丁寧に頭を下げている。普段のおちゃらけた様な素振りは微塵みじんも無い。空気が読める人なのだ。


 居間の座卓で向かい合わせになり、リリコが冷たいおしぼりと麦茶を出すと、手を拭きながら所長さんと平野さんは心地よさそうなほっとした表情になる。やはり外の暑さには勝てなかったのか、揃ってガラス茶碗の麦茶を一気に飲み干した。


「ああ、行儀が悪うてすんません」


 所長さんが申し訳無さげに言うが、この気候ではこうもなるだろう。リリコは「ふふ」と微笑んで、持って来ていた麦茶のボトルを持ち上げた。


「外はほんまに暑いですもんね。しっかり水分補給してください」


 そう言いながらお代わりを注ぐと、所長さんも平野さんも「ありがとう。助かるわ」と表情を綻ばせた。居間はクーラーが効いているので、すぐに身体の熱も治まるだろう。


「今日はお仕事お休みでしょう。それやのに暑い中わざわざ来てもろうて、ほんまにごめんなさいねぇ」


「こちらこそ家まで押しかけてしもうて」


 最初は平日に、長居ながい駅近くのカフェで打ち合わせする予定だったのだが、平日だとリリコが同席できない。そして平野さんが「俺も行きたい」と珍しくごねたので、土曜日にしたのだ。


「ほな、さっそくご自宅の見取り図を見させてもらえますか」


 お祖母ちゃんは普段滅多に開けない引き出しから、この家の見取り図を出していた。


 もう何十年も前のものなので劣化してしまい、折り目のところから破れ初めていて、広げるのも丁寧にしなければならない。そこには土地の大きさなども記載されている。


 見取り図の用意は、事前にリリコが所長さんから言付かっていたことだった。


 所長さんはお祖母ちゃんが差し出した見取り図をそっと開く。それを一瞥いちべつして「うん」と頷いた。


「さっき外からもお家をざっと見させてもらいましたけど、ハイツには充分な広さありますね。ハイツ部分は何戸がええとかありますか?」


「2戸ぐらいやろかと思ってるんやけどねぇ」


「そうですね。それやったら1DKか2Kで充分取れると思います。1階がお婆ちゃんとリリコちゃんの住居、2階が賃貸部分、でええですかね?」


「はい。それでお願いねぇ」


「はい。では……」


 所長さんはスケッチブックを出して、製図用シャーペンで線を引き始める。打ち合わせの時にはこうしてアナログでラフを書き、事務所のパソコンで専用のソフトを使い、設計図を引くのが所長さんのやり方だ。


 そうして打ち合わせは順調に進んで行った。




 所長さんと平野さんが帰った後、お祖母ちゃんはリリコのタブレットを眺めてにこにこしていた。嬉しさを隠せない様子だ。


 所長さんが書いたラフ画を撮影したものが表示されている。本当にざっと書かれたものだが、お祖母ちゃんは新しい家を想像して楽しんでいる様だ。


 ハイツ部分はまだ輪郭りんかくだけだが、住居部分はリビングやそれぞれの部屋など、ある程度が描かれている。注文住宅になるので、外装も内装もお祖母ちゃんとリリコの好みが予算内で反映されるのだ。


 今日はお昼ご飯の後に不動産屋さんに行く予定だ。ぼちぼちと建て替えの間の仮住居を決めなければならない。


「お祖母ちゃん、そろそろお昼にしようかー」


 リリコが声を掛けると、お祖母ちゃんは「あらぁ、もうそんな時間」とタブレットから目を離す。


「リリちゃん、これどうやって消すん?」


「私やるわ」


 リリコはタブレットを受け取るとラフ画を落とし、画面を待ち受けに戻した。


「お昼ねぇ、そうやねぇ、豚肉で他人丼でも作ろうか。冷凍庫に豚肉あったよねぇ」


「じゃあ私お米炊くわ」


 リリコは言うとお台所に入って行った。

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